宗教の認知科学・進化心理学の新たな地平/藤井修平さん『宗教の起源』書評
ロビン・ダンバー著『宗教の起源――私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』の書評を、『科学で宗教が解明できるか――進化生物学・認知科学に基づく宗教理論の誕生』などの著作を持つ藤井修平さんにお書きいただきました。専門家の目に本書はどう映るのか――
■ ■ ■
宗教の認知科学・進化心理学の新たな地平
本書は、安定的な集団サイズの上限である「ダンバー数」を提唱したことで著名な人類学者・進化心理学者のダンバーが、宗教の起源と発展という壮大なテーマに取り組んだものである。
近年、宗教について認知科学や進化生物学の観点から解明を試みた研究が多数登場しているが、本書はそうした中でも最新の知見を提供してくれている。
これまでの研究と比較してダンバーの視点が新しいのは、それが認知だけでなく感情の果たす役割を重視していることと、神経科学的な研究を踏まえ、宗教の重要な構成要素として「神秘志向」を提示していることである。こうした視点のおかげで、ダンバーの議論は宗教の全体像により近づけるものとなっている。
本書において特に注目すべき点を2つ挙げるならば、1つ目は第3章での宗教の進化的基盤の分析である。
ここでは宗教を信じることにはどのような利益があるのかという問いに対し、個人レベルと社会レベルの両方から検討し、それぞれの説がどのように関連するのかを整理しているが、これは非常に説得力があるものだった。
彼の議論は、過去に宗教の進化的解明ということで通っていたドーキンスの『神は妄想である』やデネットの『解明される宗教』で展開された「心のウイルス説」がいかに根拠のないものだったかということをはっきりと示しており、この2冊を完全に過去のものにしたと言える。
加えて、ドーキンスやデネットが宗教の表層的な部分しか見れていなかったのに対し、ダンバーの挙げる事例は実に多彩であり、そのことも本書の長所となっている。
もう1つの注目すべき点は、以降の章で展開されるダンバー数の理論の宗教教団の発展論への応用である。
ここでダンバーは、表題にもある宗教の起源と発展について触れているが、その内容はこれまでしばしば見られたような「宗教進化論」、つまり宗教は最初こういう形から始まり、次にこういう形態になったという段階的な論とは異なっている。彼はむしろ宗教が新たな形態に変化するために必要となる要因について分析しており、その候補として個人の認知能力や儀礼の発達、環境の影響やカリスマの存在など多数が検討されている。
そうした議論の性質上、宗教の始まりはこれで、この時代にこう変化したという歴史的なストーリーを本書に期待すると拍子抜けしてしまうかもしれないが、代わりにダンバーが提示している複数の要因が複雑に絡み合って変化を起こすというシステム論的な視点はより整合的であり、現実にも近いものだろう。
総じて本書は、宗教の認知科学・進化心理学的研究に必要とされていたピースを提供する、重要な一冊となると思われる。
■ ■ ■
『宗教の起源』紹介ページ
著者・訳者・解説者紹介
最後までお読みいただきありがとうございました。私たちは出版社です。本屋さんで本を買っていただけるとたいへん励みになります。