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宗教の認知科学・進化心理学の新たな地平/藤井修平さん『宗教の起源』書評

 ロビン・ダンバー著『宗教の起源――私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』の書評を、『科学で宗教が解明できるか――進化生物学・認知科学に基づく宗教理論の誕生』などの著作を持つ藤井修平さんにお書きいただきました。専門家の目に本書はどう映るのか――

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宗教の認知科学・進化心理学の新たな地平

 本書は、安定的な集団サイズの上限である「ダンバー数」を提唱したことで著名な人類学者・進化心理学者のダンバーが、宗教の起源と発展という壮大なテーマに取り組んだものである。
 近年、宗教について認知科学や進化生物学の観点から解明を試みた研究が多数登場しているが、本書はそうした中でも最新の知見を提供してくれている。
 これまでの研究と比較してダンバーの視点が新しいのは、それが認知だけでなく感情の果たす役割を重視していることと、神経科学的な研究を踏まえ、宗教の重要な構成要素として「神秘志向」を提示していることである。こうした視点のおかげで、ダンバーの議論は宗教の全体像により近づけるものとなっている。

 本書において特に注目すべき点を2つ挙げるならば、1つ目は第3章での宗教の進化的基盤の分析である。
 ここでは宗教を信じることにはどのような利益があるのかという問いに対し、個人レベルと社会レベルの両方から検討し、それぞれの説がどのように関連するのかを整理しているが、これは非常に説得力があるものだった。
 彼の議論は、過去に宗教の進化的解明ということで通っていたドーキンスの『神は妄想である』やデネットの『解明される宗教』で展開された「心のウイルス説」がいかに根拠のないものだったかということをはっきりと示しており、この2冊を完全に過去のものにしたと言える。
 加えて、ドーキンスやデネットが宗教の表層的な部分しか見れていなかったのに対し、ダンバーの挙げる事例は実に多彩であり、そのことも本書の長所となっている。

 もう1つの注目すべき点は、以降の章で展開されるダンバー数の理論の宗教教団の発展論への応用である。
 ここでダンバーは、表題にもある宗教の起源と発展について触れているが、その内容はこれまでしばしば見られたような「宗教進化論」、つまり宗教は最初こういう形から始まり、次にこういう形態になったという段階的な論とは異なっている。彼はむしろ宗教が新たな形態に変化するために必要となる要因について分析しており、その候補として個人の認知能力や儀礼の発達、環境の影響やカリスマの存在など多数が検討されている。
 そうした議論の性質上、宗教の始まりはこれで、この時代にこう変化したという歴史的なストーリーを本書に期待すると拍子抜けしてしまうかもしれないが、代わりにダンバーが提示している複数の要因が複雑に絡み合って変化を起こすというシステム論的な視点はより整合的であり、現実にも近いものだろう。

 総じて本書は、宗教の認知科学・進化心理学的研究に必要とされていたピースを提供する、重要な一冊となると思われる。

藤井 修平(ふじい しゅうへい)
1986年生。慶應義塾大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学修士課程および博士課程修了。博士(文学)。現在、東京家政大学ほか非常勤講師。専門は宗教学理論研究、宗教心理学・宗教認知科学および「科学と宗教」。訳書にミルチャ・エリアーデ『アルカイック宗教論集』(共訳、国書刊行会、2013年)、アラ・ノレンザヤン『ビッグ・ゴッド:変容する宗教と協力・対立の心理学』(共訳、誠信書房、2022年)など。著書に『科学で宗教が解明できるか』(勁草書房、2023年)、共著に『海外における日本宗教の展開:21世紀の状況を中心に』(公益財団法人国際宗教研究所宗教情報リサーチセンター、2019年)など。

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『宗教の起源』紹介ページ

著者・訳者・解説者紹介

■著者
ロビン・ダンバー

オックスフォード大学進化心理学名誉教授。
人類学者、進化心理学者。霊長類行動の世界的権威。
イギリス霊長類学会会長、オックスフォード大学認知・進化人類学研究所所長を歴任後、現在、英国学士院、王立人類学協会特別会員。世界最高峰の科学者だけが選ばれるフィンランド科学・文学アカデミー外国人会員でもある。1994年にオスマン・ヒル勲章を受賞、2015年には人類学における最高の栄誉で「人類学のノーベル賞」と称されるトマス・ハクスリー記念賞を受賞。人間にとって安定的な集団サイズの上限である「ダンバー数」を導き出したことで世界的に評価される。著書に『ことばの起源』『なぜ私たちは友だちをつくるのか』(以上、青土社)、『友達の数は何人?』『人類進化の謎を解き明かす』(以上、インターシフト)など。

■訳者
小田 哲

翻訳家。

■解説者
長谷川眞理子

進化生物学者、総合研究大学院大学名誉教授。
総合研究大学院大学学長を退任後、現在、日本芸術文化振興会理事長。日本動物行動学会会長、日本進化学会会長、日本人間行動進化学会会長を歴任。主著に、『進化とは何だろうか』『私が進化生物学者になった理由』(以上、岩波書店)、『生き物をめぐる4つの「なぜ」』(集英社)、『クジャクの雄はなぜ美しい? 増補改訂版』(紀伊國屋書店)、『人間の由来(上・下)』(訳、講談社)、『進化的人間考』『ヒトの原点を考える』(以上、東京大学出版会)ほか多数。


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