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【試し読み】『人はなぜ物を愛するのか:「お気に入り」を生み出す心の仕組み』
12月17日発売の新刊『人はなぜ物を愛するのか:「お気に入り」を生み出す心の仕組み」から試し読みをお届けします。
お気に入りのブランド、音楽、写真、スマホ、車、家具、グッズのコレクション……私たちが愛着を持つ物は実にさまざま。でもその愛着には、複雑な心理が絡んでいるのです。
消費者行動や物への愛着研究の第一人者アーロン・アフーヴィア博士が、人が物を愛するようになる仕組みを明快に分析し、アイデンティティや人類進化とも強く結びついた原理を明らかにします。
モノを愛する自分の心理を知りたい人にも、愛されるモノを開発したいビジネスパーソンにも役立つ一冊。「モノに対する愛」について説明している第1章の冒頭をお楽しみください。
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◆ ◆ ◆
愛の心理を扱った本はたくさんあるが、本書はほかとは一線を画している。本書が扱うのは「モノに対する愛」だ。そこには、手放すのが耐えられないモノや、するのが大好きなコトなど、膨大な選択肢からなんらかの理由で選び出されたモノたちが含まれる。たとえば14万品目以上の商品を在庫しているウォルマートへ買い物に行って1時間も店内を歩けば、私たちの先祖が一生のうちに遭遇したモノの何倍もの商品の前を通り過ぎることになるだろう。とはいえ、ウォルマートも、アマゾンと比べればちっぽけな店だ。なにしろアマゾンは2億品目を超える商品を販売しているのだ。こうした膨大な数の商品に加えて、母国とか自分の手作りの品など、売買されないモノに対しても、私たちは愛を抱く。
するコトについても、莫大な選択肢がある。この選択肢のリストには、読書、音楽鑑賞、ガーデニングといった定番から、犬の毛を刈ってパンダのように整える「グーミング」や、ダクトテープで服を作るとか、「ヌードリング」(素手で魚を捕まえること)、牛の鳴きまねコンテストといった、なぜ人気があるのか理解しがたいような活動に至るまで、さまざまなコトが含まれる。これらの膨大なモノやコトのなかで、私たちが愛するのはほんのわずかだ。
2021年、個人向け製品に消費者の関心を引きつけるために、広告主は7550億ドルを支出した。これほど巨額の広告費を要した一因は、広告主が消費者とモノとのあいだに新たな関係を築かせようとしていたからだ。何も手を打たなければ、消費者はモノに対して軽い興味やちょっとした好奇心くらいは抱いても、情熱や強い関心を抱くことはない。だからこれから見ていくとおり、人がモノを愛するときには、じつはかなり妙なことが起きているのだ。
最も広く愛されるモノとは何だろう。私は30年以上にわたり、どんなモノを愛しているかと人々に尋ねてきた。そしてその結果、頻繁に出てくる答えがいくつかあるのに気づいた。トップに来るのは、「自然」や「自然の中での活動(山でのハイキングなど)」だ。どんな立場や意見をもっている人も、たいてい自然を愛している。右寄りのハンターも、左寄りのバックパッカーも、この点では一致する。そして比喩的な意味で、自然も私たちを愛してくれる。自然の中で過ごしたり、あるいは鉢植えの植物を眺めたりするだけでも、幸福度が高まるということを示した科学的な研究は枚挙にいとまがない。神を愛する人やペットを愛する人は、自然を愛する人と比べれば少ないが、その主たる理由は、誰もが神を信じるわけではないし、ペットを飼っていない人もいるからだ(自分で飼っていなくても、愛玩動物を愛するという人はかなりいるが)。神への愛やペットへの愛は、人への愛とモノへの愛の中間に位置する。この点については、のちほどまた触れる。自然以外に広く愛されているモノとしては、スポーツやアート、家、車、携帯電話、服などがある。
しかし、これらの広く愛されているモノが明らかにするのは、モノへの愛の一部にすぎない。「地球上の誰にでも、その人にぴったりの愛するパートナーがどこかに必ず存在する」というロマンチックな考え方があるが、モノへの愛についても同様のことが言える。たいていのモノにはそれを愛する人がいて、私はそのことにしょっちゅう驚かされる。じつに多様なものに、それを愛するコレクターがいる。手錠、芸術的な装飾の施された便座、アスファルト、葉巻に巻かれたラベル、葬具、歯科用器具、コンドームケース、生理用品のディスペンサー、飛行機の嘔吐袋など、ありとあらゆるものにコレクターがいるのだ。こんなコレクターの一人が、オスカー賞俳優のトム・ハンクスだ。彼は撮影のないときには年代物のタイプライターを探し回っている。
コレクションだけでなく、ほかにもいろいろと変わった趣味を愛する人たちがいる。アップル社の共同創業者のスティーヴ・ウォズニアックは暇があればセグウェイに乗ってポロに興じるし、グーグルの共同創業者のセルゲイ・ブリンは空中ぶらんこに乗ってストレスを解消する。愛するものがあまりにも実用的すぎて、驚かされることもある。たとえばウィンストン・チャーチルがレンガ積みにも秀でていたことはご存じだろうか。彼は2年を費やして、先祖から伝わる家を自分の手で建て直して増築し、この仕事をきっかけとして合同建築労働者組合の徒弟証を取得したと言われている。
それから、ノルウェーの森(ウッズ)がある。と言ってもあの有名な曲とは無関係で、ノルウェーで暖炉にくべる木材(ウッズ)のことだ。2013年、ノルウェーで『全国薪ナイト』という12時間のテレビ番組が放映された。番組ではまず暖炉の焚き火の愛好家たちが薪の割り方や組み方について語り合い、それから暖炉の炎の映像が8時間にわたって生放送された。番組を視聴したノルウェー国民は2割近くに達した。(……)
本物だが違う愛
人がモノを愛せるということは、ほとんどの人には自明に感じられるが、そう思わない人もいる。たとえば1988年、このテーマの研究を先駆けたテレンス・シンプとトマス・マッデンは、人が何かを愛すると言う場合、それは単なる比喩であって本当の愛ではないと主張した。
だが、モノへの愛が本物の愛であることを示すエビデンスは本書の随所にあふれている。それでも、モノへの愛が人への愛と同じだということにはならない。人への愛にはいろいろなタイプがある。恋愛、プラトニックな愛、家族愛、兄弟愛、のぼせあがった愛、片思いの愛などだ。それぞれが特定のタイプの人間関係と結びついていることに気づいてほしい。たとえば恋愛関係には性的欲望が伴うのに対し、家族愛にはそれがない。どの愛も、それぞれの状況に応じていくらか形が変わる。そして、モノへの愛は、人への愛とは違う。というのは、モノへの愛は物や活動との関係によって形づくられるからだ。
こうした違いを論じる場合、私はしばしばモノへの愛と人への愛を対比させる「比較」のアプローチを用いる。また、モノへの愛を生み出す心理プロセスや、人への愛に深く根差したこのプロセスの起源についても論じる。結果として、私たちと他者との関係について多く語ることになる。私の主たる目標は、読者がモノへの愛について理解するのを助けることだが、人との関係について理解する助けにもなれたら、さらにうれしく思う。
無条件の愛?
人がモノを愛するというのは確かだが、英語の「love」という言葉は何かをすばらしいと思ったときにも使われる。たとえば「その髪型いいね」という意味で「I love your haircut」と言ったりする。「love」という言葉をこのように使うのは、「提喩」という比喩的表現だ。ここでは部分を表す語で全体を表している。たとえば「nice wheels」(「いい車輪」=部分)で「nice car」(「いい車」=全体)を指したり、「Get your butt over here」(「ここに尻を持ってこい」=部分)で「Get yourself over here」(「ここに来い」=全体)を意味したりする。逆に、全体を表す語で部分を表す提喩もあり、「すばらしい」という意味で「love」という言葉を使うのはこれにあたる。「love」(全体)という言葉で「すばらしいという認識」(love の一部分)を表しているからだ。
私たちはしばしばこんなふうに「love」という言葉を使う。このことは、「すばらしいという認識」が「愛」の重要な一面だという証拠である。だからこそ、愛には不可解な点が多いとはいえ、人が自分の愛するモノについて語りだすときにはお決まりのことが起きる。愛する対象の美点を挙げ始めるのだ。たとえば、ランニングは爽快で健康的だとか、テスラは加速がすごくいいなどと語る。私の研究では、愛の対象が何であるかにかかわらず、私が話を聞いた人たちの94.5パーセントでこれが起きていた。そのうちの1人は、大好きなシーフード料理が「死んで天国に行っても出てきそう」なほどだと言った。
何かを愛するようになると、親がわが子の才能を大げさに言うのと同じ調子で、愛するモノの美点を大げさに言いがちだ。この点で、モノへの愛は人への恋愛のアプローチとかなり似ている。デート行動に関する1988年の研究によれば、人が新しい相手と恋に落ちるとき、この新たな恋愛をもたらす最大の要素は、相手がまさに非の打ちどころのないすばらしい人だという信念である。この研究をしたバーナード・マースタインは、恋愛のこのような側面のことを、男性の場合は「ジャック・アームストロング因子」(1930年代のラジオドラマに登場した完全無欠なヒーローに由来)、女性の場合は「マドンナ因子」(「ライク・ア・ヴァージン」のマドンナではなく、キリストの母である聖母マリアに由来)と呼んだ。もちろん、そんなにすばらしい人間など現実にはなかなかいるわけがない。だから新たな恋に落ちたときの熱狂がだんだん薄らぐにつれ、相手の欠点を受け入れるとともに美点を誇張することによって愛を持続させるようになる。
愛する人の長所を誇張することには、大きなメリットがある。最も幸せな夫婦とは、相手を最もありのままに受け止める夫婦ではなく、相手について最大限のポジティブな幻想を保っている夫婦だ。実際、幸せな結婚生活を営む人は、配偶者本人の自己評価よりも配偶者を高く評価している傾向がある。同様に、暮らしの中でモノの美点を誇張すると、そのモノに対する満足感が高まる。
おそらくさらに驚くべきことに、モノについてポジティブな幻想を抱くと、そのモノがすばらしいと感じられるだけでなく、そのモノから得られる快楽も増大する。たとえば誰かに安物のワインを飲ませてから、それがじつは高価なものだと告げれば、相手はたいていそのワインがすばらしくおいしかったと言う。このようにワインを飲んだあとで情報が与えられた場合、ワインのおいしさについての感想を偽っていると容易に推測できる。これに対し、神経科学者が脳スキャンを用いておこなった実験で、ワインを飲む前の期待が高ければ高いほど、実際に飲んだときにおいしいと感じることが確認されている。この効果が見られるのは、ワインだけではない。マンガ本でも同じことが起きる。あらかじめおもしろそうだと思っている場合、そうでない場合よりもおもしろく感じられるのだ。
◆ ◆ ◆
本書の目次
はじめに
第1章 輝きに満ちたモノ
第2章 人として扱われるモノ
第3章 モノとつながるとはどういうことか
第4章 ピープル・コネクター
第5章 人は愛するモノでできている
第6章 愛するモノの中に自分を見出す
第7章 楽しみとフロー
第8章 愛するモノがそれを愛する人について語ること
第9章 モノへの愛と進化
第10章 愛するモノの未来
著者紹介
アーロン・アフーヴィア
ミシガン大学ディアボーン校ビジネスカレッジのマーケティング教授。
非対人的な愛(物への愛)に関する世界的な権威。金銭や物質主義が幸福に与える影響に関する研究の第一人者でもある。100 以上の学術論文を執筆し、学会で発表するかたわら、世界各地の政府、非営利団体、企業のコンサルティングをおこない、その研究は『ニューヨークタイムズ』や『ウォールストリートジャーナル』など多くの紙誌で取り上げられている。
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