ぶらり途中下車しない旅
車検の日にちを一年前倒しで間違える、というダイナミックなミステイクのおかげで前日入庫した辻堂のガレージに向かうことになった。
代車が好きではないことから、昨日は電車で帰ってきた。したがって今日の行きも電車。さしたあって読まなければならない本も、聴かなければいけない音楽もないので、珍しくカメラを首から下げて出かけた。
撮影よりも道具としてのカメラが好きなので、めったなことがなければ持ち歩かない。重いし、邪魔だし。
だけど今日はなんだか、それぐらいの負荷はいいかと思った。妻が副鼻腔炎と喘息で咳の発作に苦しんでいるからかも知れない。愛犬が右眼の角膜炎でエリザベスカラーを付けさせられているからかも知れない。
最寄り駅のりんかい線国際展示場から大井町、大井町から京浜東北線で川崎まで。
京浜東北線で大森、蒲田の次が川崎だ。川崎というと思い出すのが西武百貨店の新聞広告である。『川崎事件。』というインパクト抜群のキャッチ、そしてそのコピーを上回るエッジィなビジュアル。
どんなビジュアルかはぜひ検索して…と思ったが、しかしいま「川崎事件」とググるとロクでもないニュースばかり飛び込んでくるのでおすすめはしない。汐留のアド・ミュージアム東京(旧電通図書館)でTCC年鑑を見てください。1988年版の126ページです。
川崎から東海道本線に乗り換えて辻堂までおよそ35分。念のために文庫本を持っていった(町田康 著『しらふで生きる 大酒飲みの決断』)がページをめくる暇もない。あっという間に到着。
改札を抜けて右に曲がり、階段を降りる。仲良さそうなカップルのあとを追う。
駅を出てすぐのところに八百屋さんが店をだしていた。ピーマン102円。うちの近くのスーパーより30円安い。
さすが海の近くだけあって、サーファーやサーフィンをモチーフにしたイラスト、デザインをあちこちで見かける。もちろんモノホンのサーファーもチャリに乗ってウロチョロしている。
辻堂なら陸サーファーでもボードキャリア付自転車に乗っていればまず疑われないだろう。実際に2割ぐらいはいるんじゃないだろうか、陸が。
そして界隈にはいかにも、なセンスのカットサロンやコーヒーショップが点在している。
この通りは車がギリギリ離合できる道幅しかないのに、交通量がめちゃくちゃ多い。しかも地元民たちはみんなびゅんびゅん飛ばしている。
さらに南に向けてずんずん進んでいく。海が近づいてくるとほのかに潮の香りがする。のかもしれない。残念ながら鼻がつまっていて、そういう情緒的なインプットはできなかった。
そんな中、おしゃれを極めたデンティストが目の前にあらわれた。
そしてこのあたりまでくるともはやおしゃれキャパオーバーといっても過言ではない賃貸物件まで登場する。ハイツ、の時点ですでに洋風なのだが、さらに重ねて『洋風ハイツ』ときた。洋のインフレである。
そんなことを考えながらなおも進むと、ようやく目的地であるイタフラ変態中古車の店『ガッティーナ』に到着である。
イタフラというのはイタリア・フランスである。変態車というのは一筋縄ではいかない、やたら手がかかるクルマのこと。この店にはそういうクルマを愛でている本物の変態が日々集うのである。
ちなみに最近はイタフラにこだわらず、ロシアのラーバニーダが置いてあったり、スバルサンバーが販売されていたりと、いよいよボーダーレス。変態に国境はないんですね。
ぼくはいまから15年ほど前、はじめてこのお店を訪れてからのつきあいだ。最初は一緒につれてきた後輩が整備工場に転がっていたアルファ・スッドという変態車に惚れ込んだ。
惚れ込んだはいいがこのお店、面白いことに「買います」と言っても首を縦にふらない。売り物なのに売ってくれないのである。
ぼくはあきらめきれない後輩くんを連れて4回は詣でた。最後の最後は彼ひとりで頭を下げにいき、ようやくお許しがでたのである。
それぐらい変わってる店。面白いでしょ。
ガッティーナのオーナーである酒井さん曰く「うーん、見た目だけとか、一時の気の迷いで買っても後悔するだけだからねぇ。手もお金もかかるし。それに個人店でほそぼそとやってる以上は、お客さんをちゃんと選びたいじゃん」とのこと。
ちゃんとその変態車を愛してあげることができる者のみが、ガッティーナでクルマを手にいれられる。いまどき、ちょっとない感じが、いい。
このお店には「コビオ」という看板猫がいて、よく脱走しては連れ戻されている。酒井さんが大の猫好きということもあり、併設されているカフェはそこかしこに猫グッズがあふれている。
そんなガッティーナのためにぼくが作ったキャッチコピーを紹介させてください。
コビは売らない、ガッティーナ。
一筋縄ではクルマを売ってくれないのと、コビオは売り物ではない、というダブルミーニング。ぼくはいまいちかな、と思ったけど酒井さんはたいそう気に入ってくれている。
めちゃくちゃ散らかっているんだけど、なぜか落ち着く空間。ぼくはここを「実家」と呼んでいる。そして、たまに帰ってきては雑誌を読んだりコーヒーを飲んだり、おやつを食べて過ごす。
ときどきは“レコードの会”と称してあちこちで安く手に入れてきた中古アナログ・レコードをかけながらお酒を呑むこともある(もちろんその日は電車です)。
そうしてこの日もぼくは、実家に帰ってきて団らんを囲み、初めて会う人、久しぶりに会う人、いろいろな人といろいろな話に華を咲かせた。ほんとうにホッとする時間なのだが、今回だけはなんだか新鮮味がない。
それもそのはず、前日に来ているんだもんね。車検のつもりで。
そうして3時間ほど過ごしたのちに、1時間かけて愛車でコンクリートジャングルに戻るのでありました。
【おまけ】
辻堂駅を出てふらふら歩いていると、なんだかタダモノじゃなさそうなラーメン屋を発見。
おひるどきだから混んでたらやめよう、という恐ろしいまでの弱腰で暖簾をくぐるとふつうに入れました。
あとで知ったのですが、ここ『匠人いとう』は知る人ぞ知る湘南のハイブランドラーメン店でした。とにかく食材が贅沢。スープには純系名古屋コーチンやら比内地鶏やら、かごしま黒豚などを使用。ここに焼きアゴや鯖煮干し、鯛煮干しなどをあわせたそうです。
チャーシューは鹿籠豚のリブロース、麺は自家製の中細ストレート。
ぼくがいただいたのは『初代醤油』の味玉トッピング。お値段一杯1600円と、もはやラーメンの価格ではありませんが、確かにおいしゅうございました。
再訪の際は『二代目醤油』をいただきたいです。
ご愛読ありがとうございました。