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【広告本読書録:067】勝率2割の仕事論 ヒットは「臆病」から生まれる

岡康道 著 光文社新書

なんてこった……というのが、岡康道さんがお亡くなりになった一報を目にしたときの、口からこぼれた言葉です。

コピーライター&CMプランナーの勝浦雅彦さんのTwitter投稿で知ったのですが、少しの間、思考が止まってしまいました。面識はなくともセミナーでお見かけしたことはあったし、クリエイティブでフィーを取るスタイルの確立に尽力された功績やら、長身&スーツでダンディな姿など、いろいろな面でいつも気になるクリエイターのひとりでした。

まだ63歳という若さ。

ぼくのような業界の辺境地に小さく身を屈めて禄を食んでいる者にも許されるとおもうので、心よりご冥福をお祈りさせていただきます。

土屋耕一さん、眞木準さん、梅本洋一さん、岩崎俊一さん、そして岡康道さん……広告界の綺羅星のごとく存在がどんどん本当の星になっていきます。

お亡くなりになったことを受けてか、中古本の価格が高騰しています。なんかこういうのって寂しいですね。少しだけ腹も立ちます。これから読もうとする方、kindleなら定価で入手できますので、そちらをぜひ。

最後まで読み切れる新書

これはぼく特有の病なのかもしれませんが、新書って最後まで読みきれなくないですか?いつも最初の2~3章まではグイグイくるんですが、途中から尻切れトンボというか電池切れというか…なんか筆に力がこもらなくなっていき、もやっと終わることが多いような気がします。

しかしこの『勝率2割の仕事論』は、最後までトーンが安定しています。おかげでしっかりと気が緩むことなく読み終わることができました。それはなぜかな?とおもい、この機会に意識的に読み返してみると……良きにつけ悪しきにつけ、全体的にメリハリが効いてないんですね(笑)。

だいたい「あとがき」のぞいて235ページもあるのに、章立てがたったの4つ。ひとつの章の中分類も2つか多くて3つ。いやにざっくりしてると思いませんか?その代わりといってはなんですが、小見出しのついたパラグラフが異様に多い。なので、読んでいて「あれ?この章って何がテーマだっけ」となりがちなんですね。

たとえば『第二章 得意なものがないからプランナーである』の中の「1.30年続けている習慣…キャッチアップのための鍛錬」というブロック。これの第1パラグラフが「不安定な家族」そして第2パラグラフが「リアルな経験」第6パラグラフに至っては「デパート店員を涙させたCM」という、およそ小見出しからは内容が章タイトルとリンクしているとはおもえません。

いやもちろんそこが密接にリンクしている必要はなくて、内容に一貫性があればいいのですが、読み進めるにつれそれほど一貫性があるようにもおもえなかったりして(笑)。

全体としてのまとまりよりも、個としての“岡ワールド”がそこにあるので、特に支障はないのですが、それでも読んでいると「いま何のテーマだっけ」と感じることが多々あります。このメリハリのない編集のおかげで、最後まで一定のテンションで読み続けられるのだとしたら、もしかしたら編集者の勝利?あるいは岡さんの読ませる力によるものなのかもしれません。

コネもなく電通へ。知識もなくCMプランナーへ

そんな、どちらかというととりとめのない問わず語り的な一冊(なんだか、それも岡さんらしくていいなと思えてきました)を少し整理してみます。

極貧だった岡さんは大学卒業後、収入がいいからという理由で電通に入社します(そんな理由で入れるんだから相当な実力の持ち主ですね)。そもそも広告に興味もない大男だった岡さん、最初は営業でキャリアをスタート。しかしほどなくして“人間の尊厳を破壊する”当時の広告代理店の営業の仕事に辟易し、クリエイティブに移動します。

そこからが天才CMプランナー、岡康道の快進撃……と書ければ世の伝記作家は苦労しないでしょう。そんなに話がうまくいくわけもない。クリエイティブに転籍したのが28歳。周囲は生き馬の目を抜くクリエイターたちが作品作りに鎬を削る環境です。営業を逃げ出して転がり込んできた岡さんは、夏休みも正月も返上してインプットに努めます。

しかしコンテを描いても描いてもボツばかり。最初の二年はまったくといっていいほど仕事になりません。三年目あたりからぼつ、ぼつと採用されるアイデアがあったものの、まともな作風はあらかたライバルクリエイターたちに荒らされています。そこで岡さんがとった戦略は現在なら放送コードにひっかかりかねない、軽犯罪のようなストーリーの企画。おかげで周囲からは「妙な人」というレッテルを貼られることになったそうです。

未踏の轍を探して

そんな岡さんが大きく変わったのはJR東日本の「その先の日本へ。」から。この仕事で岡さんは「内省する」ことを学ぶとともに「人生の本質を衝く」という薄暗いけど誰も足を踏み入れていない道を見つけることになります。

「彼は、商品と広告の間に人生という補助線を引くことによって、CMを制作する技術を習得したのだろう」吉田氏の言う通りかもしれない。僕にとって企画とは、人と商品の間に“人生というストーリー”を噛ませることである。それによってほとんどの広告はつくることができると踏んでいるし、自分の作品にはそういう傾向のものが多い。言い方を換えれば、企画とは商品を使う人の隠された心情をあぶり出そうと試みる作業のことである。

これはずいぶんあとになってから、かつての同期である吉田望氏のコメントを引用して自らの作風について言及している箇所です。

いずれにしても「その先の日本へ。」をきっかけに、岡さんは自分なりの戦い方を知り、身につけ、磨いていくことになります。

しかし、一般的に広告を出そうとするクライアントはとにかく明るい表現を求めるもの。その結果、岡さんならびにタグボートはどんどん競合に負けていきます。岡さんいわく、自分の路線を見つけたと思ったころから、ずっと負けているんだそうです。二勝八敗のバランスで。

それがタイトルにもある『勝率2割の仕事論』のベースになっているんですね。と、いうことは岡さんがこの本でいいたかったことは・・・

と、いうまとめに入る前に、ターニングポイントとなったJR東日本のキャンペーンでのこぼれ話をひとつ。このキャンペーンのコピーライターは、あの秋山晶さんでした。すでに決まっていたキャッチフレーズは「その先の日本」。しかし「その先の日本」ではフィルムに動きがつけられない、文芸作品で終わってしまいそうだ、と岡さんは秋山さんに話します。

こわ…!コピーの神といわれた秋山さんのキャッチに、注文です。すると翌日、秋山さんから「その先の日本へ。」と少し変えたコピーが届いたんだそうです。旅が動き始めた、と岡さん。

秋山さんに注文を出すのは崖から飛び降りるような恐怖感があった。「私のコピーをいじるのか」と秋山さんは笑っていたが、僕は引きつっていた。しかし秋山さんはすごい。若僧の注文をいまの僕は素直に聞けるだろうか。

ひっ!ひええーーーーっ!「私のコピーをいじるのか」こえーっ!こええよ、秋山さん!!想像しただけでブルっちゃいます(笑)。

二勝八敗。十分だ

これは勝手な憶測なのですが、そして世にあまたある読書感想文が正解というものを追求するのではなく読み手が勝手に憶測するものなので、特に断りを入れる必要もないのですが、岡さんがこの本で伝えたかったことをぼくなりにまとめると……

マイノリティにエールを贈りたかったんじゃないか。

世の中には、信念を持ちながらマジョリティと戦っている人がいます。もちろん最初から清く正しく美しくポリシーみたいなものを打ち立てて、グレタさんみたいに正面から戦いを挑む人もいるでしょう。その一方で気づいたらマイノリティになってしまっていた。あるいはマイノリティでしか闘う術がなかった。そんな人も少なくないとおもいます。

そして岡さん自身は後者でありました。消去法の選択の結果、自分の意思とは関係ないに近いところでCMプランナーという職を得た。しかし、その中で起死回生を狙った結果、前人未到のルートをたどって登頂せざるを得ないことになってしまった。

しかし、ここがおそらく、昭和の人間、あるいは岡さんの優秀なところなのかもしれません。そのルートを「やむなし」ではなく、正しい道であると確信を持って磨きあげていくのです。世の中のバラエティ番組のようなCMより、あるいはどこかで見たような安牌切っているCMより、こちらのほうが正しい、と。

その結果が、たとえ2割の企業にしか受け入れられないものだとしても、そちらを選ぶよ、と。だからいま、どのような理由かはわからないが、似たような境遇にある人に、その道が正しいものであるならば、信念を持って取り組んでいることであれば、それが異端といわれようが貫こうぜ。

そういうメッセージを投げかけてくれたんじゃないか。とおもうのです。

ぼくが、広告をつくらないという、じゃあ何をつくってるんだというコピーライターでありながら、ある局面においては非常に強い信念をもって仕事に取り組めているのは、岡さんのこうしたスタンス、立ち居振る舞い、あるいは業界での存在感に結構影響を受けています。

この章の小見出しである「二勝八敗。十分だ」とは、あとがきの最後のフレーズです。せっかくなので、少し前の部分から引用します。

配属間もないころ、何人かの先輩と飲みにいった。日本経済は活気に溢れ、広告業界もいまよりずっと元気だった。銀座の夜は大人の時間であり、そこで豊富な経験に基づく、貴重な話を聞くことができた。しかし残念ながら、ほとんどのオジさんの話は「自慢」か「愚痴」であったように思い出す。今回の話がどちらにもなっていないことを祈るばかりだ。どちらにも当てはまる、かもしれない。もしそう感じたら、遠慮することはない。僕を追い越していってほしい。どの道、広告制作界は世代交代を待っているのだ。しかし、君が現れない限り、僕は僕の道をゆく。
二勝八敗。十分だ。

岡さんの道は、岡さんだけの道です。船頭をなくしたタグボートは、これからどうなっていくのでしょうか。できれば、意思を継いで、ずっと勝率2割のクリエイティブブティックでいてほしいです。

二勝八敗。十分です。

最後に、あらためて岡康道さんのご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。悲しい。

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