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【広告本読書録:108】広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?

前田将多 著 毎日新聞出版 

とつぜんですが、わたしの名前はヒロミチです。漢字で書くと博通。博報堂の博に電通の通と書いて博通というわけで、ナチュラルボーンアドバタイジング。そこんとこヨロシク。

さて、ひさかたぶりとなる今回の広告本読書録は、まさしく広告業界ど真ん中。王道中の王道。電通を取り上げるものであります。昔から電通本というとなんとなーく暴露系の、どっちかっていうと社会を裏側から操ってる系の、実話マニアックス的なダークモードの本が多かった。

しかし。
みなさん、ご安心ください。
今回は老若男女、ベテランアドマンから事業会社の宣伝部長、さらには就活生まで笑いつつも真剣に考えるきっかけをもらえる一冊です。

わたしの手元にある電通本は、電通でコピーライターとして活躍されていた前田将多さんがお書きになった『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』でござるよ。

前田さんは2001年に電通に入社し、2015年に退職されるまでコピーライターとして活躍されます。退職の理由は「カナダでカウボーイとしてひと夏働くため」。なんともヌケのいい理由で、広告キッズ垂涎の的である電通コピーライターの職を辞したのです。

そんな漢ですから当然、電通に恩はあれども遺恨などあろうはずもない(きっと)。これまでの暴露本とは一線を画す、現場目線のノンフィクションがこの本です。

ただ、そんな前田さんも現役時代の労働環境についてはいくばくかの疑問をお持ちであったようです。そしてそれは電通に限った話ではなく、発注する側、ひいては日本人特有の働き方にも問題がある、とジャーナリスティックな視点で論を展開します。

ブレるメッセージ、漂う閉塞感

そもそもこの本が生まれたのは、前田さんの『月刊ショータ』というWebメディアに掲載された一本のコラムがきっかけ。新入社員の過労自殺事件を起こしてしまったあとの電通の対応のまずさ、そしてマスコミの偏向報道に元社員として物申した内容でした。

これが大きな反響を呼び、なんやかやのいきさつを経て(そのあたりの話は存じ上げません)過去のものも含めた23本のコラムが一冊にまとめられたのであります。

それだけに、ここで描かれている会社社会の姿はある程度の規模の組織に所属したことがあるビジネスパーソンなら、ヘドバンで脳震盪を起こしかねないほど首肯できるものばかり。

やれ残業はするなという一方で締め切りには間に合わせろ、という矛盾した指示命令。顧客でもなく社員でもなく「エコ」ファーストを唱える総務。コンプライアンスの名のもとに社員のSNS発信を制限する責任者。みなさんも心当たりあるのでは?

こうした会社の体質に共通するのが、芯がないってことなんですよね。あるいは腰がすわってないとも、軸がないとも。ゆえに上から降りてくる号令を横展開させるだけ。しかも責任を誰もとろうとしない。だからメッセージがブレまくるわけ。

そして社内には閉塞感が漂うという…個人的には非常に身につまされる話です。リーマンの頃に在籍していた会社のことが書かれているような気がして「ううむ」と唸らざるを得なかったです。

結局、電通も博通も同じ

前田さんはそもそも広告業界にはびこる長時間労働の実態にメスを入れます。それを読んだときにぼくは膝を叩きました。「なんだ、電通も博通も同じじゃんか!」と。この場合の博通とはつまりぼくのことで、表現の解像度を上げると孫請けということになります。

ぼくは20代の前半、広告業界の末端にいました。そして、まさにこの本に書いてある通りの、クライアントの無理解あるいはノーリスペクトからくる制作物への介入により何度も何度も土曜日曜夏季年末年始の休暇、そして睡眠時間を奪われ続けていたのです。

当時は電通や博報堂などは天上界の会社であり、全知全能の神ゼウスとおぼしき存在でもあったので「きっとこういう目に遭うのは自分が広告カーストの最底辺にいるからなんだ」と諦めていました。そして「がんばって朝日広告賞を獲って、ひとつでもクラスを上にあげなくちゃ」と残り少ない睡眠時間を削る日々を送っていました。

でもこの本に書かれているCM制作やグラフィックデザインの納品までのプロセスで起こるバカバカしいまでのクライアントからのツッコミエピソードによると、どうやら天上界では天上界なりに同じようなことが頻発しているみたい。

そりゃ、長時間労働にもなりますわな。

発注者こそ必読の書かもしれない

そういう意味では長時間労働に端を発する電通の諸問題というのも、電通一社だけを叩けばいいというものではないかもしれません。

電通がいくら「わかりました!今日から9時…だとクリエーティブの連中は出てこないので、10時から19時までの勤務時間を厳守します!全社全員全身全霊で入場曲がFantasticCityの頃の蝶野正洋ばりにホワイトにがんばりまうす!」と宣言したところで、発注側が無理難題を言い続ける体質のままでは物理的に不可能でっせ、となるでしょう。

だからこそ、無駄で非効率な横槍を入れなくなるためにも、ぜひ発注側のみなさまに目をかっぽじって読んでいただきたい。オリ・パラの開閉会式には賛否両論あるのはさておき、上から横からの無茶振りオーダーがなかったであろうパラのセレモニーのほうが明らかにクリエイティブでした。ああいうことだと思うんですよ、ほんと。

ラーメンの作り方はラーメン屋にまかせてほしいし、コピーはコピーライターに、デザインはデザイナーにまるっと一任すべきです。なんのためにお金を払ってるのか考えたらそうするでしょう。

悲しみを乗り越えた先にユーモアがある

とにかくこの本、外から見ているとなかなかわかりづらい広告業界の構造を、中にいた人の視点でリアルに描いています。それだけでも価値がありますが、もうひとつの特徴として挙げたいのはそれが教科書的ではなく、おためごかし風でもなく、きれいごとでもなく、ユーモアを交えて生き生きと描かれているところ。

特に登場人物の描写はキャラがバッチリ立っていて、谷崎さん(仮名)やら花岡さん(仮名)には思わず感情移入してしまうほど。送別会の時の田中さんのエピソードもグッときます。ホンマ、ええ漢やええ女たちがたくさんいる会社なんですね、電通関西って。

あと、随所に小ネタが光っています。前田さんはもともとは東京の方のはずですが、長年の大阪生活でしっかりと小ネタを仕込まざるを得ない体質に変容されたようです。どんな小ネタかはぜひ本書を手にとっていただきたいのですが、ぼくが一番好きなのは創業者、光永星郎さんのくだり。すっかりホシナガミツロウと脳内変換されるようになってしまいました。

ともすればふざけているようにとられがちなこれらのユーモアですが、個人的には悲しみやつらさを識る人こそユーモアを大切にするものだと思っています。映画『グッドモーニング・ベトナム』を最初に観たときからそう思っています。

この本に流れるユーモアもやはり同様のもの。その答えが「おわりに」で示されていました。

この本は、広告業界の理不尽やおかしさを知ってもらうために、時に冗談を交えて書いた。指摘したようなおかしなところが、今後一つでも改善されていけばいい。が、同時に、どの業界にも共通する、ビジネス社会の息苦しさはそう簡単に改められることはないだろうと思う。
だからこそ、笑うしかないのだ。怒ったり泣いたりもある。何かに耐えて、心を病んで、それでも正されないことは今後もいくらでもあるだろう。そこで笑おう。笑いにしよう。笑って働こう。そして、自分の周りから少しずつ変えていこう。私はこのように思う。

ぼくもそう思います。つよく同意します。

結論。

『広告業界という無法地帯へ』は受注側、発注側問わず全てのビジネスパーソン必読書であると同時に、これから社会に飛び立とうとする就活生にとっては最もリアルな参考書といえるでしょう。

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