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社会の死角で家を持て②〜複雑性PTSD患者の生活やり直し記〜
経過報告。
これは複雑性PTSDの当事者が生家を捨て、再び生きる為の物語を綴ったエッセイ「社会の死角で家を持て」の続きです。前作もぜひ。
…あれからネットカフェを放浪する生活は終えられたものの、依然として安定した日常は取り戻せていなかった。
知り合いの家に居候してから物件を探す日々。なんとか家を見つけたものの、即入居可とはいえ入居してからが大変だった。
家具は付いているが手入れはされていない。カビの生えた浴室。生ごみの散乱する冷蔵庫。
ケトルには水垢が跋扈し水道水はなぜか飲めた味ではない、そんなところではカップラーメン一つ作れるまでに一週間を要した。
入居して二週間目の今、ようやくまた筆を執ることができた。カロリーメイトとOS−1のお世話になりつつ、最低限食べる、毎日寝るところは決まっているという生活を送っていた。
…正直受け入れられていなかった。住みたいところに住む資格が無いこと。年金受給者だけどグループホームには入れないこと。「いつか」絶対に出ていくぞという燻りを抱えたまま、また毎日を過ごすために、生活用品を買うこと。せっかく10万払って業者に全て捨ててもらったというのに…。
入居してからも、フラッシュバックの症状の悪化は続いており眠れたものではなかった。
夜が怖かった。
決まった時間に寝ることが苦痛で、倒れるまでマンガを描いては全居者の残したヨギボーに身体を預けることを繰り返した。まとまって眠れたのは三時間だろうか。
早朝に寝るときもあったし、昼に寝ることもあった。日が昇っている間は安心して眠れた。
そんなアホみたいな不摂生をそろそろやめようと思った。マンガでプロを目指すと決めたからだ。
描くことは救いだった。一キロ単位でカロリーの計算が止められず、体重計に乗る日々を手放すことができたし、それ以上にアウトプットという行為は私の中のなにかを浄化してくれた。
口に出すことが憚られるような生い立ちを、自分の人間性を、誰も興味が無いというのは新鮮だった。ウソつき放題、飾ってナンボの世界。
ただ、プロセスとして描くという作業に依存しているのを否定はしない。描いてる間は嫌なことから離れられる。
それでも、ただの気晴らしで終わらせるには勿体ない。この道を選びとった以上、今まで夢と希望を与えてくれた作家陣と肩を並べられるよう、上手くコントロールしていきたいと思う。徹夜してもあんまりメリットがないことも分かったし。
その為に、ちゃんと寝てちゃんと食べられるようにならねば。
私のような存在がただ生きることは、社会福祉的にはそう難しくないのかもしれない。それでも、自分が自分を誇れるようになるために、ほんの少しだけ頑張ってみてもいいのではないだろうか。
帰る家も家族も無いけれど、自分ひとりが座れる椅子くらいは自分で用意してやりたい。
とりあえず、明日は冷蔵庫を掃除してパンを買いに行ってきます。保存食、いい加減飽きる。
目指すは朝ごはんにパンとジャムとコーヒーがある生活、である。
選ぶこととは何より生きることだから。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
マンガも描きますがnoteの方もぼちぼち更新しますので、よしなに。