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【美術展ニュース】トーハクで『寒山拾得図』の特集が始まります! 〜その前に寒山拾得って何? 誰?
9月12日(2023年)から、『東京国立博物館の寒山拾得図ー伝説の風狂僧への憧れー』という特集展が始まります。なお同特集展は、同時期にトーハクの表慶館で開催される「横尾忠則 寒山百得」の関連企画です。
※気をつけたいのが、「横尾忠則 寒山百得」展の会期が12月3日までなのに対して、特集展の『東京国立博物館の寒山拾得図』の会期は、それよりも約1カ月も早い11月5日に終わってしまうことです。
さて「寒山拾得(かんざんじっとく)」は、中国から禅が伝わってきて以来、近代以前の絵師たちが避けて通れない画題でありました。おそらくクライアントから「寒山拾得」の絵を描いて欲しいと頼まれることも多かったでしょうし、もしそうでなくても「そろそろオレも寒山拾得に挑戦するかな……」なんて思う時期があったのでしょう。
今回は、『横尾忠則 寒山百得』展や特集『東京国立博物館の寒山拾得図』を観に行く前に読んでおきたい資料などをnoteしておきたいと思います。
■寒山拾得って誰? どんな人?
本当は、寒山拾得とは何か? というのを説明しようと、このnoteを書き始めたのですが……。Webサイト『松岡正剛の千夜千冊』の中で、寒山拾得が取り上げられていて……もうココを読めば、短時間で理解を深められますよと思ってしまいました。ということで、寒山拾得を初歩から深くまで知りたい人は、このnoteを閉じて、下のサイトを読みにいってください……さようならw
とはいえ、自分の中でも寒山と十得を整理しておかないといけないので、筆を進めることにします。
そう、たいていは「寒山拾得」とひとくくりにして記されるのですが、なぜわざわざ、こんな難しい四文字熟語にしたのか、素人のわたしからすると理解できません。
というのも寒山と拾得は、昔、中国の寺に居たという2人の男の子(もしくはおじいさん)の話だからです。ペアで語られますが、一心同体ではなく、寒山は寒山であり、拾得は拾得なのです。
頭の中で、初めに寒山と拾得を分離できたら、次は、それぞれどんな人だったのかを知りたいところです。前述の松岡正剛さん、または森鴎外の著述を読めば書いてありますが、2人は中国・天台山の国清寺という臨済宗のお寺に居たという小僧たちです。禅僧と説明する人たちもいますが、そう言えるのか?……仏教を学んでいたのか?……も微妙なところですし、実際に「居た」かどうかもあやしいところです。思うに、禅というか臨済宗の教えを体現させた、今でいう「ゆるキャラ」だと思ってよいでしょう。
だから当然、禅の素養がなければ、2人を理解することは到底できません……となると身も蓋もないのですが、では禅を理解していないし興味もない人に、どう2人を説明するか? という題目に挑んだのが、文豪・森鴎外さんでした。
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装幀:寺田政明/挿絵:木村荘八
■5分で読める「寒山拾得」物語〜主要登場人物は3人! 〜
物語の冒頭、中国・天台山国清寺のある地域を治める、今でいう県知事くらいの役職に就いた、閭丘胤(りょきゅういん)……閭さんが登場します。任地に赴く前の閭さんは、自宅で激しい頭痛に悩まされます。そうしていると、一人のおじさんの僧が「お困りごとがありそうですね」と言って、閭さんを尋ねてきました。ともかくも会ってみることにした閭さん。家に招き入れた僧が、閭さんの頭痛を瞬時に治してしまいます。ただそれも、別に霊力を使ったわけではなく、頭の中に溜まった悩み事を、フッと吹き飛ばしてあげた……というような方法でした。閭さんは「この方は高僧に違いない」と、去って行こうとする僧に、「改めてお礼にうかがいたいので、あなたのお名前とお寺を教えていただけませんか」と尋ねます。すると僧は、「豊干と言います。これからどこへ行くかは分かりません。今まで居た寺であれば、天台山の国清寺です」と答えます。すると閭さんは、「天台山国清寺であれば、私がこれから赴任する地域です。ぜひうかがいたいです。その国清寺で、会っておいた方がいいよという高僧がいれば、教えていただきたいです」と、重ねて僧に問います。すると僧は、少し考えたあとに「寒山と拾得がいます。寒山は文殊(菩薩)で、拾得は普賢(菩薩)です」と答えて去っていきます。
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ぶはぁ〜!!!っと閭(りょ)の頭の上に吹きかけました
頭痛が治った閭さんは、新任地へ行って、少し経ったのちに部下を連れて天台山の国清寺を訪ねます。その寺の住職が出迎えてくれたところに、さっそく閭さんは「この寺に豊干さんという僧がいましたか?」と聞きます。すると老僧は、「あぁ、豊干さんなら寺の調理係でした。今はもう出て行きましたが…」と言います。それでは、拾得さんは? と重ねて聞くと「拾得は、豊干さんが山から拾ってきた小僧です。今は掃除係をさせています」とのこと。では寒山さんは? と問うと、「寒山は、裏山の洞に住んでいて、ときどき寺に来ては、拾得から残り飯をもらって食べたり、2人で遊んでいます。拾得であれば、すぐそこの飯炊き場にいるはずなので、呼んできましょう」と老僧が歩み始めます。閭さんは「いやいや、わざわざ呼んできてもらうのは申し訳ないので、そこまで案内いただけませんか」と、老僧のあとを追いました。では参りましょうかと老僧が先に歩き、閭さんを案内します。すぐに飯炊き場に着くと、ちょうど寒山と拾得が2人で遊んでいました。そして、閭さんが自分たちを尋ねてきたことを知ると「わぁ〜! 逃げろぉ〜!」と満面の笑みで駆け出していきます。そして閭さんの方を振り返ると、「チッ……豊干が言ったな」とニヤッと笑ったのです。
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2人がいる飯炊き場の中に入っていき、話しかけると……
2人は逃げるように駆け出していってしまいます
森鴎外さんの『寒山拾得』は、ざっくりとこんな話です。記憶にあるままを記したので、細かいところは間違っているかもしれませんが、どうせ創作なので、少々の間違いは問題ありませんw
■詩を読むのが好きな「寒山」…トレードマークは巻物
この話にある通り、寒山は天台山の国清寺には住んでいません。また森鴎外さんの話には出てきませんが、寒山は(貧しかったはずなのに……)幼い頃から読書家で、漢詩を多く遺したとされています。それが『寒山詩』などと呼ばれています。そのため、描かれたほとんどの寒山は、巻物を持っています。様々な『寒山拾得図』がありますが、巻物を持っていたり、そばに置いてあったら「あ! こっちが寒山だ!」と思って間違いありません。ちなみに横尾忠則さんが描く寒山拾得(百得)図の寒山さんは、トイレットペーパーを持っています。
■いつも笑っている「拾得」…トレードマークは箒(ほうき)
一方の拾得は、掃除係……というよりも雑用係なのでしょうが、箒(ほうき)を持っているのが常です。箒を持っていたら「ふむふむ、こちらが拾得だね」と思ってよいでしょう。ちなみに横尾忠則さんが描く寒山拾得(百得)図の拾得は、箒または掃除機を持っている絵が多いです。
物語の中で、寒山もですが拾得も、いつもニコニコと笑っています。何かを聞くと、ただ笑い返すのです。
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あれ? 両方ともトイレットペーパーをたくさん持っていますねw
おそらく右側が「寒山(かんざん)」で、
箒(ほうき)と掃除機を持っている左側が「拾得(じっとく)」かな…
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2人の女性が、巻物と箒を持っているから、寒山拾得のパロディだと分かります
「あふことの たへてしなくは 中々に 人をも身おも うらみさらまし」
「会わないことを耐えるのは難しく、それが続くと、他人だけでなく自分自身も恨みたくなる」
■虎を操れる豊干(ぶかん)さん〜2人の兄貴分的な存在〜
そして豊干さんですが……この方の情報が、少ないのですが……森鴎外の話の中で、豊干さんが閭さんに「寒山は文殊(菩薩)で、拾得は普賢(菩薩)です」と、謎な言葉を残しましたよね。ここは本当に意味不明なのですが、別に森鴎外さんのオリジナルなわけではなく、昔から、言われていることです。そして寒山拾得を文殊と普賢に比すように、豊干さんを「如来」だとするのも一般的でした。まぁ三人組……三尊像のようなイメージでしょう。
さらに豊干さんは、天台山の国清寺に居た時に、虎にまたがって来たことがあったそうです。なぜ虎なのか分かりませんが……とにかく豊干さんと言えば「虎を操れる男」として有名で、かつての絵師たちは、その様子を描いています。
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筆で岩に詩を書いているのが寒山
中央のもう一人が拾得……は洗濯でもしている?
そして虎に寄りかかっているのが豊干(ぶかん)
下の筆者不明?の《四睡図》は、画像データだと薄いので、実物をじっくりと見てみたい一作です。四睡とは、寒山と拾得、それに豊干と、豊干が連れている虎が眠っているということ。拡大してみると、とても平和な世界が広がっています。
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14世紀に中国で描かれたとされるこの絵図。かなり写実的な描き方というか、一般的な『寒山拾得図』のようなキモさがなく、みな穏やかな表情です。筆者は不明ながら、有名書家なのか知りませんが、3人の画賛が記されています。
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■国宝《寒山拾得図(禅機図断簡)》も展示されます!
《寒山拾得図》には、国宝に指定されたものもいくつかあります。今回の特集展では、トーハク所蔵の因陀羅さんが書いたとされる作品が展示されます。ただ……これもどうして国宝に指定されたの? と個人的には感じてしまいます。
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仏慧浄弁円通宝大師壬梵因
宣授汴梁上方祐国大光教禅寺住持
絵を描いた因陀羅の履歴が記されています。
寒山拾得両頭陀或賦新詩或唱歌試問
豊干何処去無言無語笑呵々
寒山と拾得、この二人の禅僧は、時に新しい詩を詠み、時に歌を歌う。豊干(あるいは他の高僧や知識ある者)に彼らがどこへ行くのか尋ねると、彼らは何も言わず、ただ笑う。
■有名画家たちが描いた寒山拾得(トーハク所蔵ではありません)
北斎も描いています。
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国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1084643 (参照 2023-09-06)
横山大観の《寒山拾得図》も可愛らしい感じです。
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国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1014423 (参照 2023-09-06)
伊藤若冲の可愛らしい寒山拾得も、秋田市立の千秋美術館などにいくつかが残っています。
■そのほかの資料
5月に東京国立博物館では、横尾忠則さん御本人を迎えて、『横尾忠則 寒山百得』展の報道記者発表会を行ないました。なぜ横尾忠則さんが『寒山百得』の制作に取り掛かったのか、ご本人の言葉が直接聞けたはずなのですが……その肉声を伝える(無料で読める)Web媒体は多くありません。
少し探して見つけられた、肉声を組み込んだいくつかの記事を紹介します。これらを読んでから、展示会に臨みたいところです。
たくさん描くためには、自分の固有の様式を持っているとダメだなと思いました。多義的な人間となり、僕自身が寒山拾得にならないといけない。描いていくと、今日と明日とで気分が変わっていく。すると作品も複数化し、モチーフも変わっていった。それがまさに寒山拾得ではないかと思いました。
(展示される101点の)作品群が何を意味しているかというと、はっきり言って何も意味していません。作品の前で自分と対峙して、その時に思い浮かぶインスピレーションを感じ取っていただければそれで良いのではないかと思います
寒山拾得で僕の特定の様式を捨ててしまい、何でもありになってしまいました。これからは子供やピーターパンになったつもりでやるしかない。最初は自分がなければ描けなかったのに、今は自分を持ってしまうと描けなくなるんじゃないかと思っています
国立新美術館が、2020年6月に開催した『古典×現代2020 ― 時空を超える日本のアート』で、古典の名作と現代作家をコラボさせる企画があって、古典の作家のモチーフでやってほしいと。僕には曾我蕭白をテーマに、というオファーがあったんですよ。(中略)
古典側のひとつの展示室が蕭白だったんです。そこで僕は寒山拾得を選択した。それが最初ですよ。2点だけ描いたんだけど、終えてすぐに「これは2点だけで済むテーマではないな」と。
以下は、2021年に東京都現代美術館で開催された『GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?』展の関連記事における、横尾忠則さんの『寒山百得』シリーズに関するコメント。
不思議な人たちだなあ、と思ったんです。なぜたくさんの絵師がその不思議な人物を描いているのか、その謎を解くには自分も描いてみればわかるのかな、と思った
このほか、横尾忠則さんと親交が深いという、松岡正剛さんとの対談などがあれば読みたいですね。おそらく理解不能な領域に話が転がっていきそうですが……。
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■『横尾忠則 寒山百得』展と特集『東京国立博物館の寒山拾得図』の上手な巡り方
まだ始まっていない展覧会ですが、おそらく『横尾忠則 寒山百得』展の開催期間は、トーハクの大混雑が予想されます。トーハク自体のファンと横尾忠則さんのファンと、近代美術のファンなどが交錯するからです。
そんななか、『横尾忠則 寒山百得』を観に行く方におすすめしたい巡り方を説明したいと思います。
理想的なのは、朝と夕方の2回、足を運ぶこと。同日であれば、一度館外へ出ても、また入館できるはずです(正門を出る時に要確認)。
できれば平日の9時半に入館し、まっさきに正面の日本館(本館)2階で開催される特集『東京国立博物館の寒山拾得図』を、ゆっくりと見て回ります。そのあと、どうタイミングを見計らっても混んでいるだろう『横尾忠則 寒山百得』を観に行くというコースです。可能であれば、『横尾忠則 寒山百得』展は夕方に。
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