エッセイ 初夏と散歩
久しぶりにいつもの散歩道に来た。
散歩道の途中にある田んぼでは、
田植えが始まっていた。
そうか、田植えの時期なんだと、
少しの驚きを感じ、
でも、少し遅いような気もした。
僕の田舎では5月初めに
田植えをしていたからだろう。
水の張られた田んぼの中を、
トラクターがのんびり
動いていた。
夏の到来を告げるナヨクサフジが、
川岸で咲いて、少し俯きかげんに、
僕を迎える。
僕はベンチに坐り、
景色を眺めていると、
嘴の黄色いムクドリが
草むらから次々と、
向う岸へと飛んでゆく。
翼を羽ばたかせ、
何の不安もなく、
一直線に飛んでゆく。
その翼の繊細さ。
その羽根の美しさ。
その鳥に備わる
それらの機能は、
当たり前にあるけれど、
あのムクドリに辿り着くまでに、
たくさんの選択が
あったに違いない。
今、
何の不安もなく飛んでゆく
彼らは、
たくさんの選択の
積み重なった結果なのだ。
僕も、
たくさんの選択の
積み重なった結果の一つだ。
僕が生きていることが、
僕が通ってきた道の何かが、
この先の
積み重なったものの
一つであるのだ。
例えば僕が、
このベンチに座ったことで、
風の流れが変わり、
鳥が飛び立ち、
虫たちが慌てて逃げ出すような、
ほんの些細なことから、
それは始まるのかもしれない。
僕に起きる出来事も、
何かの積み重ねの一つだ。
それは、たぶん、
何かにつながっていく。
そして、何かに、
辿り着く。
だとしたら、
そんなに落ち込まなくても、
いいじゃないか。
そんなことを考えた、
散歩だった。