小説|話しも長いが蕎麦も長い
依然として僕は、蕎麦をすすり続けていた。この店の蕎麦は美味い。箸が止まらぬ。向かいに座る友人の話しも止まらぬ。
「そんでさぁ、少しLINEの返事が遅れたくらいで不機嫌になるんだ。今誰といるんだとか、証拠に写真を送れだとか。あー、信用ないんだなぁ俺……」
くだらぬ。先ほどまでは、応援している地元のプロサッカーチームの試合について熱く語っていた。その後もいくつかのたわいもない出来事を一方的に話し続け、いつの間にか、初めてできた彼女の事になっていた。
ずぞぞ……。
蕎麦をすする。僕の気持ちは喉を通る蕎麦に絡みながら胃に落ちてゆく。
どんなに詳しくサッカーの解説をされても、知識が乏しい僕には、彼が共有したい映像が頭の中でイメージできない。
ずぞぞ……。
サークルで知り合ったという彼女とのエピソードも、彼が面倒臭いと言うのなら面倒臭いのだろうが、鼻を膨らませてどこか嬉しそうにしているのだから、言葉の裏に別の意味が込められているのだろう。
「付き合う前は、こんな感じの子だとは思わなかったんだけど。はぁ、これが普通なのかな」
知ったことか。
ずぞぞ……。
「それにしても、おまえは何も変わらないな」
ずぞぞ……。
蕎麦は、美味いな。
彼は高校の同級生だ。卒業後、進学先が別々だったので半年ぶりの再会だ。特に目的があったわけでもないらしく、急に連絡をくれたのは、近況報告がしたかったからだろう。
しばらく彼が黙っていたので顔を向けると、スマホを手にしていた。
「てかそれ、どんだけ長い麺なんだよ」
半笑いで、僕の様子を動画で撮っている。
僕は蕎麦をすすりながら、左手でピースサインを作った。
この店は、ありふれた蕎麦屋の店構えでありながら、中に入ると壁一面に手書きのメニューが貼ってあり品数が豊富なのだ。友人の前にはハンバーグ定食が置かれているが、話すことばかりに口を使っていたせいか、あまり減っていない。
僕がすすっているのは、裏メニューの、とにかく長い蕎麦だった。
おまえの話しも長いが、この蕎麦もなかなかのものだろう。
「黙ってないで、なんか言えよ」
この動画も、どうせ彼女に送るのだろう。
思わず照れてしまい、ふふっと笑う。壁の方に視線を逸らして、僕は長々とすすっていた蕎麦を噛み切った。追加で何を食べようか、それとも何を話そうか。