涼飇
人は時速4キロで歩く。
それを知ったのは、彼女と週末ごとに
長距離散歩をするようになってからだ。
目的地は温泉や銭湯。
お風呂好きな彼女を、
なんとか外に引っ張り出すために考えた策。
最初は5キロだった。
次第に距離が長くなり、
今日はこの残暑厳しいなか、
20キロの道のりを歩いている。
太陽が容赦無く照りつけ、
アスファルトから熱風が湧き上がる。
「車ならすぐなのにね」
彼女の言葉に笑いながら、ペットボトルを渡す。
職場になじめず休職中の彼女は
「立ち止まっている私」と自分を表現する。
いや、歩いているよ。
そう今、私と彼女は時速4キロで歩いている。
飛行機や新幹線みたいに、
遠くまではたどり着けないけれど、
それでも自分の足で旅路を進んでいるのだ。
黙々と歩いているうちに、太陽が暮れかかってきた。
そろそろ目的地が近い。
ふいに私と彼女の間を、涼しい風が通り抜ける。
時速4キロの私たちと共に、
季節も晩夏から初秋へと歩みを進めている。