カウンセリングとコーチングの間
cotreeさんで主催されたこちらのイベントに参加した。
診断と1回目のコーチングを受け、めっちゃ楽しかったのでノリノリで参加したのだが、元々はコーチング2回目の時刻だったのを涙を飲んでキャンセルしてこちらを優先させていただいた経緯があることを忘れてはならない。
終始和やかな雰囲気で、
・自分の診断書は自分の取説
・コーチングは自分の試し乗り
・第三者のプロに話を聞いてもらう安心感
・今から未来へ歩むコーチング、過去を振り返って手当てするカウンセリング
等々、緩やかな時間を過ごしていたのだが、「人の心を取り扱う仕事」である事の難しさやポリシーの話になると、真面目な話になったのは印象深かった。
「人の心の取り扱い方」
実にデリケートである。
デリケートであるがゆえに、コーチングやカウンセリングが広まっていないのかもしれないし、それに伴う心の痛みや悩みに対する周囲の理解も広まっていないのかもしれない…
デリケートだからこそ、むやみやたらと開示もしないし、大切に取り扱う人という信用がないと、コーチングもカウンセリングを受けようとは思えない…
だがそれにしても、もっと受けるべき人が受けて、もっと楽に、もっと生きやすくなってほしい…
というジレンマに、真摯に苦悩されている印象を受けた。
マッサージ屋さん感覚で、コーチング・カウンセリングが受けられたら…
という考えにはとても賛同できる。
身体を整えるマッサージ屋さんがあるのだから、心を整える心のマッサージ屋さんがあってもいいではないか…
本当にそう思う。
そう思う反面、いい加減なマッサージ屋に高額払って痛い目にあった事が何度もある経験から物申すと、やはりある程度の技量や信用がないと、とても気楽に入る気はしないのだ。
30分1980円の値段に引かれて、何度痛い目にあったことか。
だが、身体だからまだいい。
(よくないけど)
せいぜい、「へったくそやなぁ」と内心毒づきながら、二度と行かなければいいだけの話なのだから。
しかし、それが心だとそうはいかない。
心のケアをしてもらいに来た自分は、果たして安いコーチに「へったくそやなぁ」と内心毒づく余裕があるだろうか。
多分ない。
心、メンタルは目に見えない。
おまけにデリケートな代物ときたもんだ。
目に見えなくてデリケートで、厄介だからこそ、今まで積極的に他者の手に触れさせようとしなかった。
その判断は至極当然かもしれない。
心のメンテナンス
といえば、コーチングもカウンセリングも聞こえはいいが、
自分の心を触らせて手を加えられる
という言い方に変えると、うっかり触らせた相手が悪の組織だったとしたら…
という懸念が出るのも、もっともな話である。
でもそうは言っても、誰しも肩肘張らずに、利害関係がなくて気のおけない相手に愚痴をこぼしたい夜だってあるのが、面倒臭いところでな…
カウンセリングほど深刻にならず、コーチングほど未来志向ではないような。
自分の言葉で表現するならこれくらいのさじ加減。
もしも、今日あった話をただただ聞いてもらいたい夜に、お値段をつけるなら。
自分の中では、「行きつけのお店のジン・トニック」くらいなのか…
おつまみと合わせておよそ、1000円…
それだけでは申し訳ないから、「行きつけのお店のソルティ・ドッグ」もお付けして2000円…
あと往復の交通費で…
3000円?
…
払うわ。これ。
逆もまた然りで。
出張!なんでも聴きます団!〜一杯のジン・トニックとソルティ・ドッグが醸す友情〜
…
こんなアイデアを思いつくイベントでした。
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