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地獄のような月曜日のたった一瞬の快感


世の中には2種類の人間がいる。

吐物を帽子で受け止めたことがある人間と、そうでない人間だ。

その割合については全く存じ上げないが、おそらく多くの人間は後者ではないだろうか。
私も41年間、後者として平和に暮らしてきた。

帽子で吐物を受け止めるなんて、志村けんのコントでしか見たことない。ん?あれはヘルメットだったかしら。

まあいいや。
とにかく、まさか自分が前者側になる日が来るとは、夢にも思わなかった。



月曜日の午後2時過ぎ。
幼稚園のバスのお迎えに行こうと窓の外を見ると、空はよく晴れて太陽の光が眩しかった。日焼け止めを顔に塗りたくり、いつもの黒いキャップを被ってバス停へ向かった。

これがこの帽子との最期のお出かけになることを、その時の私はまだ知らない。

いつも通りの時間にバスが来て、息子2人とSちゃんが仲良く降りてきた。

Sちゃんは毎日同じバス停で乗り降りする子で、うちの長男と同じ年中さん。4月の間こそお互い人見知りして目も合わさなかったが、最近になって急速に仲良しになったようだ。

仲良しになったのはいいが、近所ということもあってかSちゃんの家に遊びに行きたがるようになった。
2〜3週間前から、バスを降りると手を繋いでそのままSちゃんの家に行こうとするので、何とかそれを阻止している。

だって急に家に来られたら、Sちゃんママも迷惑だろう?普通そうだろう?

でもね、Sちゃんママはだいたい毎回こう言うんだ。
「来ても全然いいよー」って。

い、いいんだ…。

自分との違いにビビる私。

いや、ほら我が家なんかだと、事前に人が来るって決まってない限り…こう、何と言うか…「家の中で竜巻発生した?」みたいな感じだったりするじゃない?

するのよ。
急に来られるのはちょっと困っちゃうかな…。

満遍なく散らかすの上手い


だから毎回「いいよー!来ても!」ってニコニコして言えるSちゃんママのウェルカムな姿勢にビビっちゃって。

ていうか先週もう家の前まで行ったときに見ちゃってたから…新築の、めちゃくちゃ大きくて綺麗な家。それにもビビっちゃって。

幼稚園帰りで服も靴も泥やら土やらで汚れまくった我が息子たちを、あの素敵な家にお邪魔させるのは気が引ける…。せめて一旦家に帰り、着替えさせてから行きたい。

それと…、子供らは急速に仲良しになったみたいだけど、親同士はまだそうでもないんだよなぁ。みつを

うん、正直に言おう。
実はこれが1番大きい。いやごめん、前述したのはほぼ建前でこれが本音だ。ごめん息子たちよ。

コミュ障でママ友が作れないお母さんを許して…。
なかなか人との距離縮められないんや…。

まだあんまり仲良くなってない人の家(豪邸)にお邪魔するなんて…豆腐メンタルの母ちゃんには無理なんよーー!!やめてーーー!!

とか何とか思っている私をよそに、子供らは手を繋いでどんどん歩き、Sちゃんの家に到着。

Sちゃんに手を引かれ、普っ通に玄関の中に入っていく長男。

ちょ、ちょ待てよ!
キムタクになる私。

「ウチは大丈夫よー」
ニコニコと受け入れてくれるSちゃんママ。

突然ギャン泣きする次男。(!)

why?なんやどうした次男。
母さんちょっと今、軽くパニクっとるんだが?どした?

「◯っくん、はいらない!いや!いかない!おうちにかえりたい!」

さっきまでノリノリで遊びに行く気満々だった次男、着いた途端に帰りたくなった模様。
「いや!はいらない!かえりたい!」と泣きながら叫んでいる。

私の代弁者じゃん…。

嫌がってるのを抱っこして無理に中に入ろうものなら、さらに激しく暴れるのは目に見えている。眠くて機嫌が悪いのは明らかだった。
この日、子供ら2人とも4時前から起きていたのだから。

まだ2歳8ヶ月。4時から起きて昼寝もしていない次男は眠くて仕方がないのだ。
41歳8ヶ月の私も眠いのだから、彼も相当眠いだろう。

夕方になると大体ヨガマットの上で寝落ち。
そして変な時間に起きるやつ…。


「無理に入ると余計騒ぐと思うので、私達はちょっと外に居ていいですか?申し訳ないんですが、長男だけちょっとよろしくお願いします…」

Sちゃんママにはそう伝え、玄関の外の広々したエントランス?(って言うの?)で次男を抱っこしていた。

家の中からはSちゃんと長男の楽しそうな声が聞こえてくる。しかし次男はずっと「かえりたい!ここいやだ!」と泣き叫んでいるので、私と次男はそのまま40分間ほど外で過ごした。

人様の家の前で40分間よ…
苦行すぎて笑えた(笑えない)

その間、心配して様子を見に来てくれたり、オヤツとお茶を出してくれたりするSちゃんママにも申し訳ない気持ちでいっぱい。
それに、私の中の千代の富士がそろそろあの言葉を言いかけている。もういい加減に長男を説得して帰ろう。そう思ったその時。

急に抱っこから下りた次男が「◯っくんもおうちのなかであそびたい」と言い出した。

really?
え?今からですか?
母さんもう帰ろうと思ってたのに?
今さっきまであんなに嫌がってたのに?
急に?
気持ちの切り替え成功なさった?
今?なんで?やめて?

母の思い通じず、スタスタと玄関へ行きドアを開け、靴を脱ぎ始める次男。「やっと来たねー!」と笑顔で迎えてくれるSちゃんとSちゃんママ。

そして異常なテンションの長男がいた。

(こやつ…なんかハイになっとる…)

彼は、母と弟が入ってこず、自分だけ中にいるのが少し気掛かりだったようで、私達が入っていくと安心と嬉しさでMAXハイテンションになっていた。

(なんか嫌な予感がするな…)

嫌な予感はしたが、幸いにも滞在できる時間は残り30分しかなかった。Sちゃんが習い事へ行く時間が迫っていたのだ。

あと少しで帰れるし大丈夫だろうと思った私は、Sちゃんに案内されるがまま2階のSちゃんの部屋へ行った。

おもちゃ屋さんかな?
と錯覚するほど沢山のおもちゃがその部屋にはあった。

その中でも長男は「アンパンマンのドラムセット」が気に入ったようで、両手にスティックを持つと大興奮で一心不乱にドラムを叩いていた。

「おかあさん!みてて!いくよ!」
と、両手両足でドラムを叩く。テンションが上がりまくってヘッドバンキングも加わり、それはそれはノリノリ過ぎていた。

どこのヘビメタバンドやwww
と、心の中でツッコんだその時だった。

突然咳き込む長男。

興奮しすぎたんだねー、と背中をさするがなかなか止まらない咳。

顔を見ると表情がおかしい。
あ、コレはヤバいやつだ…

と思った次の瞬間、「ゥオエェェッ」と嘔吐。私は被っていた帽子を瞬時に取り、その吐物を受け止めた。

それは完璧なキャッチで、1滴も床には垂らさなかった。1回目のやつは。

残念ながら、長男はそのあと追加で2回ほど吐いた。

それも全て帽子で受け止めたが、いかんせん布製ですんでね…染みてきちゃってね。ポタポタと。
それも私の履いてるジーンズに吸わせるようにしてはいたんだけど、思ったより量が多かったよね…容量オーバーだったね…。

微笑ましいドラム演奏から一転、ちょっとした地獄と化したSちゃんの部屋。

慌ててティッシュやらビニール袋やらを持ってきてくれるSちゃんママ。

ボーゼンと立ち尽くすSちゃんと次男。

吐いたショックで泣いている長男。

とにかく床を拭きまくる私。


ねえちょっと神様?いる?
いるとしたらちょっと聞きたい。
私が一体何をしたっていうの?

まだあんまり仲良くなってない人の家(豪邸)にアポ無しで初めてお邪魔してる時に、こんなことってありますか…。あんまりじゃないすか…。

Sちゃんママは「全然気にしないで!子供だし、あるあるだよねー」と笑ってくれていたけれど。

とにかく申し訳なくて早く帰りたかった。

さすがに長男も、もう帰ろうと言う私に素直についてくると思った。しかし。

「吐くときは苦しくて泣いちゃったけど、もうスッキリしたから大丈夫だよ!まだ遊ぶ!」

ですって!
聞きました?奥さん!
親の顔が見てみたいわぁーーーー!!オホホホホ!!

そ!う!い!う!こ!と!じゃ!ない!!!!


その後はとにかくもう、半ば強引に連れ帰った。
Sちゃんも習い事へ行く時間だったし。

強引に抱き抱えられ暴れる者あり、道路で転がって動かなくなる者あり。Sちゃんの家から我が家まで400mぐらいだろうか。その日はものすごく遠く感じたし、実際15分以上かかった。


この日は本当に散々な1日だった。

帰宅後もさらに色々あったのだが、あまりにも長い記事になってしまったので割愛。

思い出すのも嫌なぐらい酷い日だったが、1発目の嘔吐のときのナイスキャッチの快感は忘れられない。

ほんとにね、ナイスキャッチだったんだ。

たぶん、死ぬ前に思い出すと思う。
あの日のあれ、ナイスキャッチだったなーって。

この帽子です。
2年愛用しました🧢


洗えばまた使えたんだろうけれど、その日の私はとても洗おうという気分にはなれず、吐物と一緒にサヨナラしたのだった。

昨日、ほぼ同じようなのを買ってきた。
キミとはあんな悲しい別れはしたくないぞ。


いつか息子たちとお酒でも飲みながらこの話をしてやるんだ。

その日まで健康でいなければ。

そう思う今日この頃である。


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