【相続税】パワー系節税が敗れた事例


チャレンジャー精神が過ぎる

税務通信さんの記事を見ていたら、興味深い裁決事例を見つけました。

「“比準要素数1の会社外し”で総則6項認容裁決」と題されていまして、これだけでは一般の方は何のことやら分かりませんね。

本件は、税目としては相続税のお話です。相続税、人が亡くなった時、その亡くなった人の財産を承継した場合に課税関係が生じる税金ですね。

相続税の計算方法はとても複雑なのですが、出発点は財産の評価額です。財産の評価額、現金預金だったら評価額なんて誰でも算出できそうではありますが、現実には現預金だけが承継されるわけではありません。

相続税は(基礎控除額が引き下げられたとはいえ)基本的にお金を持っている人が亡くなった時に問題となります。お金を持っている人がお金しか持たないまま旅立たれるのは稀で、大抵は土地建物であったり、自分が社長である非上場会社の株式であったり、そういった金銭的な物差しで計ることが難しい財産を持っているわけです。

本件は、非上場株式の評価を巡って、納税者が税理士法人の提案を受けてしたチャレンジに対し、金沢国税不服審判所が待ったをかけた。これが全容です。

本件の内容を理解するには、①非上場株式とはどのように評価するのか(原則と例外)、②題名に掲げられていた総則6項とは何か、を知る必要があるので、解説していきます。

財産評価の原則

相続財産の評価について、相続税法では「時価でやってね」くらいの抽象的な概念で規定されているのみです。

この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。

相続税法第22条

上の規定でいう「特別の定め」がある財産は地上権及び永小作権、配偶者居住権等、定期金に関する権利、立木のみとなっています。

多くの財産の評価方法が抽象的な概念でしか規定されていないとなれば、納税者としては不安ですよね。そこで国税庁は「財産評価基本通達」というものを策定・公表しています。通達というのは公務員に対して拘束力のある命令で、翻って納税者からすればこの通達通りに評価していれば、公務員たる調査官から否認は受けないだろうと期待できます。通達は色んな税法等に対して定められていて、納税事務を行う上で、実質的に法令と同等程度に重視されるものです。

各省大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、命令又は示達をするため、所管の諸機関及び職員に対し、訓令又は通達を発することができる。

国家行政組織法第14条第2項

財産評価基本通達はこちら

取引相場のない株式の評価の原則

私はこれまで非上場株式と表現してきましたが、この通達では「取引相場のない株式」と言っています。取引相場のない株式の評価の原則は、まずその株式の発行会社を、従業員数等の指標に基づき大会社、中会社、小会社のいずれに該当するかの判定から始まります。本件では中会社に該当したようです。

中会社の株式の評価は、類似業種比準価額と純資産価額を併用します。はい、ということで新たに「類似業種比準価額」と「純資産価額」という言葉の意味も知る必要が生じました。知れば知るほど知らないことが増える。人生なんてそんなもん。

類似業種比準価額

字面だけ見ると難しそうですが、一定の調整が必要な場合を除いたら滅茶苦茶簡単です。

上のリンクは、令和6年分の財産評価に用いられるべき類似業種比準価額の計算要素です。ざっくりいうと、国税庁が業種別に株価と、1株当たりの配当金額、利益金額、純資産価額3要素について平均的な金額を計算したので、この類似業種の株価に、評価会社の3要素と類似業種の3要素との比を使って補正率を計算。類似業種の株価にその補正率をかけて評価する会社の株価を求めようねというアプローチです。

具体的には、
① 評価会社の1株当たり配当金額 ÷ 類似業種の1株当たり配当額
② 評価会社の1株当たり利益額 ÷ 類似業種の1株当たり利益額
③ 評価会社の1株当たり純資産額 ÷ 類似業種の1株当たりの純資産価額
この①から③の合計を3で割った値が補正率となります。評価会社の利益金額や純資産価額が負数となる場合には0とします。

類似業種の株価に上の補正率と、評価会社の区分ごとに定められた一定率(中会社の場合は0.6)を乗じて計算した金額が類似業種比準価額による評価額となります。評価会社の株価は上場会社ほど流動性がないわけですから、何らかのディスカウントが必要ということですね。財産評価基本通達ではこのように、何かにつけてどんぶり勘定的に評価減が入ることがしばしばあります。

取引相場のない株式なんて大体身内の会社であるとの前提でいえば、用いる金額は身近なところと国税庁の公表資料から借りてくるだけで足りるので簡単。また評価額が抑えめになる傾向があり、本件もこの抑え目な評価額を最終的な評価額に大きく影響させたいがためのチャレンジでした。

純資産価額

純資産価額とは読んで字の如く、純資産価額を発行済み株式総数で割って株価を出そうねというものです。簡単そうに思えるかもしれませんが、これは面倒です。

なぜならこの純資産価額は、会社が保有する財産をすべて財産評価基本通達に則って評価した上で測定する必要があるためです。そのくせ、3年以内に取得した土地は通達によらず課税時期の時価で評価しろというのもあり、面倒な上に評価額も比較的高くなります。

中会社の株式の評価額

中会社の株式の具体的な評価額の計算方法は、

類似業種比準価額 × Lの割合 + 純資産価額 × (1 - Lの割合)

となります。Lってなんの頭文字なんだろう。意味合いとしては折衷割合ですね。
取引相場のない株式評価のコアイメージとして、小会社は単に個人が法人成りしたイメージで、個人が会社財産をそのまま保有した場合と同等程度の評価となる純資産価額による評価が適している。大会社は上場株式に近いので上場企業の株価の平均等である類似業種の株価からの補正して算出する類似業種比準価額による評価が適している。中会社はその間で、それぞれの価額を併用して評価する感じですね。

Lの割合は総資産価額に応じて0.60、0.75、0.90のいずれかに定まり、総資産価額が大きいほどLの割合が高い(比較的大きめの会社には類似業種比準価額の影響を大きくしようという趣旨の)設計になっています。

特定の評価会社の株式の評価

先ほどの項を「取引相場のない株式の評価の原則」としましたが、わざわざ原則と書くということは、例外や特例といった、先述の範疇に収まらない例があることも意味しています。

実は先の原則は、有り体にいえば「普通の」会社にしか適用することができません。「普通じゃない会社」には別のルールが定められています。

もちろん通達に「普通じゃない」と書くわけにはいかず、「特定の評価会社」とされています。特定の評価会社とは以下の通りです。

  • 比準要素数1の会社

  • 株式等保有特定会社

  • 土地保有特定会社

  • 開業後3年未満の会社

  • 開業前又は休業中の会社

  • 清算中の会社

本件の理解に重要なのは、「比準要素数1の会社」です。比準要素とは、類似業種比準価額で記した配当金額、利益金額、純資産価額です。評価会社のこの要素のうち2つ以上が0以下である場合には、この類型の会社に該当することとなります。

そして特定の評価会社の株式の評価は原則的に純資産価額で行います。というのも、国税庁が示したモデルは、上場会社で、普通に毎期黒字で、普通に配当を出していて、純資産も当然プラスであるような「普通の」会社です。

純資産は普通プラスになるとして、配当も利益も出せないような会社の株価の評価に、モデルとして採用した「普通の会社」の株価から補正して求める類似業種比準価額を用いるのは乱暴というものです。

ただし、納税義務者の選択によって、Lの割合を0.25とした上で原則の方法による評価(類似業種比準価額 × Lの割合 + 純資産価額 × (1 - Lの割合))をすることができ、普通はこちらの方が評価額が低くなるので主流といえます。ただ、優等生である類似業種比準価額、原則では0.6以上反映させられるところが0.25にとどまるのは痛いです。

本件の会社も、まさにこの「比準要素数1の会社」でした。普通にしていれば。

総則6項

これまでは「取引相場のない株式」と「特定の評価会社の株式」という個別具体的な財産の評価をご紹介しました。しかしその評価が馴染まない場合として、財産一般に適用される規定もあります。これが相続税界隈では有名な「総則6項」です。

この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。

財産評価基本通達6

金銭的な物差しで測りにくい財産の中には個別性の高いものもあったり、あとは通達に書いてることを逆手にとって通常考えられないような状況を作出する方もいるであろうことから、どうしてもという場合には国税庁長官の指示で評価することが認められています。

本件の概要

時系列順の出来事

  • 平成28年12月31日、前々事業年度終了

  • 平成29年3月8日、臨時株主総会において剰余金の配当を行うことと、事業年度を変更することが決議された。(請求人の主張)
    変更後の事業年度は毎年6月1日から翌年5月31日まで。平成29年1月1日開始事業年度は同年5月31日までで、結果的にこの期が直前事業年度となった。なお、直前事業年度以前4期連続して赤字であった。

  • 同月29日、銀行は税理士法人との連携を視野に入れ、相続税対策として所要の準備を開始した。

  • 同年4月26日までのいずれかの時期、被相続人の容態が悪化した。

  • 同年5月1日、臨時株主総会の決議に基づき1株当たり1,000円の剰余金の配当を行った。

  • 同月12日、税理士法人と銀行は打合せを行い、件の会社の事業年度を変更すればその株式評価額が現状(特定の評価会社の株式としての評価)から10億円程度値下がりすることは明らかで、チャレンジする方向で調整する旨が確認された。

  • 同月17日、被相続人の孫(本件の請求人)は、税理士法人が提案した相続対策を、そのリスク・メリットを十分理解した上で承諾した。

  • 同22日、所轄税務署長に対し、臨時株主総会の決議に基づき事業年度の異動に係る異動届出書を提出した。

  • 平成29年7月、被相続人が死亡した。

【ちょっと細かい話】利益金額や配当金額の具体的な計算方法

類似業種比準価額を計算するには、評価会社の配当金額や利益金額といった要素を用います。もう少し掘り下げて、一体いつのものを用いるのでしょうか。

配当金額は、直前期末以前2年間に行った配当の総額に1/2をかけて計算します。
利益金額は、直前期末以前1年間のものか、同2年間の合計額に1/2をかけるか、いずかを選択することができます。

評価会社の純資産額は恒常的に0以上であった中、直前事業年度(平成29年1月1日から同年5月31日まで)において剰余金の配当を行っているため配当金額も0以上となり、比準要素数1の会社には該当しない。つまり原則通りの、類似業種比準価額を大きく影響させ評価額を計算するための形式的な要件は整いました。

本件の肝、不自然な事業年度の異動

事業年度の異動さえなければ、平成28年12月31日が直前事業年度となるはずでした。その場合、期末以前2年間のうちに配当は行われていないため、配当金額と利益金額の2つの要素が0以下となり、「特定の評価会社の株式」として、類似業種比準価額の影響を強く抑えられた評価によるよりありませんでした。

請求人は、事業年度の異動は3月8日の臨時株主総会で決議されたと主張しましたが、それにしては異動届出書の提出が遅く、審判所もこの主張を受け入れませんでした。税理士法人からの提案を承諾した日の5日後に異動届出書が提出された時系列からしても、事業年度の異動は3月8日には決議されていなかったのでしょう。

審判所は、
「本件各行為は、同日までに本件被相続人の容態が悪化したことを受けて、その後に行われた各臨時株主総会決議に基づき行われたとものと認められる。」
「本件各行為のような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と請求人との間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」
等の理由を挙げ、「本件株式の価額を国税庁長官の指示を受けて評価した価額によるものとすることが、租税法上の一般原則としての平等原則に違反するということはできない」と国税側の処分を認めました。

国税不服審判所は租税に関する国からの一定の処分に不服がある場合に納税者からの審査請求を受け付ける行政機関で、納税者はこの裁決を経なければ租税に関する行政訴訟を提起することができません。なお、裁決を下す国税不服審判所は、事件の元となる納税者への処分を行う税務署や国税庁と同一の主体(行政機関、国)であるため、税務署等が国税不服審判所の裁決を不服として訴えの提起をすることはできません。

処分の取消しの訴えは、当該処分につき法令の規定により審査請求をすることができる場合においても、直ちに提起することを妨げない。ただし、法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがあるときは、この限りでない。

行政事件訴訟法第8条第1項

国税に関する法律に基づく処分(第八十条第三項(行政不服審査法との関係)に規定する処分を除く。以下この節において同じ。)で不服申立てをすることができるものの取消しを求める訴えは、審査請求についての裁決を経た後でなければ、提起することができない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
~(略)~

国税通則法第105条第1項

請求人は、国税不服審判所の裁決を受けたので訴訟を提起する要件は満たしました。司法の場に移っても勝ち目は薄いと思っていますが、どうなることやら。

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