感想『ブラックボックス』伊藤詩織
私は彼女を観た時のことを鮮明に覚えている。
多くのカメラの前で物怖じすることなく自身が性的暴行被害に遭ったことを告白していた。
私はずっと「性犯罪に巻き込まれるのは女性が悪い」という偏見に強く反発していた。だから彼女、伊藤詩織さんを知った時心から応援した。
著書『ブラックボックス』には暴行を受けた時の状況、その後の加害者とのやり取り、何度も言わされる証言、謎の逮捕状取り下げ、政治的圧力、そして会見に至るまで詳細に綴られている。
大勢の男性警察官が見ている前でマネキンを使った事件の再現や何度も襲い掛かるフラッシュバックやPTSDも。
しかし、彼女はプロのジャーナリストだ。
自分の体験を語るのはあくまで今後このようなことを社会から無くすためだ。性犯罪被害者のヘルプセンターが存在せず、産婦人科では予約がないとアフターピルさえもらえない。ようやく見つけた被害者支援NPOに電話すると「とりあえず来てくれないと何も情報を渡せない」
警察に被害届を提出する際、言われた言葉が「よくあることですよ」
酷すぎる現状だ。これが、自分が暮らしている日本の現状だと思うと、私の目の前まで真っ暗になった。
日本では性犯罪は女性の自己責任という風潮から被害者が泣き寝入りしてしまうことも少なくない。
伊藤さんの心も疲弊し何度も折れそうになる。
しかも加害者は仕事の関係者で著名人だ。
伊藤さんはテレビ局で似た人を見るたびに恐怖し、何かの折に入ってくる加害者の名前にさえ胸が苦しくなった。
加害者が政界や警察との強力なパイプがある為、アクションを起こそうとすると目の前で扉を閉じられる。
しかし彼女は言う。
「同じ思いをする人を少しでも減らしたかった。こんな経験は誰にもしてほしくはない。これを「よくある話」で終わらせてはいけない」(本文219ページ14行目より)
だから実名で顔を隠さず記者会見を行う決心をした。
家族から、特に妹から反対の声が上がった。しかし彼女は、大好きな妹も同じ目に遭わせたくない、という思いが何より強かったのだ。
いつか分かってもらえれば、と結ばれていたが、思いは届いただろうか。
届いていることを願わずにいられない。
そして会見に臨んだ。
リクルートスーツを着ろ、と言われたが拒否して、自分らしい、自分でいられる服装で。
作中でふれられてるが、被害者が着る服装なんてないのだ。
どこにいても、どんな服を着ていても被害に遭う。
だから被害者は何も悪くない。
私が伊藤さんを応援しようとしたのは、どんなことがあっても自分を見失わない姿勢だったのだ。
でも、後日私の心は再び沈んだ。
会見を観たネット民から「胸あきすぎ」との声が上がったのだ。
まるで学生時代の生徒指導のように。
服装が乱れてるから痴漢に遭うんだ、と女子生徒のスカート丈をチェックし、胸元のリボンがきちんと結ばれてるか見張っていた男性教師。
彼は本当にそう思っていたのか。仕事と割り切っていたのか。それとも心の奥では笑っていたのだろうか。
今となっては分からない。ただ、(おそらく)いい歳の大人が学生時代に受けた教育に未だ疑問を抱いておらず、当時の大人と同じことをして自分達を『いい大人』と思い込んでることにショックを受けた。
私は伊藤さんを『堂々としてる』と思っていたが間違いだった。
伊藤さんは本当は震えるほど怯えてたのだ。会見後疲弊から固形物が一週間喉を通らなかった程に。
でも、ここで倒れてはいけないと、自らを奮い立たせた。
被害者がバッシングを受けて崩れてはいけないと。それでは社会は今までと何も変わらないから。
伊藤さんの気持ちに涙があふれた。
私自身は刑事事件になるような性的暴行を受けたことはない。
ただ昔から、上の世代・立場の人に「かわいい」と追い回されたり、セクシャルな言動、パワーハラスメント的な言動を受けやすい。
伊藤さんも昔、痴漢被害に遭っていた。
伊藤さんは痴漢も今回の加害者も「人を支配したい、征服したい」欲望があると分析している。ただ、それは彼らにとっては一時的な感情でも被害者にとっては一生の傷になる。
年上や上の立場の人に逆らってはいけない、嫌な事されても愛想笑いするのがマナーだと教えられた。その通りにしていると男性のみならず女性からもイジられたりからかわれたりした。
何年もたった今、色んな出来事が重なりそれが過去から地続きになっていることに気づいた。だから最近になって過去を思い出し苦しむことが増えている。
その事についてはまた後日書くとしよう。
伊藤さんの著書の話だ。
この本は性犯罪者に対する偏見、警察の捜査の冗長さ、頼れる公的機関がない日本の現状を詳細な取材を元に書かれている。更に実体験に基づき、被害に遭ったらこうするように、と具体的な指南も含まれる。
老若男女問わず、ぜひ読んで欲しい。
そして一人一人の意識が変わることで世界は変えていける。
私は著者伊藤詩織さんに敬意を表します。
いつまでもあなたを応援しています。
※『ブラックボックス』というタイトルですが、敢えて明るい太陽の下で咲くひまわりの写真を選びました。
伊藤さんはじめ性犯罪被害者の方々に暖かい光が降り注ぎますように・・・