0005 短時間睡眠の落とし穴――『平気』と思い込む前に知るべき主観の怖さ
前回の記事では、自分の物語を綴る練習として「睡眠」を軸にする方法をおすすめしました。睡眠は客観的なデータと主観的な感覚がセットになっていて、しかも考える要素が少ないため取り組みやすいからです。
ただし、自分の物語を綴るうえで気をつけておきたい点があります。今回は、その“落とし穴”についてお話しします。
自分の物語を綴るとき落とし穴
主観はときどき嘘をつく
まず最初に意識しておきたいのは、「主観はときに嘘をつく」ということです。私たちが普段感じている物事の捉え方は、しばしば自分に都合よく作られています。これをバイアスや先入観、認知のゆがみなどと呼ぶこともあります。
短時間睡眠でも平気だと思い込む例
睡眠に関しては、こんな経験はありませんか？ ほとんど徹夜状態だったのに、朝起きた瞬間は意外と元気だった。そして、「あれ？ 自分は短い睡眠でもいけるんじゃないか」と思ってしまう。
けれども実際には、一時的にストレスホルモンなどのおかげでテンションが上がっているだけで、長続きはしません。いわゆるショートスリーパーは非常にまれで、1％にも満たないと言われています。
睡眠研究の第一人者である柳沢正史氏も以下の記事で、こう語っています。
「睡眠時間が6時間以下でも問題がないという、真正のショートスリーパーもいるにはいますが、それは数百人に1人程度で非常にまれです。自称ショートスリーパーの99％以上はただの寝不足であり、そのことに気づいていない人たちです。
睡眠を削ってでも勉強したほうがいいという一昔前までの考えは、まったく間違っています。先に述べた通り、睡眠不足だと脳のパフォーマンスが落ちるのに加え、睡眠には記憶を整理して長期記憶として定着させる働きがあることが分かっています。また、眠ることで洞察力がつき、それまで見えてこなかった物事のつながりなどが見えてくるという実験結果もあります。眠る時間を削って勉強するのは、科学に反したやり方なのです。
さらに寝すぎという言葉は誤解を招きます。人は必要以上に眠ることはできないようになっているからです。自称ショートスリーパーも、受験生も、1時間でも2時間でも多く眠るほうが、良い結果につながります」
また学生時代など、「寝ないで頑張る自分がかっこいい」と思い込んでしまう人もいます。すると、「かっこいい自分を演出するために睡眠時間を削ろう」という行動に出てしまうかもしれません。
そんな馬鹿なと思うかもしれませんが、主観とはこういうものなんです。自分の目を通した世界の見方であり、人それぞれです。
そんな主観に引きずられると、体が疲弊していてに気づくことが難しくなってしまいます。
ダイエットや運動における「主観の嘘」の具体例
主観が嘘をつくケースは、睡眠以外でも見られます。たとえば、拒食症（神経性食欲不振症）などでは、極端にやせ細っていても「まだ太っている」と思い込んでしまうことがあります。
このようなケースでは心臓が1分間に40回程度しか動いてくれません（成人の平均は60～100回）。これは栄養不足によって、生きるのに必須なエネルギーすら節約しているからです。
客観的な健康指標が栄養不足を示していても、自分では「問題ない」と感じてしまうのです。
運動依存症（オーバートレーニング）も同じような構図です。明らかにけがをしていても、「練習しなければ」と考えてしまい、結果として疲労骨折などの大けがにつながることがあります。周りから見たら「休むべき」と思う状態でも、本人の主観は「続けたい」で一杯になっているのです。
主観だけに頼らない工夫をする
睡眠を軸に物語を綴る場合も、こうした主観の嘘には要注意です。「短い睡眠でもまだ動ける」と思い込んでいるうちに、体が限界を迎えてしまうかもしれません。
だからこそ、主観の感覚（寝覚めのスコアなど）をきちんと数字にして記録し、同時に客観的なデータ（睡眠時間など）も合わせて管理する必要があります。主観と客観を両方セットで見返すことで、自分の思い込みに気づきやすくなるのです。
生物としての「共通の客観」を知る
もうひとつ大切なのは、「人間として必要とされる最低限の睡眠時間」を理解しておくことです。一般的には6～8時間が必要と言われています。
これには個人差があるとはいえ、1時間しか寝なくて大丈夫な人や、逆に20時間眠らないと無理という人はいません。
「そんなの当たり前」と思うかもしれませんが、主観はじわじわと嘘をつきやすいので、改めて生物としての基準を確認しておくことが大事です。
食事や運動を軸にして自分の物語を綴ろうと思っている人も、「客観的な指標」をひとつ持っておくと安心です。多くの人は体重を基準にすることが多いでしょう。
体重が減ると一時的に気分が高揚することがありますが、そのままのめり込むと栄養失調になるリスクが高まります。だからこそ、体重や体型をチェックする際には、客観的な数値の意味をしっかり理解しておくことが大切です。
たとえばBMI（体重［kg］ ÷ 身長［m］ ÷ 身長［m］）がありますが、この数字が18.5未満だと「低体重」とみなされます。
主観的には「体調も悪くないし、むしろ元気！」と思っていても、もしBMIが18.5を下回っていたら、注意した方がいいです。さらにBMIが17を切るようなら、一度お医者さんに相談してみることも考えてみてください。
失敗も次につなげる情報と考える
自分の物語を綴っていると、うまくいかないことが必ず出てきます。記録をとりはじめたばかりの頃は、「思ったより寝覚めがよくない」「たくさん寝たのに疲れが取れない」など、矛盾を感じる場面があるかもしれません。
そのとき、主観が「やっぱり面倒だからやめちゃおう」とささやいてきます。なぜなら人間はエネルギーを無駄にしないように楽する方向に進化しているからです。
ただ、その言葉に従ってしまうのはもったいないです。うまくいかないデータこそ、次の改善につながるヒントになります。
たとえば「寝る前に飲んだお酒が影響していたかも」など、思い当たることがあれば、記録に少し要素を追加して検証してみましょう。
もし「寝酒が原因で睡眠の質が悪くなる」とわかったら、今度は「どれくらいの量なら大丈夫か」「何時までに飲めば平気か」など、新しいアイディアを試してみることができます。このときにもフィードバックが早い睡眠の利点が活かせます。
いきなり完璧を目指さず、「自分にとってベストではなくてもベターな選択」を探ることが、自分の物語を綴るうえでの大切な姿勢です。
軸がぶれないようにする
睡眠を軸にして、客観と主観の記録を続けていると、次第に「食事も関係あるかも」「運動が影響している気がする」など、新しいテーマに興味が広がっていくことがあります。それ自体は自然な流れです。
ただし、いつのまにか軸が「睡眠」から「食事」や「運動」に移ってしまうと、やることが増えすぎてしまうかもしれません。完璧を目指してあれもこれも調整しようとすると、膨大な情報を扱うことになり、途中で「もう全部やめたい」と思ってしまうこともあるでしょう。
そうならないためには、まず「睡眠」という軸を常に意識しつつ、取り組む範囲を少しずつ広げていくのがおすすめです。たとえば「夕食だけ工夫する」といった具合に、小さな一歩から始めると続けやすくなります。
「自分の物語を綴る」は保険みたいなもの
ここまでいろいろ書いてきましたが、常にすべてを細かく記録し、毎日分析する必要はありません。私たちの脳はそもそも、自動で物語（自分なりの世界の見方）を作り出せるように進化してきました。だから基本的には、その自動モードにおまかせでも問題ないのです。
ただし、その物語が自分を苦しめる状況になったときは、「自分で物語を綴る」という選択肢を持っておくと楽になれます。そうした“保険”のようなスキルを身につけるために、まずは睡眠を軸に「小さく試してみる」のが良いというお話なのです。
おわりに
自分の物語を綴る作業は地味ですが、これを続けていくと、気づかないうちに自分を縛っていた思い込みやネガティブなストーリーを見直すきっかけになります。私自身も同じように、現在進行形で自分の物語を綴り続けているところです。
もしこのプロセスの中で、「こうしたら意外とうまくいった！」という新しいアイディアやウルトラC級の発想が浮かんだら、ぜひ誰かに共有してみてください。あなたの物語が、きっと誰かを助ける力になるはずです。
まとめ
主観はときどき嘘をつく
自分に都合のいい解釈をしてしまうので、客観的な数値や基準を併せて見ることが大事。
睡眠を軸にするメリット
比較的パラメーターが少なく、主観と客観を整合させやすい。結果も出やすいので練習向き。
生物としての当たり前を確認する
「人間は6～8時間の睡眠が基本」など、共通の客観を知っておけば、主観が暴走しにくい
失敗は貴重な情報
うまくいかなかった理由を考え、次のアイディアを試す。失敗も継続のヒントになる。
軸をぶらさない
睡眠以外にも関心が広がりやすいが、欲張って同時に全部やろうとすると挫折しやすい。範囲を少しずつ広げる。
自分の物語を綴るのは“保険”
普段は自動筆記モードでもいいけれど、苦しくなったときに自分で書き換えられる準備をしておくと楽になれる。
もしも「自分の物語を綴ってみよう」と思ったとき、睡眠を中心にちょっとずつ記録してみるのはいかがでしょうか。小さな変化に気づけるようになると、少しずつ自分の暮らしや人生のストーリーがクリアになっていきますよ。
おまけ：私が「睡眠を軸に自分の物語を綴る」ようになった理由
最後に、おまけとして、この発想に至るまでの経緯を簡単にご紹介します。
小説を書くことがきっかけ
もともと私は、物語を通して人を癒やしたいと思い、小説の執筆を始めました。癒やしについては以下のエッセイに詳しく書いています。
小説家というと「天才肌」や「ひらめきで寝ずに書き上げる」みたいなイメージがありますよね。私も最初はそんな先入観にとらわれて、気分が乗らない日は書かない方がいいのかも…などと考えてしまいました。
しかしいざ創作を始めてみると、やることは想像以上に多く、継続的に書くことがいちばん重要だと気づきました。
睡眠時間の影響
そこで客観的に「一日の執筆量（文字数）」や「筆の進み具合」をメモするようになりました。すると、睡眠時間によって執筆効率が大きく変わることに気づきます。
「やっぱり寝ないと書けない」――当たり前といえば当たり前ですが、「創作は寝食を忘れて没頭するものだ」と思い込んでいた自分にとっては、大きな発見でした。
それなら「睡眠を軸に日々の行動を考えてみよう」と思い至ったのです。執筆環境から作業時間まで、あらゆることを「まずはしっかり寝ること」を基準に調整してみると、驚くほど作業がスムーズに進むようになりました。
たとえば、朝型の私にとっては「朝起きてすぐに書く」のがいちばん効率が良いことがわかり、いまではこのスタイルを続けています。
ただし、同じ“書く作業”でもブログ記事などは小説ほど頭を使わなくて済むため、多少睡眠時間が短くても対応できたりと、いろいろな発見がありました。
こうした体験を通して、「主観ってこんなにも自分を惑わせるんだな」ということと、「睡眠を軸に物語を綴るのはシンプルで始めやすい」ということに気がつきました。少しでも参考になれば幸いです。
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