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おじさんはスキルが高い

かつて、こんなに心温まる悪役令嬢ものがあっただろうか。
アニメ「悪役令嬢転生おじさん」である。

悪役令嬢、あるいは転生もの。
どちらも「なろう系」と呼ばれる、ライトノベルやアニメですっかり定着した一大ジャンルだ。

「悪役令嬢転生おじさん」は、これらの類を全く見ない、もしくはひがみや蹴落とし合いを良しとしない人間でも楽しめる。

それはなぜか。
悪役令嬢に転生したおじさんこと、主人公・憲三郎(52)のスキルが、良識ある人間の思いやりに溢れた行いだからだ。

食堂では自ら食器を下げ、厨房に「美味しゅうございました」と声をかける。
平民出ながら名門校に入ったヒロインには、親の気持ちになって労りの言葉を投げかける。

作中ではこれらの振る舞いを「エレガントチート」と自称している。
驕りではなく、本人も生粋のオタクなため自身を「転生もの」っぽく表現したかったのだろう。

しかし、社会人生活で身につけたスキルはチートでも何でもなく、人として誇るべき能力だ。

悪役令嬢も転生も無縁そうなおじさんで、そんな人をひとり知っている。
かつて通院先の薬局にいた薬剤師さんだ。

角ばった色黒の顔に眼鏡をかけた人で、一見するとやや強面。
だが、これまで接してきたどの薬剤師さんよりも「傾聴」に長けていた。

「最近はどうですか?」
「まだ息子さんは手がかかる歳だからねえ」
「焦らずゆっくり過ごして」

問いかけに対し私が答えると、真摯に耳を傾け、世間話くらいの気軽さで返答してくれる。
病院の先生の問診を受けるより心がほぐれることもしばしばだった。

ご年配の方が多い病院だから、コミュニケーションを密に取ろうと自ら試みていたのかもしれない。
老若男女問わず、おじさんは来店したどの人にも同じトーンで接していた。

薬を間違って処方された際はおじさんが自宅まで届けに来てくれた。
抑うつの薬がきつくて起き上がれず、電話したときもおじさんが出て、「その薬飲まなくていいですから」と普段通りの飲み方を勧めてくれた。

いつの間にか、薬局でおじさんと他愛もない話をするのがささやかな楽しみになっていた。

ある日薬局に行くと、別のおじさんに呼ばれた。
白髪で、眼鏡をかけていないおじさんだった。

特定の薬剤師さんがいなくなっても、わざわざ尋ねたりしない。

ああ、あのおじさんはきっと、異動してしまったのだろう。

薬剤師の勤務環境は知る由もない。
その後も薬剤師さんは何度か代わり、現在は女性が担当してくれている。

しかしどの人も、あのおじさんほど話したりしない。

おじさんは今も、どこかの薬局で誰かのちょっとした悩みや愚痴を聞いているのだろうか。

未だにあのおじさん以外の薬剤師さんに呼ばれると、もっと話がしたくなる。

その人に限らず、おじさんは総じてスキルが高い。
人としては差異があるものの、社会人としての経験は大いに見習うものがある。

とりわけ、何をもってスキルが高いとみなすのか。

いえるのは、誰もが持っているわけではなく、だけど憲三郎にも薬剤師のおじさんにも、確かにあるものだ。


※ヘッダーはみんなのフォトギャラリーからお借りしました。ありがとうございます。

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おおやまはじめ/手帳と暮らしのライター
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