ブックガイド(163)「アルマジロの手 宇野鴻一郎傑作短編集」

新潮文庫

本年8月に亡くなった宇野鴻一郎さんの初期短編集。芥川賞受賞作家なのだが、私が親の書棚から拝借して読んでいたころには、もうすっかり官能小説の人になっていて、「むちむちぷりん」とか読んでいた。
この短編集は、官能小説ではないが、エロチシズムとか性的な嗜好の歪みなどが、丁寧で読みやすくなおかつ流麗に描かれていて感心した。
特に「蓮根ボーイ」は、少年の目線で描かれていて強烈な印象を残す。大陸からの引き上げ経験のある作者は、少年時代に焼き付けられた記憶をこのような形で描いたのだろうか。
作者の描く、官能と快楽は、きれいごとの正義や理想を信用しない姿勢から来ているのだろう。どのような性的嗜好にも「それもありだな」という気持ちが見える。それが、今読むと凄く現代的だ。同時代性とでも言えようか。
「心中狸」で、下女としてもぐりこんだ狸が惚れぬいた姫君の厠のお世話に陶然として励む様の、なんとエロチックなことか。性の官能は同時に生きる哀しみでもあるのか、といったことを感じさせる。
還暦過ぎた今、あのころ読んだ宇野作品を、あらためて読んでみたいと思った。


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