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子どもファーストの「お昼寝」~脳科学と保育現場の挑戦~
「午睡はどのようにやっていますか?」といった質問を見学に来られた保育関係者からいただくことがあります。
このテーマは、1、2歳児の生活リズムに深く関わるだけでなく、保育の在り方そのものにもつながる大切な課題です。
今回は、私たちが1・2歳の部門を立ち上げ時に経験したことや、現在の取り組みについて書いてみたいと思います。
午睡は誰のため?
私たちの園はもともと幼稚園由来であり、特に1、2歳児の保育に関する知識や経験が圧倒的に不足していました。
そのため、ばっぱんち(1・2歳の部門)の立ち上げ時には、保育園の先輩方に学ばせていただくため、さまざまな園を見学させていただきました。
見学では、子どもたちが穏やかに過ごし、保育者が丁寧に関わる姿勢など、多くの点で感銘を受けました。
一方で、私たちが直面したことのない「午睡」の運用について、考えさせられる場面もありました。
例えば
子どもが静かに横になっている間、保育者が黙々と連絡帳を書いている姿。
午睡の時間中に、子どもが寝ている横でお菓子を食べながら休憩をしている姿。
明らかに寝ていない5歳児が布団の中で寝返りを打ちながら時間が過ぎるのを待っている様子
小声で話していた起きている子が、怒られてしまう場面
保育者が限られた時間で多くの業務をこなす中で工夫されているものでもあり、後発組としてどのような業務を行うのか、あるいは行わないのかを決める際に大変参考になるものでした。
その一方で、寝たくないのに寝ていないければならない様子や、小声で話しているだけで怒られてしまう様子から、「午睡は誰のためにあるのか?」という根本的な問いが、私の中に生まれました。
午睡を再考するきっかけ
私たちが園を立ち上げる際、東京の公立保育園で長年保育に携わってこられたベテラン保育士の方や乳児の専門家の方々に相談し、多くの示唆をいただきました。
その中で、午睡には子どものためだけでなく、大人の都合も反映される一面があることを学びました。
経験豊富な先輩方から、「お昼寝は子どもの休息だけでなく、保育者の業務や休憩時間を確保する役割も果たしている」という率直なお話を伺ったのが、とても印象に残っています。
また、午睡が確保されない場合、保育者が業務を円滑に進められなくなることや、一律の午睡時間が子ども一人ひとりの生活リズムや発達段階に合わないケースがあるという現実的な課題にも気づかされました。これらの課題は、多くの園が日常的に向き合っているものだと感じています。
一方で、私たちは「子どもの個々の発達や生活リズムに目を向けた保育」を大切にしていきたいと考えるようになりました。
このような姿勢は、議論を通じていただいた学びがきっかけとなり、現在のばっぱんちの保育理念の根幹を形作っています。
脳科学が示す夜間睡眠の重要性
保育における午睡を考える上で、川島隆太氏から教えていただいた脳科学的な知見も参考になりました。
夜8時に入眠することで、夜10時から深夜にかけての睡眠時間が、脳の発達にとても大切だとされています。この時間帯には成長ホルモンが活発に分泌され、脳が構造的に成長するプロセスが進むため、夜更かしは脳の発達に大きな影響を及ぼすのです。
そのため、私たちは午睡を「夜間の良質な睡眠をサポートする手段」と捉え、子どもたちが夜にしっかりと眠れる生活リズムを優先する保育を目指しています。
子どもたちのための柔軟な取り組み
こうした考えを踏まえ、私たちの園では次のような取り組みを行っています
1. 個別最適化された午睡対応
午睡が必要な子どもとそうでない子どもを分け、眠くない子には別の過ごし方を提供しています。これにより、子どもの体力や生活リズムに合わせた対応を心がけています。
2. オリジナル健康ノートの活用
夜間睡眠の時間を保護者と共有し、睡眠リズムの改善に役立てています。また、午睡の状況を「確実に寝る」から「体を休める」まで5段階で評価し、保護者との共通理解を深めています。
3. 午睡の環境整備
子どもたちがリラックスして休めるよう、パジャマへの着替えを省き、普段着のまま寝られる工夫をしています。また、寝具はリース品を採用し、保護者の負担軽減と衛生管理の徹底を両立しています。
午睡の個別最適化のデメリット
午睡をこどもファーストにし、個別最適化していくことのメリットは、とても多くあります。一方で、デメリットも存在ます。
それは、人と部屋が多く取られるということです。
部屋の確保
向山こども園の1・2歳部門のばっぱんちでは、午睡の時間を子ども一人ひとりの生活リズムに合わせて最適化するために、環境設計にも工夫を加えています。
その中で重要な要素となったのが、「遊ぶ」「食べる」「寝る」という活動を別々の部屋で行う仕組みです。この設計により、子どもたちは活動ごとに意識を切り替えやすくなり、特に午睡時には静かで落ち着いた空間でゆったりと休むことができるようになりました。部屋を分けた設計は、睡眠に入る準備を整えるだけでなく、眠らない子どもが無理をせず遊べる環境を提供することにも役立っています。
このような設計が可能になった背景には、1・2歳の部門の立ち上げと同時に新園舎の建設ができたことにあります。
今まで試行錯誤してきた保育園から学んだうえで、子どもたちの活動を分けるための十分な部屋数を確保し、それぞれのスペースに適した設計をすることができました。その結果、子どもたちが快適に過ごし、保育者も安心してケアに集中できる環境が整いました。
しかし、この仕組みは既存の園舎では実現が難しい場合もあります。
認可基準ぎりぎりのスペースの中で設計されている園では、午睡やその他の活動ごとに部屋を分けるための物理的なスペースが確保できないことが多いのが現状です。
新園舎だからこそ可能になった取り組みであり、部屋の確保が難しい園では、現実的な制約の中で別の方法を模索する必要があるとおもいます。
人手の確保
午睡の時間中、担当保育者は子どもたちを寝かしつけた後ノンコンタクトタイムに入り、記録やカンファレンスなどを行います。
一方で、他の保育者がSIDS(乳幼児突然死症候群)のチェックや、眠らない子どもたちのケア、さらに起床した子どもへの対応を担当します。このように、午睡中でも複数の保育者がそれぞれの役割を果たす必要があり、結果として保育者の配置に余裕が求められます。
まして、配置基準ぎりぎりの人数では、とてもこのような体制を組めないというのも問題です。
向山では、今はできていますが、人手不足のあおりをもろに受けているので、今後このような体制をどのように維持するのかは、私たちにとっても喫緊の課題です。
子どもファーストの保育を目指して
保育者の業務効率や休憩も必要ですが、保育の中心に据えるべきは子どもたちの健全な発達と成長です。そのため、午睡の在り方を柔軟に見直し、子ども一人ひとりのリズムを大切にする取り組みを進めています。
これからも、「午睡は誰のため?」という問いを忘れず、子どもたちの視点に立った保育を探求していきたいと思います。
ぜひ、制度設計をする方々にこの声が届くことを期待しています。