子どもたちの可能性を広げる保育への模索
子どもたちの可能性を広げる保育への模索
3学期は向山こども園にとって、集大成の時期でもあります。
その中で、やらせる行事ではなく、子どもの意欲や好奇心を引き出しながら、保育の中でどのように具体化していくのか――特に、学びの楽しさを通じて成長を促すにはどうすればよいのかを考えることは、保育者にとって大きなテーマです。
今回は、佐伯先生の講演をもとに、子どもの行動や想いを受け止めつつ、具体的な保育の形を模索する実践について書いてみたいと思います。
佐伯先生のご講演
先日開催された子どもと保育総合研究所の冬季セミナーで、佐伯先生が講演を行いました。その講演では、保育のあり方について「子どもを見る保育ではなく、子どもから見る保育へ」という視点の重要性が語られました。このテーマは、保育の本質に深く関わる内容でした。
子どもを見る保育から、子どもから見る保育へ
佐伯先生は、「子どもを見る保育」では、保育者が子どもを観察し、その行動を評価する立場に立っていますが、「子どもから見る保育」では、子どもの視点に立ち、その目を通して世界を見ることが重要だと述べています。この違いは、能動的な関与ではなく、中動体的な関係性を重視することにあります。
中動体(私のなりの理解)
中動体とは、主体が行為に巻き込まれ、周囲との相互作用の中で自然に進んでいく状態を指します。たとえば、「見る」という行為の場合、能動的に見るというよりも、風景が自然と目に入ってくるような感覚が中動体的な捉え方です。
子どもが何かを見つけて夢中になるとき、その行為は意識して計画的に始めたものではありませんが、気づいたらその遊びに没頭している状態になります。これが中動体の典型的な例なのではないかと私は捉えています。
ドーナッツ論
佐伯先生は「ドーナッツ論」を提唱されており、その成り立ちから詳しくお話されました。
これは、物事を2つの円で表現する考え方です。
中心の「I」はこども、外側の「THEY」は社会全体や文化的な実践を指し、その間にある「YOU」は保育者や保護者など、直接関わる他者を意味します。
つまり、私たちは身近な人との関わりを通じて、社会全体の理解を深めていくということです(まだまだ勉強中なので、ニュアンスが違う部分があったらすみません!)
最近接発達領域の考え方(難解でした)
さらに、講演では「最近接発達領域(ZPD)」の概念が取り上げられました。これは、子どもが一人では達成できないが、大人や友人の助けを借りることで可能となる領域を指します。
日本では、この概念が単に「次にできること」という発達の段階論的な解釈で捉えられがちですが、本来のビゴツキーの思想では、子どもが「まるごとの人間」として世界と関わるプロセスそのものが重要であるとされています。
想定外を楽しむ
佐伯先生はまた、「想定外を楽しむ」保育の実践を強調しました。従来の保育では、子どもが安全に過ごせるよう計画を立て、想定外の事態を排除することが良い保育とされてきました。しかし、こうした考え方は、子どもの自由な発想や偶然の発見を阻害する可能性があると指摘しました。
講演の中で紹介された保育園の事例では、「想定外を楽しもう」という合言葉のもと、子どもの驚きや発見を大切にする実践が行われています。
最後に、佐伯先生は保育における「笑い」の重要性について触れました。
ある短大講師が保育現場で子どもの遊びを観察する中で、思わず笑いをこらえきれなくなったエピソードを紹介しながら、保育者自身が子どもたちと一緒に楽しみ、笑うことの価値を語りました。
子どもたちが自由に遊び、面白がる姿を保育者も楽しむことが、保育の本質であると述べています。
佐伯先生の講演は、子どもの視点に立つことの大切さを改めて考えさせられる内容でした。
保育の現場で日々子どもたちと向き合う私たちにとって、「子どもから見る保育」を実践することで、子どもたちの主体性や成長をより深く理解することができます。
私たちは、以前から、東洋大学の高橋先生のご指導のもと、ナラティブアセスメントという手法で、記録やカンファレンスを進めており、こどもの物語をどのように子ども側の視点で見ていくのかが、改めて大切にされていることを知りました。
この講演を通じて、保育の可能性を再認識する貴重な機会となりました。
子どものやりたいことを引き出すために
佐伯先生のお話を聞いた後、いつも私はどのように受け止めたらいいのか悩んでしまう部分もあります。
こどもたちのありのままを受け止めることは大切なことですが、一方で、放置していれば子どもが育つということはないと私は思っています。
子どもたち一人一人が持つ特性や興味を尊重し、それを引き出すためにはどんな仕掛けや提案が必要なのか。
講演を聞いた後、自由に遊ばせることの重要性を再認識する一方で、「自由」と「放置」をどのように区別すべきか…根源的な問いですが、また問い直してみています。
年長さんのリトルフェスティバル
今日から始まった、年長さんのリトルフェスティバルという発表会のようなものの話し合い。
基本的には子どもたちが自分たちで企画運営をしていくので、当日、解説無しに見ても何のことやらわからないのものになるのですが(笑)、子どもたちにとってはめちゃくちゃ楽しい日になる行事です。
この行事を考えるにあたり、以下の3つのポイントを子どもたちに投げかけました。
1人1人の好きや得意が入っていること
見ている人が楽しいこと
クラスみんなで力を合わせること
これら3つのことはかなえてほしいけれど、何をするか?どうするのか?については、子どもたちの自由な発想を最大限尊重し企画が進んで行きます。
とはいえ、この3つのことを提示することそのものが、保育者が向けたい方向になるので、これ自体が違うと佐伯先生はおっしゃっているのかな??と悩んでしまうのです。
しかし、教育指導要領に定められているように、幼児期に育ってほしい姿を方向目標として、一体的な学校教育のスタートとしての幼保連携型認定こども園なので、やはり、子どもたちの中で育ってほしいことを期待すべきだと私は思っています。
子どもの主体性と枠組みのバランス
枠組みを提供することは、自由な活動を妨げるのではという懸念がありますが、逆にそれが子どもたちの主体性を引き出すきっかけになる場合もあります。
今回は、クラスで大好きな絵本を手がかりにしてみたらどうか?と子どもたちに提案してみました。
物語を作り上げるプロセスは、子どもたちが興味を持ち、自分たちの力を発揮しやすくする手段として効果的だと考えています。
絵本から始めることで、子どもたちは自らの想像力を駆使し、独自のストーリーを創り出すことが期待されます。
このような初めの一歩となる提案や枠組みが、創造的な成長を支える重要な要素だと感じています。
全員が輝ける場を作るために
リトルフェスティバルでは、子どもたちそれぞれの好きや得意を活かしながら、全員が主体的に参加できる環境を目指しています。
これは、全員が舞台上でで演技をするということを意味するのではなく、ナレーションや裏方の役割を選ぶことも可能です(つまり一度もステージに上がらないということもあるのです。そのため、舞台裏にカメラを入れて、保護者の方には子どもたちの頑張りが見えるようにはします。)
また、特定の子どもだけが主役になり、他の子が本来はやりたくないサポート役に回る構図を避けるために、保育者が全体を見守り、全員が主体的に関わる仕掛けを大切にしています。
自由と成長を支える保育の未来
佐伯先生の講演を通じて、子どもの行動や意思を尊重することの大切さを改めて学びました。
その上で、どのように保育の中に具体化していくのか、迷いながらも試行錯誤を重ねる日々です。
リトルフェスティバルのような行事を通じて、子どもたちが自分らしさを発揮し、成長する姿を見ることができるよう、保育の在り方を問い続けたいと思っています。