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無意味、のようなもの 【プレイバック!はじまりの美術館16】

現在、臨時休館中のはじまりの美術館。これを機に、はじまりの美術館のこれまでの展覧会をみなさんと一緒に振り返ってみたいと思います。

はじめて展覧会を見る方も、実際に展覧会を鑑賞された方も、写真やスタッフの四方山話を通して、改めて作品や作者に出会っていただければと思います。当時の裏話?や関わったスタッフの想いなども改めて振り返ってみました。残念ながら今は展覧会を開催できない時期ですが、この6年間の展覧会を改めて見つめ直して、この先の企画を作っていく足場を固める期間にしたいと思っています。

スタッフ紹介

プレイバックはじまりの美術館

無意味、のようなもの

会期:2018年4月14日 - 2018年7月16日
出展作家:今井さつき、けうけげん、酒井美穂子、三瓶沙弥香、田中偉一郎 、平野喜靖、福田尚代、吉田格也

主催:社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館
https://hajimari-ac.com/enjoy/exhibition/muiminoyounamono/

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大政:はい、では、16回目のプレイバック!第14回目の企画展「無意味、のようなもの」について振り返っていきます。今日は特別ゲストとして中野美奈子さんに来ていただきました。

小林:イェーイ(パチパチパチパチ)

大政:中野さんは、普段は木を使った雑貨や商品の制作・販売を行うMINA KIKAKUの活動を行いながら、主に土日にはじまりの美術館のパートスタッフとして勤務しております。

中野 :改めまして、中野です。このプレイバック企画は読んでいましたが、ゲストとして呼ばれるとは思ってもいなかったので非常に光栄です!よろしくお願いします。

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岡部:この展覧会は、小林さんの担当企画でしたけど、この企画が生まれたきっかけは何かあったんですか。

小林:そうですね。きっかけといえるか分からないのですが、出展作家であるやまなみ工房の酒井美穂子さんのことを知ったのが一つのきっかけでしょうか。これまでもやまなみ工房さんから色んな方に出展いただいてましたが、いわゆる「作品を作る」わけではなく、一日中サッポロ一番を握りしめているという酒井さんのことがずっと気になっていました。酒井さんのことをどういった切り口だったら紹介できるかな、なんてことを考えていたときに意味と無意味みたいなことに思い至った気がします。やまなみ工房でも酒井さんの行為をちゃんと作品というか彼女の表現として捉えているっていうお話も伺ってました。そういった一見無意味に見えるような行動とか行為も、全てに意味があるんじゃないかみたいなことを考えて、この企画を構想しました。

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岡部:小林さんから美穂子さんのお話がありましたが、障がいのある方の行為の中には、一見無意味のように見えるものがありますよね。障がいのある方の行為に限らず、自分たちは人の行為に「何の意味があるんだろう」と意味づけして捉えてしまうことがありますが、そういうところも、今回の展示を通していろいろ感じられたんじゃないかなと。

小林:タイトルに「無意味」とついているので、出展打診するときにもちょっと失礼というか、嫌な受け取り方をされる方もいるんじゃないかなと思ったんですけれども。みなさんしっかり企画の意図を理解してくださいましたし、ご参加いただいてありがたかったなと思っております。
タイトルの「のようなもの」っていう言葉は、また「絶望でもなく」展のように映画の話になるんですけれども、森田芳光監督のデビュー作で「の・ようなもの」っていう映画がありまして、その映画のタイトルの響きがずっと気になっていたんです。また、その映画自体も人間のもつ面白さみたいなものを描いた作品で、すごく今回の企画に合っているなと思って引用させていただきました。

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大政:今回の展覧会では、人のもつ面白さを感じる作品がたくさんありました。さっそくですが、中野さんはこの展覧会のある作品をきっかけにワークショップをはじめられましたよね。その辺りのお話からお願いします。

中野:実はですね、私は出展作家の田中偉一郎さんの作品の《板Phone》が本当に衝撃的で、やられたっていうふうに思いました(笑)会期前にこの作品を紹介いただいたときに、「これだ!」と思って、自分のやっている仕事のワークショップとして取り入れさせていただきました。《板Phone》自体は本当に板だけなので、その板にアプリアイコンをイメージした素材を貼り付けるというワークショップを考え出しました。企画担当である小林さんが作品の借り受けに伺ったときに、偉一郎さんの許可をいただいて、やらせていただけるようになりました。

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小林:そうでしたね。偉一郎さんも「《板Phone》は著作権フリーだからどんどんやってください」って感じでしたね。でも面白いことに、このワークショップ自体ははじまりの美術館ではやってないんですよね。中野さんが参加する県内外のイベントでこのワークショップをやってくれて、そこで《板Phone》を知ったおかげでこの展覧会を見に来てくれる方がいましたね。

大政:このワークショップでは、いわゆる普通の携帯電話のように契約という形でワークショップ前にお客さんに名前を書いていただいてるんですよね。今、契約者何人いらっしゃるんですか?

中野:えっとですね、2019年10月の時点でユーザー1000人を超えております。そして、ユーザーは全国各地に散らばっております!

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岡部:これを読んでいただいてる皆さんへ、そもそも《板Phone》ってどんな作品なのかというのがまだお伝えできてませんでしたが、形状はただの板ですよね。かまぼこ板のようなまっさらな板が展示され、その横に設置されたタブレットでは《板Phone》を紹介するCMが流れるという構成の作品です。「充電不要、契約料・通話料0円、近くの人と話せる、落としても壊れない」といった感じで、最新のスマートフォンとして紹介されていて、思わずニヤッとしてしまいましたね。

大政:偉一郎さんは、普段は広告代理店にお勤めということで、そういう経験を存分に生かされた作品ですよね。

小林:そもそも某携帯会社にプレゼン用で作った作品でもあるって伺ってたんですけれど、実際に三太郎が出てくるCMに採用されましたね。偉一郎さんは作品作りに「ノービジョン」を掲げて活動されていて、《板Phone》以外にもさまざまな作品を展示いただきましたね。

中野:公園にいるたくさんの鳩を撮影して、後から一羽一羽に名前をつける《ハト命名》だったり、公園で普通にラジオ体操をやっているところに1人アドリブで体操する《ラジオ体操”アドリブ”》だったりとか、どれも思わず笑ってしまう作品で、やっぱり「やられた」と思いました(笑)

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岡部:会場入ってすぐの展示でしたが、展覧会を巡る気持ちをほぐして、頭を柔らかくしてくれる作品でしたね。美術館入ってまず目につく《こけしロボ》も印象的でした。またちょうどNHKのEテレ「シャキーン」のワンコーナー《ストリートデストロイヤー》も展示しましたが、偉一郎さんにお越しいただいて町内の路地で開催したワークショップ「ストリートメーカー」なんかも思い出深いですね。

小林:あれは面白かったですね。参加者の皆さんもアイデア豊かで、街の見え方が変わりました。

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大政:一番奥の部屋には大きな海苔巻の作品《人間ノリ巻き》を今井さつきさんに出展いただきました。もうこれが大好評で。この展覧会が終わったあとも、「ノリ巻きはどこにあるんですか?」とお客様に何度か聞かれました。今井さんはいつか展示いただきたいなって思っていた方だったので、出展いただけて本当に良かったです。会期中にもはじまりの美術館に何度も来ていただいて、中野さんもすごく仲良くなられましたね。

中野:さつきちゃんとは、さつきちゃんと呼んでますけど(笑)、展覧会が始まってすぐ、海苔の部分がちょっとヨレちゃってうまく巻けないトラブルがありまして、それを私が上手く修正できたからかすごく感謝されたんですね。そこからすごく仲良くなって、私も何度も巻かれました。お客さんがとにかく嬉しそうに巻かれてるのを見るのは本当に楽しかったです。

小林:この作品はテレビの中継でも取り上げられたて大好評でしたね。巻かれるのも楽しいし、巻くのも楽しい、そして巻かれた自分の写真が貼られたお品書きに名前を付けるっていう作品でしたね。

中野:巻かれるのは身を任せるだけだったので楽だったんですけど、巻く側になったときはすごい腰の入れ方とか、1人巻くだけでもなんか体力すごい使いましたね。それを1日に何人も巻いたさつきちゃんは本当にすごいなと思いました。

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小林:ゴールデンウィークなんかは1日50人近く巻いてましたよね。しかも連休だから連日でって思うと、本当すごい体力使ってましたよね。

岡部:ほんとに。なんか美術館の展示作品ではあるんだけど、身構えなくてよいというか。むしろ、自分自身がその作品になって、ものごとの見方を転換させるような作品でした。そして、はじまりの美術館が体験を重視しているっていうところでは、美術館のイメージをなお広げてくれるような、誰でも気軽に体感してもらえる作品だったなと思います。

小林:そういえばお客さんのなかに、ちょっと仕事で難しいことがあってドライブしていたときに、なんだか気になってたまたま来た方がいらっしゃったんです。その日はちょうど今井さんもいらっしゃって巻かれてたんですよね。そしたら本当に考え方の転換というか衝撃を受けたみたいで、お品書きに「感動巻き」って書かかれて、すごく気持ちが楽になったとおっしゃった方がいました。

中野:私も印象に残っているのが、やっぱり男性のお客様で1人で来て入ってくるなり「巻かれに来ました!」って言ってこられた方もいましたね(笑)そういえば、猪苗代で一番最初に巻かれたのは私でした!記念すべき第1号だったのでお品書きを「猪苗代初はじまりの巻き」っていう名前にしました。

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小林:今井さんですが、出展をお願いした当時はちょっと人間ノリ巻きを封印されていた時期で、違う作品を出展したいっていうお話もされたんですよね。でもやっぱりのり巻きは誰でも知ってるものだし、何よりすごく体験としても面白くてわくわくする作品だったので、お願いするような形でこの作品になりました。でも、会期後は今井さんご本人もやってよかったとおっしゃられて安心しました。

大政:今井さんの人間ノリ巻きは会期中に水戸芸術館でのイベント出展が決まり、会期終了後に水戸まで車で運び込みましたね。水戸で夏のアート体験企画として開催されている「こども・こらぼ・らぼ」に参加されて、その後は東京都美術館が会場のTURNフェス4で展示されてこの年はノリ巻き大活躍でしたね。ちなみに、水戸芸術館さんではこの時期にあわせて自宅でも楽しめるコンテンツとして「おうち・こらぼ・らぼ」という企画を実施されております。その中で、今井さんとのコラボとして「『人間ノリ巻き体験』をおうちでやってみよう!」という企画を発信されていて、とてもいいな〜と思いました。

小林:そういう意味では今井さんは今年3月にアーツ千代田3331で開催された 3331 ART FAIR 2020で、来た方のオリジナルマスクを作るような作品を出展されたりとか、そういった社会の動きに対しても反応しながら彼女らしい作品を作り続けてる方だなと思ってます。

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小林:次は食べ物つながりでいくと、やっぱり最初に少しお話した酒井さんでしょうか。酒井さんは、NHKのバリバラなんかでも紹介されていたので、お客さんのなかにも知ってる人は多かったですね。これまで他の場所の展覧会ですと、平面で並べる展示が多かったんですが、はじまりの美術館はスペース的にもそこまでたくさんは並べられない。その辺りも踏まえて、猪苗代の知り合いの業者さんに壁面に棚を付けていただいて、壁一面をサッポロ一番で埋め尽くす展示になりました。すごく圧巻でしたが、展示設営は大変でしたよね。

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中野:そうでしたね。ここに並べてって言われたときには一体どれだけの数になるんだ!?と思いました(笑)まず、やまなみ工房さんが保管するときに貼ってらっしゃる付箋を見ながら、日付の古い順に並べ始めました。並べてるうちに気づいたんですが、時期によって色が違ったりとか具が微妙に変わったりとかパッケージのデザインが変化してたんです。そういうのに気づいたときに「はっ」と思ってなんか、すごく楽しくなってきましたね。あと並べていくときに持った感触がそれぞれ違うのも分かりました。本当にぐしゅぐしゅになってるのとか、あと全然崩れてないものとかがあったり。その日ごとの違いなども知った時に、なんだか美穂子さんの触ってるときの感情とかそういうのも考えるようになってきて、本当に愛おしく思うようになりましたね。最後並べ終わったときに、「終わっちゃった!」ってすごいサッポロ一番ロスなりました。でも、展示終わった後改めて見たら、我ながらよくやったと思いましたね(笑)

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岡部:今回の展示写真は今でも美穂子さんが紹介されるいろんな媒体で使われたりしてますよね。中野さんのお話は設営する人の特権のようなものですけれども、でも絶対触りたくなるだろうなっていうところでは、体験用のサッポロ一番を用意しましたね。本当にただ近所のスーパーで買ってきたサッポロ一番でしたが。何か少しでも美穂子さんの考えてることとか、感じてることにも近づいてもらえたらといった工夫でしたね。

小林:あとは、やまなみ工房の方が作ってくれた映像で、美穂子さんが普段触っている様子も上映しました。やっぱり皆さん、最初はサッポロ一番に驚くんですけど、だんだんその映像を見ていくと美穂子さんの行為というか、触っている様子がすごい気になってくるんですよね。「すごく彼女にとって大事なものなんだね」とか、「夢中になれるものがあってよかったよね」といった感想もあったり。

大政:体験用のサッポロ一番は定期的に交換してたんですけど、少しずつ形が崩れていくこともあれば、もうバッキバキにしてしまう人もいたり様々でしたね。いろんな人たちが触りながら、見ながら五感を通して美穂子さんのことを想像するっていう、そういう時間が作れたのかなと思います。

岡部:ちなみに、割れたラーメンはスタッフで美味しくいただきましたね。(笑)

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小林:あと、ちょうど先日DVDが発売されたということでご寄贈いただきましたが、やまんみ工房が製作した映画「地蔵とリビドー」の上映会も会期中開催しました。当日は施設長の山下さんと監督のPR-y笠谷さんにお越しいただいて、上映後に岡部さんが聞き手でトークショーも開きましたね。

岡部:そうですね。「地蔵とリビドー」には、美穂子さんの他にもやまなみ工房の作家さんたちの制作の様子や、山下さんとの掛け合いをしながら穏やかな表情で過ごされている様子が映されていました。何かこう「アール・ブリュット作品がすごい」とかっていうことではなくて、等身大の作家さんたちが身近に感じられる、ある意味肩の力の抜けた作品だったなと記憶してます。

小林:笠谷さんたちの考え方にもすごく共感しました。「障害者アート」っていうことではなくて、本当にやまなみ工房の方々の作品や表現をリスペクトしているからこそ、いろんなプロジェクトが生まれているんだなということをちゃんと感じれる映画だったし、トークの内容もすごく良かったなと思ってます。
お2人とも見た目はちょっと怖いイメージもありましたけども(笑)実際は物腰がとても柔らかいし、なんていうかすごいコンビというか、次々に格好良いことを作り続けている方々なので目が離せないですね。

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大政:同じように、行為を繰り返されている方といえば、兵庫の吉田格也さんも印象的でした。作品としては3種類でしたが、それぞれちょっとはじまりの美術館っていう場所や空間を意識した展示になったかなと思っています。扇子は吉田さんがご自宅で割り箸や爪楊枝と紙で作った作品ですね。ご自宅では境界を作るように畳の縁などにそってまっすぐに並べられているんですが、その印象を引き継ぐような形で通路に沿って展示するような形をとりました。ペットボトルをお庭の柵に結びつける作品もありましたが、一番奥の部屋の窓ガラス越しに見えるように外に再現という形で並べたり、《天国 階段》という作品は、ものすごい長いロールの作品になってるのでその長さも見せれる展示を考えました。

岡部:もともと滋賀県のNO-MAの展覧会で拝見したこともあり、NO-MA学芸員の横井さんからご紹介いただいた方ですね。《天国 階段》という作品は、格也さんがおばあさんとの別れをきっかけに作りはじめた作品でしたね。おばあさんが亡くなったことを理解するためというか、寂しさを消化するために描かれた作品とお聞きしましたが、格也さんの受け止めを表すように、どんどんそのロールの紙の幅が細くなっていくんですよね。そんな作品の変化や物量とかが少しでも伝わるようにっていう形で展示した記憶があります。

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小林:ペットボトルは同じ飲み物を探して購入しましたね。やはりスタッフで美味しくいただいた後に、格也さんが繰り返しやられているように再現しましたね。実際ご本人がやられている様子は映像でご紹介しました。

大政:2020年2月に開催されたアメニティフォーラムで吉田格也さんがまたご紹介されてたんですけど、展示していた時より結ばれた紐がさらに増えて、もうペットボトルというよりも紐がメインみたいな感じでした(笑)実際に作品をお借りするときにも、部屋の様子とかペットボトルを並べている場所の様子とか見させていただいたんですけど。なんか、ただごとじゃないという感じもしつつ、神聖な雰囲気もありつつ、なんだか不思議な表現だなと。親御さんによっては近所迷惑だからって辞めさせてしまわれる方もいると思うんですけど、それを格也さんのご家族は表現として大切にされてきたんだなという眼差しが伺えました。

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小林:吉田さんと同じ並びの展示場所で展示したのが三瓶沙弥香さんですね。グチャグチャっと書かれたようなドローイング作品とビリビリに破かれた紙の山っていうような感じでした。一見すると「なんだこれは?」って感じるような展示になりましたが、ギャラリートークなんかでエピソードを含めてお話するとじっくり見ていかれる方が多かった作品ですね。

大政:沙弥香さんは《もちゃもちゃ》って呼ばれるシリーズ作品ですね。一見殴り書きのように見えるものなんですけど、実はよく見ると、電気に関心があるので「電気がついた」とか「消えた」とか、あとは好きなスタッフの名前など読み取れるところもあり、想いがたくさん蓄積された作品なんですよね。

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岡部:最近あんまりしてないですけど、一時期いつも紙を折って持ち歩いてたので十字に線がついていたりとか。破れた紙の山は、描き切ると最後はビリビリと破いておしまいみたいなときがあった部分も含め展示しましたね。ある時に紙の見本帳いっぱいに沙弥香さんの想いを書いてみようっていうことになって、その紙いっぱいに描いたときから、自分の描いたものを破るっていうのはあまりしなくなったそうです。ビリビリする行為は好きで、新聞の折り込みチラシなんかを今もビリビリしているそうですが。

小林:その時期に会津短大の学生さんだったと思うんですが、卒業論文で障がいのある方の表現をテーマに取り組もうとしている方がいらっしゃいました。展示を見たなかで沙弥香さんに興味を持たれて、実際に制作しているところも見たいということで、その後にパッソにも見学に行かれました。それがすごく学生さんご本人にとっても良かったし、パッソにとっても良かったなんて話を聞いてます。

大政:そうですね。何か沙弥香さんのご自宅にも遊びに伺ったりしていて、最終的に卒業制作では沙弥香さんの好きな公園をイメージしたマケット(模型)を作ったという話を伺いました。見に行くことができなくてちょっと残念でしたが、おもしろい広がり方をしたなと思います。

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岡部:沙弥香さんの作品とは逆に、しっかりと読めるような文字の作品が大阪にある事業所YELLOWの平野喜靖さんでした。定規も使って規則正しい文字が描かれているのですが、実はその文字自体には意味がないという作品でしたね。

小林:デザインをやっている方々が見に来ても「すごいかっこいい」っていうようなスタイリッシュな作品でした。アルファベットや日本語など、どれも一面にびっしり文字が描かれてましたね。色使いだったりとか文字の埋め方とかがすごく考えられてるように見えました。

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大政:平野さんは日本の新聞や英字新聞をもとに、そこから言葉をピックアップして描くっていうような制作スタイルの方でしたね。会場内で、平野さんが普段見ている新聞も参考として展示してました。

岡部 :その新聞紙にも、色見本のような書き込みがされていて、平野さんの制作の様子が伺えるような展示になってましたね。その書き込まれている文字も、よくよく見ると「24月」とか実際にはないことが書き込まれていたりとか。デザイン的な視点で見てもすごく構成が面白く、目を凝らしてじっくり見ても楽しめる作品だったと記憶しています。

小林:結構決まったフレーズが他の作品にも見られたり、文字の形なのか、組み合わせなのか、なにかその「平野さんが気になるポイント」があって、書かれてるんだなと感じました。

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大政:あと同室の向かいは美術作家の福田尚代さんに展示いただきましたね。ご本人に来ていただいて、設営にも立ち会っていただきました。

岡部:とても繊細な作品を作られる方で、もう手作業の細やかさが印象的でした。名刺の情報を全て糸で縫いとっている作品だったりとか、あとはお薬の錠剤を彫刻している作品だったりとか。

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小林:福田さんはもともと都築響一さんのメルマガでご紹介されているのを拝見して、ずっと気になってました。そもそも読むための本であったりとか、自分の名前や連絡先を伝えるための名刺とか、もともとの持ってる意味みたいなものを、ある意味奪い去って作品として作り変えてるというか。
そういったことが、今回のこの無意味のようなものっていうテーマに合ってるんじゃないかなと思いました。当時面識もなかったんですけれど、思い切って連絡を取ってみたところ承諾いただきました。

岡部:電話帳の作品は目録をみると1989年から2018年が制作年となっていて、出展にあたり新作として出していただきましたね。発表する作品として作っていたというよりは、本当にライフワークみたいな形でやっていたものだったとお伺いしました。

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大政:設営とか滞在制作で来ていただく方は、美術館で一緒に食事を食べることが多いんですけど。「アトリエみたいで懐かしい」と言ってくださった印象が残ってます。福田さんからお知らせいただいて見に行きましたってお客さんもたくさんいらっしゃって、すごく関係性を大事にされてる方なんだろうなと感じたのを覚えています。

中野:お昼を一緒に食べながら福田さんとお話しした時、すごく繊細な方だと思いました。でも、作品を見れば本当に分かるんですけど、なんかすごいパワーがこもってるというか、その錠剤一つにとっても、その削ってる間の気持ちとかがすごい込められてるような気がしていて。小さいものの集まりなんですけど、すごく生命力というか。全然無意味とは程遠いすごい意味をなすようなものに私は感じましたね。

小林:福田さんは日本のアウトサイダーアートを紹介する著名なギャラリーの一つで、先ほど話題に出た「地蔵とリビドー」にも出演されている小出由紀子事務所に所属されています。
福田さんは現代美術作家で、いわゆるアウトサイダーアートではないけれども、小出さんが大事にしたい作家ということでマネジメントなどされているそうです。さっきの中野さんの話を聞いて、何て言うか納得できることだなと思いました。

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小林:同じくアウトサイダーアートギャラリーということで少し無理やりつなげますが、もともと鞆の津ミュージアムのキュレーターだった櫛野展正さんが独立して、今「クシノテラス」というアウトサイダーアートのギャラリーを運営されています。その櫛野さんにご紹介いただいたのが、出展作家のけうけげんさんでした。けうけげんさんは宮城県白石市という、この美術館からもわりと近くに住まれている方で、架空芸人を作り続けている方でした。

大政:切ったチラシの裏面に芸人が描かれている紙がたくさんあって、加えてお笑いトーナメント戦のトーナメント表やご本人が架空芸人を紹介している映像、さらにけうけげんさんが制作している机の上の写真も展示させていただきましたね。
本人の中にはすべての架空芸人のネタの特徴とか、それぞれの出身地とかコンビ結成何年目とか記憶されていて、本当にすごかったですね。

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岡部:芸人のプロフィールをイメージして作っているだけでなくて、その人たちが時の流れとともにけうけげんさんの頭の中でいきいきと活動してるんですよね。コンビを解消してまた別の芸人とコンビを結成したり、トーナメント戦を勝ち抜きあったりとか実際にそういう様子などを語れることに驚きました。

中野:消しゴムで消して人物が修正された跡とかあって、よく見ると最初3人のコンビだったのがなんか喧嘩別れなのか、ストーリーがちゃんとあって1人抜けてしまっただとか。結構書き直されてるのが多くて、1000人以上の架空芸人が頭の中で活動しているって考えたら本当すごいと思いました。

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小林:小学生の頃とか、自分でオリジナルキャラクターを作ってノートに物語を書いているような子って私の同級生にもいたんですが。けうけげんさんはもうなんていうか、それが職人の域ですよね。やっぱりそのお笑いにかける熱というか、そういったものが伝わると、何かちょっとした感動というか。制作している机は、やっぱりここから生まれてるんだという臨場感のようなものが伝わればと思ってました。すべて鉛筆で書いてるので、よく見ると近くにある鉛筆削りとかも真っ黒で、ずっとここで1000人以上の架空芸人を生み出しているっていう積み重ねみたいのを感じました。

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大政:会期中は東北障がい者芸術支援機構さん主催のトークイベントで、講師として櫛野さんに来ていただきましたね。あとこの展覧会記録集の寄稿文の執筆もお願いしました。
トークイベントでは、櫛野さんの支援員時代のお話から、最近のご活動の話までいろいろお話いただいたんですけど、多くの方に参加いただいて、それぞれ皆さんの現場や日々の生活に持ちかえっていただけたんじゃないかなと思います。

小林:櫛野さんの寄稿では、「無駄の中に宝がある」という勝新太郎さんの言葉をタイトルに、この展覧会で伝えたかったことを汲み取っていただきました。

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小林:あと、展覧会デザインは山形のデザイナー・𠮷田勝信さんにお願いしました。𠮷田さんはデジタルじゃなくてアナログな手作業みたいなものをすごく重視されている方で、ある意味分かりやすく見えてこない部分にしっかりこだわりを持っているというか。それが𠮷田さんのデザインの味わいを作っているんじゃないか、そして今回のテーマにも合っているんじゃないかと思いました。ただ当時はですね、𠮷田さんがちょうど海外に行く予定が入っている時期だったりとか、スケジュール的には時間がない中、印象に残るとても良いデザインに仕上げていただきました。

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中野:裏話じゃないですけど、実はそのデザイン第1稿では全然違う空想上の生き物みたいなビジュアルでしたよね。でも2稿目がきたら全然違ったという。そして、よく見るとこれ、ポスターとチラシと懸垂幕と実は少しずつ顔のようなものが違うデザインだったんですよね。三つ点を入れるとどこでも顔になるみたいな、すごい面白いデザインだったなと思います。

大政 :チラシが人気すぎたのか、印刷枚数が少なかったのか、途中で足りなくなって増刷したんですよね。そしたら、𠮷田さんの遊び心で第2刷のデザインはまた違ってきてびっくりしました。

小林:𠮷田さんは今回このテーマを考える中で、人類が道具に装飾を施したのが無意味な行為の起源ではないかといった考えに行き着いたそうです。一番最初の空想上の生き物みたいなのは、大昔の壁画に描かれるるような、そういった何かがモチーフだったみたいです。ただ𠮷田さんの面白いところは、多分ずっと考え続けて頭の中でどんどん変わっていく方なんだなって一緒にやってて思ったんですけれども、毎回出てくるとデザインがガラリと違うっていうのがすごいなって思いました。

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岡部:確か最終のデザインとして顔がついたものは、毛羽毛現(けうけげん)っていう妖怪から来たんでしたよね。

小林:そうなんです。出展作家のけうけげんさんと一緒(笑)たまたまなのか狙ったのかは聞けてないんですけど、回りまわって、そういう流れになったっていうのが何か印象深いですね。また、展覧会の記録写真は、後藤洋平さんに撮影いただきました。記録集を制作する前に、お二人にきていただきました。

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大政:あと常設ワークショップとして、「あなたのこだわりを教えてください」もありましたね。記入用紙にも展覧会のデザインを使わせていただきました。展覧会のテーマが無意味っていうものだったんですけど、参加型の企画を考えたときに、自分に引きつけて考えられてもらえたらということでこのワークショップになりましたね。

小林:なんで「無意味なものを教えてください」にしなかったんでしたっけ。

大政:なんかそれだと、考えづらいんじゃないかなってことで、「こだわり」っていう言葉に置き換えたんだったと思います。すごくたくさんのこだわりが出てきて、なんだか願掛けみたいなものもあれば癖みたいなものだったりいろいろでしたね。

岡部:このワークショップは、障害のある方のこだわり行動みたいなものを自分に引きつけて考えるっていう意味も込めてましたね。わざわざ障害について考えましょうじゃなくて、自分の中にあるこだわりを考える中で気付いてもらえるような機会にもなったんじゃないかなと思います。

大政:お客さんに書いてもらったものをすぐに思い出せないんですけど、美術館スタッフで企画段階で話していたときに、小林さんは「お札を入れるとき顔を下向きに入れる」っていうこだわりで、岡部さんが「私は逆に入れます」って言ってたのを覚えてます(笑)

小林:いろいろ共感するようなものもあれば、へぇ!っていうようなこだわりもあってすごい面白かったですね。

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小林:考えてみると普段の暮らしの中でも、一見無意味じゃないかと思うようなことってあったりしますよね。猪苗代に移住してきて、うちのあたりは農村文化の習慣が残ってますが、一見この行為や行事に意味があるんだろうかなんてことを思ってしまったりもするんです。でも、実は四季折々と、農村の中で大事にしているものだったり、目に見える意味はないように見えるけれども、実はなくてはならないようなものっていうのがあるなと思っています。中野さん、今日はお忙しい中ありがとうございました!

中野:ありがとうございましたー!

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企画展「無意味、のようなもの」記録集は、はじまりの美術館online shopで販売中です!



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