排気口のアタシ冬だっいキライ!!だって意味ないもん!!の巻。
寒い。寒すぎる。急に、突然、あっと言う間に、この世は、世間は、世界は、すっかり冬みたいになった。みたいというか完全に冬になった。
寒さは毒だと思っているので私は冬が好きじゃない。煙草吸ってた時は澄んだ空気の中での喫煙は美味くて最高だったけど、もう煙草を吸ってない身からしたらホントに馬鹿馬鹿しい季節だ。暖房付けすぎると喉痛くなるし、寒さで手がかじかむの怖いし、厚着は肩が凝るし、日が暮れるのが早すぎて鬱になる。クリスマスはもうサンタさんからプレゼント貰えないし、年末年始はみんな浮足立つの感じに焦るし正月特番の1番組の長さにひいてしまう。
本来、テレビっ子でもない私は、感受性の低さも相まってお笑い番組ひいてはお笑いに余り馴染が無く、今年はM-1グランプリ7時間とか聞くと正気か?と思ってしまう。7時間である。7時間もお笑いに接して人はどうなるのだろうか?というか人は7時間も笑い続けられるのだろうか?どう考えても正気じゃない。そも、お笑いが異常さの祝祭だと言っても、7時間という長さは何かの生態実験の様だし、次から次に出てくる笑いのプロによる3分間の芸をひたすら消費していく様は空腹を知らないジャンキーの様である。
「王の帰還スペシャル・エクステンデッドエディション版だって3時間23分なのに?!」
今に至っても依然として貧の身だが(私が貧の身になった理由は散々この排気口noteに書いたので過去のものをチェック)今のみたいに安定した労働をするまでに、派遣バイトの様なもので当座の生活を凌いでいた時があった。時期にして今年の6月~7月辺り。すげえ最近!!
派遣バイトを今までやった事の無かった私は初めてだからこそテキトーに選んでいいのでは?という意味の分からないスタンスで臨んだ結果、気が付いたら知らないおばさんと長野の森でゴミ拾いしていた。その森は曰く地元の人でも中々寄り付かない場所とのこと。
まだ昼間なのに辺りは鬱蒼としている。知らないおばさん(以下、マエゾノさん)と私、清掃装備をして黙々とゴミ拾い。しばらくすると、マエゾノさんが私の近くに寄って来てこう言う。「あんた気が付いてるかい?」「はい?」「・・・見られてるね」「はい?」
どうやら手練れの不法投棄業者が近くにいるらしくマエゾノさんはその気配というか不法投棄業者の発するプレッシャーを感じ取っているらしい。「ワタシはね、不法投棄業者のプレッシャーを感じる専門のプロさ」「その先は?」「その先?つまりはプレッシャーを感じた後のプロの事を言っているのかい?」「はい・・・」「それはアンタだよ、もう少し時間をかけて導きたかったけどしょうがないね」
と、言うが早いが、マエゾノさんは私の身体に手を当てて「今からおばさんのプレッシャーをアンタの身体に流すわよ」と言った。それから森の茂みから見るからに不法投棄業者っぽい人が来て「ったく・・・予定と全然ちがうじゃないか」「ふん、アンタならアタシのワザに合わせられるだろ?」「オレが不法投棄で最強だったのは半世紀も前だぜ」とか意味の分からない会話をしてから「今から君の身体に不法投棄業者のプレッシャーを流すからね」と言い始めると、マエゾノさんが続けて「今、アンタの身体にはおばさんのプレッシャーと不法投棄業者のプレッシャーが混ざりつつある、しっかり持ちこたえてくれよ」「君が俺たちの意思を継ぐんだ、君なら出来る」そして強い風が吹いて2人の声はこう重なった「頼んだぜ、未来の戦士」
そうして私は7時間も知らないおばさんと業者に身体を触れられ続けていたのだ。3日後、この話を夕暮れの喫茶店で君にしたら「二つの塔スペシャル・エクステンデッドエディション版だって3時間23分なのに?!」
そんな君もすっかり元気がなくなってしまった。あんなに大好きだったチョコレートも今はお見舞い棚に積み上げられているばかりだ。「もう今日は帰りなさい」後ろから君のお母さんに声をかけられた。その響きは精一杯元気に振舞おうとして、でも、失敗して、震えていた。「もう少しだけここにいさせて下さい」僕の声も同じだった。病室の窓から見える風景は秋から冬に変わろうとしていた。
夏の終わりまでは君の体調は快方に向かっていた。先生も驚いてたし、君の家族も喜んでいた。僕も。そして君も。残暑の柔らかい日差しに目を細めながら「これでロード・オブ・ザ・リングをまた観れるよ」と笑った君の顔を今でもありありと思い出せる。
僕と君は中学の時に出会って、高校の時に付き合って、それから僕たちはお互い大人になって、そろそろかなって思ってた、それは君がうんって答えてくれたらなんだけど、結婚しようと思っていた。でも、君は体調が悪くなって、最初は疲労かな?とか笑ってたのに、段々その顔色が悪くなって、とうとう入院する事になって、だって1週間とか言ってたじゃん、でも1ヶ月とか過ぎて、気が付いたら半年以上になってて、この冬で1年になる。
そして、君はもう元気になったりしない。まるで別人みたいな君の顔を見つめていると、ホントに不思議な感じがするんだ。君が寝てるベッドの横でいつも色んな君との思い出があるんだけれど、どれも同じように素敵だから、どれを思い出そうかって考えてるうちに時間だけが過ぎちゃうんだ。
だから君が数日振りに目を開けて「ねえ」って声をかけた時も、僕は最初、全然気が付かなかった。「ねえ、なにしてるの?」久しぶりに聞いた君の声はまるで初めて出会った時みたいに澄んでいた。初めて話かけられた中学校の図書館。冬の放課後。
「ねえ、なにしてるの?」君がもう一度聞いて、僕は「君との思い出を考えてたんだ、でも、どれも素敵だから・・・」「素敵だから?」「気が付いたらこんな時間になってた」「いつからいたの?」昼からだよって僕は答えて、すっかり周りが暗い事に気が付く。「7時間も考えてたの?」うんって僕は答える。すると君は笑いながら言う「旅の仲間スペシャル・エクステンデッドエディション版だって3時間28分なのに?!」
「今年のM-1って7時間あるんだって」「そうなんだ」「誰が優勝すると思う?」「令和ロマン」「僕もそう思う」「その手に持ってるのなに?」
僕はその時、手に指輪を持っていた。高校生の時によみうりランドでデートして、その時に売店で買ったやつ。お揃いの。
あ、思い出した。偽物のダイヤモンドみたいなのがついてるやつでしょ。そうだよ。よくそんなのまだ持ってるね。うん。少しだけ君は顔を歪めて、それから、やっぱり笑って言う。「もう捨てちゃいなよ」
何度もそうしたんだけど、でも、僕には不法投棄業者のプレッシャーとおばさんのプレッシャーが混ざってるから。捨ててもまた拾っちゃうんだ。
「私の事は忘れて他の人のこと好きになりな」「うん」「その指輪は私が貰うよ」「うん」「天国で私が火山に捨ててあげる」「うん」「私よりも素敵な人と結婚してね」「・・・」「ね?」「・・・無理だよそれは」
君と初めて出会った時に、図書館で、冬で、放課後に。その時、僕たちは二人とも指輪物語を、ホントにドラマみたいに一緒の背表紙を掴んで、それで笑ったんだ。
君がいなくなって、僕は今年もM-1を観るよ。7時間観るよ。それから年末はロード・オブ・ザ・リングを一気観しようと思うんだ。
3時間23分と3時間23分と3時間28分を足しても足元にも及ばない長い時間を過ごして、いつか天国に行った時、行ける様に出来るだけ頑張るよ、その時は、君が捨てるって約束した、よみランで買った指輪を拾おうと思う。それから、君に会いに行って。
M-1のチャンピオンが誰だったのか教えるよ。