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お稲荷さんと私の話②
神社仏閣が好きでよくお詣りにも行く人ならば、おそらく前回の記事の終わり方に違和感を覚えた事だろうと思う。
そう、コックリさんとお稲荷さんは一切関係が無い。
コックリさんは、西洋のテーブル・ターニングという占いの一種が起源とされる。日本へは明治期にアメリカの船乗りによって輸入された説が有名なようだが、確かな事は分かっていないらしい。
これに日本流のアレンジが加わって、狐の霊を呼び出す降霊術とされるようになった。漢字で書くと『狐狗狸』になる。
お稲荷さん=狐の神様、というのもよくある誤解であるが、かくいう私もそうなのだと思っていた。本来お稲荷さんは五穀豊穣の神であり、時代が下ると共に商売繁盛・家内安全・諸願成就・芸能上達などの神として信仰を集めるようになった。
狐は神様ではなく、お稲荷さんの神使(眷属)である。お稲荷さんのご神徳を人々に届け、人々の願いをお稲荷さんに伝えるメッセンジャーの役目を担っている。
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狐がお稲荷さんのお使いと見られるようになった理由は諸説あるが、全てを上げると長くなるので私が一番好きな説を紹介する。
古くから日本において田の神とは、春に田んぼにやって来て、秋の収穫が終わると山に帰ると考えられていた。狐は春先に山から降りて水田の近くに現れ、農耕にとって害獣となる野ネズミや野ウサギを捕食する。
まるで神様の先導をするようにやって来て、害獣を駆除してくれる姿が農耕神の使いのように見えたので、稲荷神と結び付いたのではないかという事だ。
では何故、お稲荷さん=狐の神様、という誤った俗信が広がってしまったのか。実は全くの間違いでもないからなのだ。
お稲荷さんのルーツは、朝鮮半島からの渡来人である秦氏の一族が信仰していた神だと考えられている。従って、日本の神話である日本書紀や古事記の中には『稲荷大神』という名前の神は登場しない。
時代が下ると共に、もしかしてお稲荷さんは、日本の神話に登場する穀物・食物の神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と同じ神様なのではないか、という風に考えられるようになる。そしてやがて、稲荷神社の主祭神として宇迦之御魂神が祀られるようになって行った。
なお宇迦之御魂神は、伊勢神宮外宮に祀られる豊受大神(とようけのおおかみ)と同体異名の女神とされており、豊受大神を主祭神に祀る稲荷神社もわずかに存在している。
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先ほど狐が田の神の神使となった経緯をお話したが、実を言うと稲荷神社が成立する以前は、益獣である狐を神として祀っていたケースがあった。稲荷信仰が全国に広まると共に、元々は狐を祀っていた塚や社に宇迦之御魂神を勧請したという話だそうだ。
また長くなってしまうので詳細は省くが、稲荷信仰が全国に広まったのには密教との結びつきが大きい。
その外にも修験道を中心とした憑物信仰や、7世紀頃に中国の俗信の影響を受け霊狐信仰が生まれており、古くから狐は霊性の強い生物であると畏敬の念を持たれていた。そういった事情から、狐には神と同等と見なされていたという歴史的な背景があるのだ。
ただし、あくまで稲荷神社の成り立ちにそういった歴史がある、という話であって、総本社たる伏見稲荷大社は『狐は神使であり、稲荷神ではない』と明言している事をご留意頂ければと思う。
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江戸時代に入ると、お稲荷さんは市井で流行り神となる。商売繁盛の神として商人や花柳界の信仰を集め、家内安全の屋敷神としても祀られるようになった。江戸の名物は『伊勢屋、稲荷に犬の糞』と落語のネタにもなっているなど、稲荷や狐が非常に身近な存在だった事が窺える。
これは私の憶測に過ぎないが、テーブル・ターニングがコックリさん→狐の霊へと発展した理由は、日本人にとってそれだけ狐という存在が、霊性のある生き物として身近な存在だったからでは無いかという気がする。
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随分と稲荷についての解説が長くなってしまったので、そろそろ次回の記事からまた話を戻そうと思う。
更新が1年ぶりになってしまったけど、記事自体はだいぶ早くに書いてました。講員と自己紹介した以上デタラメは書けんぞ…っていうプレッシャーで長らく下書きのまま放置していたというね。
今回、稲荷神社の説明についてはこちらの書籍を参考にしました。インターネットには稲荷信仰について正しくない情報が多く見受けられますが、こちらは伏見稲荷大社の宮司さんが監修しておりますので、稲荷信仰にご興味がありましたら是非ご一読下さい。