竹取の翁ならぬ、竹取姫に私はなる。かもしれない
去年の自分へのクリスマスプレゼントはチェーンソーでした。プロ仕様。
思えば遠くまで来たもんだ、じゃないが、随分と思いも寄らないかたちになったものだと思う。
最初は登山から始まった。
東京時代、高尾山ぐらいから始めて奥多摩方面の山をよく縦走して楽しんでいた。なんのきっかけでそうなったのかは、もう忘れてしまった。
仕事の同僚と富士山には一度だけ登った。知り合いのプロ登山ガイドさんと百名山を二つほど登ったりもした。
そんなふうに一時期、自分は登山が人生の大切な一分になるかもしれないと思う程度に接近したが、週末すら休めない生活の中で徐々にそこからは離れてしまった。
それからどれくらいたったかは、よく覚えていないけれど、次にソロキャンプにハマった。
疲れて帰って、コンビニ弁当を食べながらYouTubeを見る。
仕事柄、家に帰ってまでエンタメを見る気になれなくて、何を見ていたかといえばキャンプ動画、という時期があった。
そこからブッシュクラフトに行き着いて、一時期ずっと家で眺めていた。
そしてある連休、突如思い立って奥多摩のキャンプ場に弾丸で泊まりに行ったのだった。
1日2日の休みで、登山とキャンプの両立は難しく、再び山に接近した私だったが、もっぱらやるのはキャンプだった。
ただ、思えばキャンプの最大の目的が最初からすでに次のフェーズを内包していた。
その先にあったのが焚き火だった。
最初のソロキャンプからずっと、焚き火に夢中だった。
フジロックでの調理法は、炭からいつの間にか落ちている木を集めての焚き火に変わっていた。
焚き火をするためにソロキャンプに行く。少ない休みで、魂の擦り減りが回復する瞬間として、私はそれを意識するようになっていた。
移住にあたり、最初は山梨を検討していたのも、山との生活がそばにありそうだったからだ。
……だが、そこからは遥か離れた場所に、結果私は移住することになる。
そこで待っていたのは、敷地内で焚き火ができる環境だった。
そして、とある山林所有者が開拓しているプライベートキャンプ場にも出会った。そこは、最高の空間。一つの完成形。
東京で動画を眺めながら、「いつかは自分の山を持って遊び場にしたい」なんて人並みに夢想していた空間がそこにはあった。
すると。
自分の山を持つ必要性がなくなったように感じる。だって、ここにすべてが揃っているし、たとえ自分の山を開拓しようとしたとて、この場所の劣化コピーになりやしないかと。
なので、わたしの話はここで終わり。
とは、ならなかったのである。
なぜだか、それでも私は、山がほしいと思ったのだった。
じゃあ、何をする?
そこで、にわかに立ち現れたのが、山との向き合いのあり方のようなものだった。
遊び場としての開拓などではなく、単純に山と共に生きるということの意味などについて考えたのだ。
そこで、放置林問題やら、放置竹林問題やら、自伐型林業やらというワードが一気に登場して。それらを一気飲みするようにごくごくと飲み込んでいるうちに、わたしの第四章が始まっていたのである。
で、昨年末、ついにチェーンソーを手に入れたのだった。
ここに至るまで、研修であったり、木こりの方々との出会いがあったりと、この物語は着々と進んでいたのだが、今日はその一環で竹林整備をしてきた。
何度か訪れたところではあったが、自分のチェーンソーで竹をばしばしと伐倒したのはもちろん初めてで。
確実に扉が開いた感じがした。超楽しい。
これが、わたしにとって何になっていくのかはまだわからない。
趣味なのか、意義なのか、仕事なのか。
まあ、どう転がっても楽しそうだからいっか、と思っている。
いくつになっても新しいことは学べるし、飛び込めば新しい世界は瞬時に、かつ無数に広がっていく。
まだ、生きている理由は転がっている。
拾って、拾って、もう少ししぶとく現世にとどまろうと思う。
玄関にチェーンソーとガソリンの携行缶が並んでいる、とある女の話でした。