灰姫本能

灰姫本能

最近の記事

先人が星座を生んだように、あらゆる点を結んでしまえば唯一無二の道が立ち現れる

特筆するようなことが結構あったのだけれど、なんとなく筆を取らずに時間が過ぎてしまった。 ただ、それでいい。ここは何にも強制されず、気ままに文字を吐き出していい場所なのだから。 何か大きな流れが来ている、と感じる。 物語が起動し始めたような感覚。 立て続けにキーパーソンになりそうな人に出会ったり、兼ねてから気になっていたことが向こうからやってきたり。 それによって感じたのは、種は撒き続けるべきなのだなということ。 個々には何の繋がりもなさそうなことでも、必要だと思ったこと

    • 流れるバスの中で近況報告をしながら、人生の最後に思いを馳せる

      気づけば10月が終わろうとしている。 そんな中、私は東京へ向かうバスに揺られている。 今月三回目の上京。頻度高くて笑ってしまう。 こういう生活をしていると「東京に家借りれば?」「東京戻ってくればいいのに」なんて言われたりもする。 けれど、安易に固定費を増やすことが身を滅ぼすのはもう痛いほどわかってるし、東京には本当にもうさらさら戻る気はないから、放っておいてほしいと思う。 東京にはヒトもモノもカネもチャンスもあろう。 だが、そんなことより常に視界に山並みが飛び込んでき

      • 焚き火のような人生の先に残るのはどんな答えだろう

        線香花火は人生に似ている、なんていうけれど。 久しぶりに焚き火をして、こっちの方がより人生じゃないかと思ってしまった。 線香花火は、チリチリと小さな火花を放つところから始まり、徐々に盛り上がって綺麗な花を咲かせた後は、次第に勢いを弱め、またチリチリと消えるか消えないかの火を散らせながら、最後は萎んで黒くなる。 なるほど、それが人生といえばそうなのだろう。 一連の様は、肉体の成長から最盛期を経ての衰えとも取れれば、みずみずしい青春や華やかな絶頂期から晩年へ向かうようでもある

        • 人生何度目かの新人をBack Stageで始めたスクラップ&ビルド系女子とは私のこと

          こんばんは、元経営者の新人低音女子の灰姫本能です。 という口上でやらせていただいております、わたしです。 Back Stageについてはこちらを。 VTuber的な世界観から言うならば、アバターで話す1on1アプリということになるし、利用する側からは、どこからでもスキマ時間でアバターこそ着ているけれど女の子とお話できるアプリと言える。(たぶん男の子もキャストになれるはず、女子と限定していったのは在籍がほぼ女の子だから) 「そんなん今までもあったやん」といえばそれまでなん

          雨の下北沢にsidenerdsを見に行ったらCataに出会った。

          もう二年続くのっぴきならない用件で東京へ。 憂鬱はまだ続くけれど、なんだか終わりも見えてきたので、でっかく構えて乗り切りたいと思う。なに、死にはしない。 ライブハウスへ 夜は前々からチケットを買っていたsidenerdsのライブへ。 下北沢ERAは、元下北っ子の私的には一番馴染みの薄い箱である。多分片手ぐらいしか行ったことがない。 エレベーターのないこのビル、4階まで階段を一直線に登るとホールにたどり着く。(もしかしたら機材搬入用のはあるのかもしれない) 18:45ぐら

          雨の下北沢にsidenerdsを見に行ったらCataに出会った。

          テレビ大陸音頭はさすがに人生二周目なんじゃないかと思ったけど、いいえ本人の才能と努力ですよね

          さすがに記録しておかなきゃと思って。 今日は初台WALLにテレビ大陸音頭を見に行ってきた。初。 WALL自体も多分、初めて。 テレビ大陸音頭は言わずもがな、今とても話題なので詳細は割愛。 私自体もXで流れてきたポストで見てたまげた記憶。 とはいえ、追っていたかと言われたらそうでもなくて。 sidenerdsとCHEMTRAILが見たくて、カレンダーに手当たり次第にスケジュールを入れていたら、たまたまポストが流れてきたんだよね。 ちょーど東京出張で行けそうな日のライブが。

          テレビ大陸音頭はさすがに人生二周目なんじゃないかと思ったけど、いいえ本人の才能と努力ですよね

          今宵の月がどんなだか、わたしには言えたはずなのに

          果たして、わたしは私のための人生を歩んでいるだろうか。 やりたいことだけやって生きるには、やりたいことだけで食う必要がある。 そうは人間、なかなかなれないものだから、洒落臭い横文字でいうならばライスワークというやつをこなさないといけない。 わたしは長いことフリーランス的な人生を歩んできた。 比較的自由に休めるし、好きなときにどこかに行けもした。 やりたい仕事をやっていなかったかといえばそんなこともなかった。 だが、今、思うのは。 これまで通りはもう辞めたいと言うことだ。

          今宵の月がどんなだか、わたしには言えたはずなのに

          小さな小さな君に今夜とても会いたかった

          以前記した、ヤモリのお話。 出会いはマグカップの中。 酔っ払って帰った日、ガラス瓶からマグカップに水を注いだら、その中を泳いでいた、危なく飲み込んでしまうところだったヤモリちゃん。 次に出会ったのはガラスの中。 と言っても、壺型の照明用のおしゃれガラスの中で、底まで入ってしまった君は這い上がれなくて困ってたね。 今思うと、マグカップのときも、ガラス瓶の中に入ってしまっていたのかな。 好奇心旺盛な子。 でも、時に好奇心は身を滅ぼす。 どうか、事故らない程度に過ごしてほし

          小さな小さな君に今夜とても会いたかった

          燃え尽きられなかった残り滓が錆び続けて空っぽになった先には何かあるのだろうか

          旧暦8/4 9:47 私は今、受信したがっているのだなとふと思う。 自分を顧みるときによく思うのは、私は情熱的で明確な目的に向かっていつも進んでいるような人間だった。 ……ように見えるだけで、その実、そうではなかったのではということ。 私は、自分の設定したロールに徹するのが上手だったり、自分で敷いたレールの上を全力疾走することに長けていただけなのではないか。 小さい頃はそれが部活だったり、中学に上がる頃には音楽を志したことであったり。 ベンチマーク、モデルにしていた人も

          燃え尽きられなかった残り滓が錆び続けて空っぽになった先には何かあるのだろうか

          私は最近、眼の前で起きていることを深夜の映画のように眺めながら生きている

          一体どんな面して何を書けばよいのだろうか、という日々がしばらく前から続いている。 ここは、今の私の主戦場からすればプライベートな空間で、まだ誰にも開かれていない路地裏で、たまに迷い込んでくる人がいるけれど、便所の落書きに過ぎない場所だ。 だからこそ、ある程度自由に物が言えるのだけれど、それでも。 様々なことに区切りが付き始め、終わりに向かって走り始めている今日このごろ。 たくさんの人を巻き込んだからこその、たくさんの感情を眺めながら、冒頭の一節が頭の中で繰り返し再生される

          私は最近、眼の前で起きていることを深夜の映画のように眺めながら生きている

          満月に願いを聞かれても、わたしには何も答えられない

          今夜は満月。 旧暦を意識して生きてみたいと、去年ぐらいからぼんやり思っていた。 旧暦とは、太陰太陽暦のこと。 現在の太陽暦より前はこの暦が使われていた。 月の満ち欠けを基準にした太陰暦が使われていたと認識してたんだけど、違ったみたい。 それだと、太陽の一年の動きと比べたときに約11日短くなってしまうから、三年に一度閏月を入れて調整するようにしたのが、この太陰太陽暦。 つまり、旧暦は太陽を基準にした季節とは、ズレが大きく生じてしまう。 だから、明治から太陽暦、いわゆるグレ

          満月に願いを聞かれても、わたしには何も答えられない

          誕生日、嘘がつけない私の歌を聴いて、あなたは何かに気づいただろうか

          ここ数日を振り返るだけでも随分と長くなるのだけれど。 そうはせずにさらっと記す。 とある自治体の夏祭りに会場主の友人枠で参加して。 15時から24時まで飲む。明日ぼこぼこになるぐらい虫に刺される。 そして、この人はきっと私の人生に強い影響を与える賢者枠だと思っている方と話し込んで、啓示を受けたような心持ちになる。 移住者の交流会で素敵な出会いをいくつかする。 わたしにとって空気を吸うように吸収した知識がとても特殊で感心されるという不思議な体験をする。 あと、前日のせいでさ

          誕生日、嘘がつけない私の歌を聴いて、あなたは何かに気づいただろうか

          いつか「あの夏の流星群」という叙情的な響きと共に私が語るのはJAF車両の輝き

          「流星群が来るってよ」 という情報をXで得たのは今日の昼すぎだったか。 昨夜しこたま飲んだせいで脱水状態の頭でぼんやり眺めていたタイムラインにそんなポストがあったような気がする。 こういうのはだいたい、タイミングを逸しがち。 でもでも今晩だっていうじゃない。 東京にいる頃、流星群のニュースを見るたび「ふらっと見に行ってみたい」とか思いつつ、結局行動に移せずに歯がゆい思いをしていたのだけれど。 今は車があって、暗がりだらけで、すぐそこに山もあるという流星群を見るにはうってつ

          いつか「あの夏の流星群」という叙情的な響きと共に私が語るのはJAF車両の輝き

          神は突然現れる

          どうしたって説明のできない事象というのもは存在する。 私は家に帰って、いつものマグカップに水を注いで水を飲むというありふれた行動をしただけだったんだ。 でもね。 その中かに、爬虫類の子供がいたんだ。 マグカップの水の上に、浮いていた、泳いでいたんだ。 私は爬虫類に明るくないから、彼がトカゲなのかヤモリなのか、それ以外のなのかなのかはわからない。 でも、とりあえず飲み込まなかったことに安堵する。 それを慌てて、外のコンクリートの上に流す。 水の上では泳ぐように動いてい

          神は突然現れる

          私は魔法使い

          人生を見てもらってきた。 誰にでもわかる言い方をするなら、占いをしてもらった。 人の反応を計る言葉はたくさんあるけれど「占い」もその一つだろう。 身体を乗り出して興味を示す人、胡散臭いと顔をしかめる人。 あなたはどちらですか。 後者の人は、もうこれ以上、話を聞きたくないだろうけれど、一応私のスタンスを説明しておきます。 そもそもオカルトや怪談は大好きで、スピリチュアルにも理解があります。 ただなんでもよいわけではなく、怪しいものは思いっきり切るし、そもそも大体がその部類

          私は魔法使い

          三日月の 夜川に移りし 対岸の 神輿の光と 花火の瞬き

          すっかり平常運転。 喉元過ぎれば熱さ忘れる、は母の口癖だったけれど、土曜の夜に朦朧としていたのが嘘のよう。 夕飯のおかずの買い出しから戻って、Xを眺めていたら。 近くで七夕まつりがあるという。 ……ちょっと地元のライブハウスをフォローしてみた途端、地元の人のポストが流れてくるんだからXのサジェストほんとエグいよなとも。 すぐにお風呂に入って、出かける準備をする。こういうときの行動力は相変わらず鉄砲玉。 何が特別見たかったわけではないのだけれど、旧暦行事にあわよくば参加し

          三日月の 夜川に移りし 対岸の 神輿の光と 花火の瞬き