ノンストップ お酒はいいよね篇
地下鉄
大須観音から伏見で乗り換え、新栄を目指す。
駅のホームにあった、ソイジョイの自販機。
芋味で、少しだけ小腹を誤魔化す。
電車を待ちつつ、これまでの菅野さんとの
ライブステージを思い返している。
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彼と初めて出会ったのは四日市。
「人魚奇譚」
「アジサイ」
「白い花」など
名曲の数々は、演奏前の寸劇を含めて
世界観をありありと眼前に現した。
それらがとても印象深く、虜となる。
ライブで対バンする面々も
とても美しい音楽をする人が多かった。
おこめとみずき、ターキン(DEFROCK)さん、
山下凡情さん…他にも沢山。
特に親和性が高かったのは
ムラタトモヒロさん。
菅野さんは"先輩"としてリスペクトしており
過去には一緒にツアーもしていたようだ。
ツアーの手拭いに彼の名前がある。
菅野さんがムラタさんの「お酒はいいよね」を
ライブでカバーしていたことで、
私はムラタさんを知ることになる。
ただ正直な話をすると、菅野さんと
対バンするまで、この曲しか知らなかった。
ステージでいっぺんに多数の楽曲を
聴き知ることになるが、あまりの「凄み」に
頭を撃ち抜かれたような衝撃があった。
ステージ上で羽ばたく歌声とギター。
"魅了"という言葉がよく似合う。
生々しい歌詞は、セクシーすぎて赤面するが
切れ味のいい刃物で血の滴る肉を切るような
しかし、本能のまま、あるべき姿に思わせる。
ありありと歌の本質を見せつけられる演奏。
彼の真髄は、想像の遥か上にあり
誤魔化しのない音楽だった。
菅野さんが敬愛して止まないのも
なんとなしに納得する。
ムラタトモヒロさんは
ライブ以来、ずっと聞き続けている
演者の1人となっている。
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19:20
HUNNY-BUNNY
無事到着。
地下への階段を下る前、
改めてライブのタイトルを見る。
「勧酒夜曲」
はた、と気が付き、思いつまる。
そうか…
開演10分前。
すでにたくさんのお客さん。
受付を済ませ、カウンターの奥の席へ座る。
2つ席を挟んでkazさんがいらっしゃる。
挨拶を交わす。すると
「そこ、見える?」
と、気遣い下さった。
ステージには本日初めの演者さん
石黒文野さんがスタンバイを始めている。
たしかに、今座っている席からは
レコードのプレーヤー卓とか
機材があって演者さんの手元まで見えない。
「ありがとうございます。
今はここで大丈夫ですー」
目に見えるものが少ない分
音に集中できる。
今日、初めて観る、石黒文野さんと駒音さん
どんな音楽をするだろう。
ひとまずハートランドを頼む。
菅野さんがグラス片手に来てくださる
「はぐぱぱさん~、ありがとう~」
「昨日ぶり~、乾杯ー」
笑って乾杯をする。
バーカウンターにはあやこさんが
テキパキと客の注文の酒を作っている。
あやこさんは「いとまとあやこ」名義でも
音楽をしているミュージシャン。
「いとま」さんのほうは昨日
「藤山拓バンド」でキーボードを担当してた
伊藤誠さん。
雰囲気バンドでも活動している。
ワッペリンでも活動している。
たぶん他でも活動している。
あやこさんは、と言うと
最近では「ゴミンゾク」というユニットでも
活動している。海洋ゴミから
楽器を作成して音楽を奏でている。
メディアで見かけることも増えた。
バーで働く姿はとても実直に映る。
鑪ら場の、実貴子さんたちもそうだけど
ステージとはまた別の角度の愛おしさがある。
人間くさいと言うか…、なんだろうな。
きらびやかさや気負いを纏わない
明け透けな「その人らしさ」と言えばいいか。
うまく言えないけれど。
飾らない親しみやすさがある。
そんな人間らしさがある人に、魅力を感じる。
どんな人でも、それはあるのかもしれない。
ただ、自分が気づかないだけで。
準備ができたようだ。
ステージの幕が上がる
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滋賀県から来ました。と告げて
演奏が始まる。
石黒文野
「砂漠でお茶を」
「ドライバー」
「ハックルベリー」ほか
繊細なギターの旋律に、丁寧な歌詞が伝わる。
優しい音に皆、聞き耳をたてる。
情感豊かに、歌が響く。
昨日の髄聴とはまた違う聴き方。感じ方。
鼓膜の微細な変化で聴く体験が愉しい。
伸びやかな歌がそれを伝えてくれる。
演奏途中に2人ほど
見知った顔が会場へ駆けつける
にゃンさん、そして藤山拓さんである。
彼らは来るかな、とは思っていたけれど
本当に来ちゃったの見た時は
「思っていることは同じなんだろうな」
などと感じ、おかしくて笑ってしまった。
美しい演奏が続く。
あとで乾杯しよう。
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お酒が空いたので
ジャックをロックでお願いする。
アイスピックで氷を砕く。
グラスに盛る。
ウィスキーを注ぐ。
ステイする。
手早く出てくるロック
「氷がでっかくてごめんなさい」
と、あやこさん
「大丈夫ですよー。どうもありがとう」
ロックのお酒は、時間が経るごとに
濃さが変わるから好きだ。
芳香と濃度を楽しむ、序盤。
次第に氷が溶けだして、口当たりの優しい
飲み口に変わっていく。
繊細な口当たりも大切にしたいから
願わくはグラスもガラスであってほしい。
時間が酒を美味しくしていく。
音楽があれば、とてもありがたい。
逆もまた然り。
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休憩、転換をはさみ、2番手。
新潟から来ました。と告げて
演奏が始まる。
駒音
「誰かの太陽」
「狂ってる」
「拝啓、君へ」
En.「ドライブしよう」ほか
お酒がだいぶ進んでいた様子。
とても嬉しそうに演奏する。
曲間のMCで
今日対バンする石黒さんとは
先日も対バンした。と話す。
そのステージで、石黒さんのこと
大好きと言っていたら
あとで怒られたらしい。
今回も話を進めていると
「良くないよ!」
と石黒さんの声。
会場が笑いと和やかな空気に包まれる。
曲の中に聴き馴染みの歌詞がある気がした。
あとから知るが、リスペクトしている人に
近しい曲作りをしていると聞く。
歌詞も意図して寄せている。
なるほど、しかし巧みなものだ。
駒音さんの見る視野から歌われる歌詞には
駒音さんの音楽が、確かにある。
彼の感じた想いが、歌に表れていく。
アンコールが沸いたことに
若干、驚きを隠せない様子だった。
それならば、と。
ステージを楽しみ尽くしていた。
嬉しそうに、お酒を飲んで、
嬉しそうに、歌う姿が良く似合う。
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次は、菅野さんの出番。
ふと思い立ち、私は席を離れる。
お店の出入口近くで、立ち見することにした。
酒を片手に、ステージを望む。
座して演奏する彼の、正面に位置する。
腰かけて観覧するお客さんを挟むが
とても良く見える位置だ。
北海道へ旅立つ前の、名古屋での
ひとくぎりの舞台である。
菅野創一朗
「少女の夢」
「漏れる」
「群青かもめ」
「ひかり」
「白い花」
「極楽鳥」ほか
音楽活動を完全にやめるわけじゃない
けれども、彼に会いに行くためには
大阪ほど気軽に行き来できる
そんな距離ではなくなる。
目標があり、生活も新たになる。
彼にとっては大きな転機だろう。
その「門出」に立ち会えたことの幸せ。
菅野さんのライブを見たかった客席の
誰もがそれを噛みしめている。
演目も後半。
大きなサプライズがある。
菅野さんによって
あるリベンジが果たされる。
発端は、京都のライブハウスの出来事。
ことの経緯は私の過去のnoteに残されていた。
京都 LIVE HOUSE DEWEY
2022年6月25日(土)
「不思議な夜のこと」
山下凡情
菅野創一朗
藤山拓
(アンコールにて)
藤山拓は祖母からの手紙なるものを取り出し
即興で、ギターを奏で始める。
藤山さんの即興演奏は、冗談なくいつも熱い。
「ある魚屋の1日」
彼の好きに描ける世界、好きに歌える世界。
ステージから溢れる魚屋の世界。
「これを歌詞に…」
手紙を眺める眼鏡の奥があやしく光り
「あと二人にも、やってもらいましょう」
突然のご指名。
客の期待と反比例したような
演者二人の小さな悲鳴が聞こえた気がする。
「つぎは、菅野創一朗!」
ステージに立つ菅野さん。
「藤山拓のライブで最も恐れていたことが…」かぶりをふって。ギターをつま弾く。
歌の調子は、明朗な光景に乗っていく。
初めて見る歌詞を歌い上げる。
明るい店の魚屋だ。思わず唸る。
相変わらず盛り上げるのが巧い。
「最後は山下凡情!」
ステージに立つ山下さん。
「ほんまどうしたらええんや…」
困惑の表情で。ギターをつま弾く。
歌の調子は、魚屋の店主の心象をなぞる。
気だるい日常。
自分へのご褒美。
ちいさな失敗。
包み込むような柔らかな音楽。
人それぞれの音色に違った魚屋がいた。
「流石だなァ」と、感嘆する。
藤山さんは自分の出番が終わると
めちゃくちゃ楽しそうに
ステージ奥のドラムセットに座し
指先でリズムを刻んでいた。
演者は戦々恐々だったかもしれないが
それもまた「不思議な夜のこと」
音楽の波乗りは終幕を迎える。
(「不思議な夜のこと」より抜粋。一部改訂)
菅野さんがDEWEYでの経緯を
簡単に説明し始めた時は
「(ここで!あのリベンジが…!)」
と、内心ニヤつきが止まらなかった。
これを知っていたのは、会場でも、
ほんの一握りだったろう。
ひょっとしたら菅野さん、藤山さん
それに私の、3人だけだったかもしれない。
積年のナントカである。
ステージに呼ばれる藤山さん。
そして完全に巻き込まれ事故の駒音さん。
何が起きるか分からない2人は
神妙な面持ちで、菅野さんの脇に立つ。
菅野さんの要望は
「アジサイ」を一緒に歌うことであった。
初見の手紙とかじゃないんだな
優しいなぁ、菅野さんは。
…いいや。ちがうな。
そうじゃないな。
容赦なくやり込めてしまわぬように
楽しみ羽ばたいて跡を濁さぬように
彼の
彼らしい
彼のための
これさ復讐には違いない。
菅野さんが伴奏をする
藤山さんが歌い出す
「いいね!」
菅野さんは合いの手をいれる。
駒音さんも歌詞を手に歌う
菅野さんは、藤山さんと同じように
緩めにサポートをしていく。
「アジサイ」は、男と女のディープな夜の歌。
はじめて聴いた時は、
赤面して顔を手でおおうくらい
ステージでの寸劇がスケベに思えた。
しかし、今となっては
懐かしさと寂しさが入り混じる。
演奏後、藤山さんは
「歌詞が読めないよ!
創ちゃんの歌、漢字むつかしい!」
してやられたと言った顔。
それでも楽しげだ。
駒音さんもステージに駆り出され
災難だったなぁ。しかし嬉しそうではある。
盛大な拍手が送られる。
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「アジサイ」「極楽鳥」と
2曲のアンコールが終わり、
3度目のアンコールの拍手。
ムラタトモヒロさんの「赤い靴」の
イントロがつま弾かれている。
「どうしようかなぁ
何か聴きたい曲…いや、やっぱり」
3度目のアンコールは
彼の故郷の歌で締め括られた。
「鱗雲」
人を慈しむような
再会を心待ちにするような
福島の澄んだ風と空を映しだす歌。
自然の豊かな土地で暮らし生きていきたい
彼の願いのままあるよう、前途を祝いたい。
いつかまた。それまで、どうかお元気で。
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改めてライブのタイトルを思い返していた。
「勧酒夜曲」
勧酒(かんしゅ)は、漢詩の授業で習う詩。
気付いた人は一体どれだけいただろうか?
そう…たしか于武陵(う ぶりょう)の詩。
訳したのは井伏鱒二だったはずだ。
実に、菅野さんらしい言葉選び。
理由は、詩の中にある。ここに記そう。
「勧酒」
勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離
君に勧む 金屈巵
(きみにすすむ きんくつし)
満酌 辞するを須いず
(まんしゃく じするをもちいず)
花発けば 風雨多し
(はなひらけば ふううおおし)
人生 別離足る
(じんせい べつりたる)
訳の内容は、こうである。
「 コノ サカズキヲ 受ケテクレ
(この杯を受けてくれ)
ドウゾ ナミナミト ツガシテオクレ
(どうぞなみなみと注がしておくれ)
ハナニ アラシノ タトヘモアルゾ
(花に嵐の喩えもあるぞ)
サヨナラ ダケガ 人生ダ
(さよならだけが人生だ) 」
実に、菅野さんらしい言葉選び。
さよならだけが、人生だ。
しみじみと思う。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
鱗雲を歌いきる。菅野さんは
「終わりーッ!!」
と、いつも藤山さんが言う締め言葉で
舞台は幕となる。
尾崎紀世彦のレコード
「また逢う日まで」が大音量でかかる。
選曲の店主鯱さんは、どこまでも男前である。
1番だけみんなで大合唱。
「飲みましょう!」
めちゃくちゃ盛り上がる。
お酒を飲もう。
乾杯しよう。
ノンストップに夜が続いていく。
今夜は終らない。
夜が終らない。
…本当に終わらなかった。
つづく