「不満の冬」から「ストライキの夏」へ――イギリス労働運動近況(1)
2022年6月、イギリスの鉄道労組(RMT)がストライキに入った。直接的な要因は臨時労働者の大量解雇が通告されたことにあったが、問題はそれだけでなく、賃金の減少にもかかわらずコロナ禍と戦争によって電気やガスなどのエネルギー価格が高騰したこと、さらにその遠因でもある公共サービスの民営化に対する広範な不満が背景にあった。最近の労働運動の高揚という話題では、アメリカの事例に関心が集まりやすいが、その陰に隠れてやや捉えにくいイギリスの最新の動向を追ってみたい。
1)ストライキの推移
6月21日に1回目、23日に2回目、そして25日に3回目のストライキを実施したRMTは、雇用主であるNetwork Railが交渉のテーブルにつかない限り、さらにストライキをくり返す構えを見せた。ここに郵便局や病院、大学教員の労働組合がそれぞれ連帯を表明し、ストライキ支援の波が公共セクターを中心に広がっていった。
参考1:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220728/k10013739211000.html
参考2:https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000258758.html
参考3:https://www.theguardian.com/uk-news/2022/jun/25/train-services-cut-as-rmt-rail-strike-enters-third-day
ストライキに対する大衆的支持が生まれた直接のきっかけは、RMTの書記長であるミック・リンチ(Mick Lynch)のメディア対応だったといえる。SkyNewsなどのメディアは、当初からストライキに対する苛烈な攻撃を展開していた。公共サービスの提供を放棄するのは無責任だ、全労働者がコロナで苦しんでいるのに自分たちだけズルイじゃないか、病院に行けなくて死んでしまう人がいるかもしれない、等々。リンチはこうした攻撃にいちいち取り合うことはぜず、ストライキの目的と機能を強調し続けた。ニュースに映し出された彼の素朴で実直な態度は、あっという間にSNSで拡散されて誰もが知るところとなり、ストライキへの支持が盛り上がって行ったのである。
ストライキの当初は否定的な世論が勢いを保っていた。しかし、徐々に賛成が上回るようになり、6月末にはすでに圧倒的な支持が動かない状況になっていた。世論調査会社であるYouGovとIpsosの調査によれば、ストライキ直後は世論がほぼ真っ二つに割れていたことがわかる。ただし、より詳しく見ると、賛成と反対を分けたのはジェンダーでも支持政党でも宗教・宗派でもなく、年齢であったことがわかる。どちらの調査でも、50歳あたりを境目にして、年齢が低いほどストライキへの支持率が高く、年齢が高いほど逆に反対の率が高くなった。ミック・リンチの姿は、特に若者に支持されていたのだ。
参考1:https://yougov.co.uk/topics/transport/survey-results/daily/2022/06/21/0319f/1
参考2:https://www.ipsos.com/en-uk/public-divided-over-support-rail-strikes#:~:text=35%25%20support%20and%2035%25%20oppose,likely%20to%20support%20than%20oppose
2)「不満の冬」
イギリスの公共労働者たちには苦い過去がある。2度目のオイルショックが経済を直撃していた1978年から1979年の冬、同じく公共セクターで数週間に及ぶストライキが行われた。「不満の冬(Winter of Discontent)」とも呼ばれたこの出来事は、収集車が来ないため集積場に積み上がった大量のごみ袋が放つ悪臭によって象徴された。当時の与党であった労働党は、たび重なるストライキの責任をめぐる保守党の執拗な攻撃に対抗できず、著しく支持率を落としていった。そして、1979年の総選挙で保守党に政権を譲り渡すことになった。その保守党政権を率いたのがマーガレット・サッチャーだった。
参考:長谷川貴彦『イギリス現代史』(岩波書店、2017年)、113~121頁
サッチャーは労働組合の力を削減するため、その大きな基盤だった公共セクターを民営化するとともに、労働市場の規制緩和に着手した。サッチャー政権が用意した数々の反組合法は、1980年代半ばの炭鉱ストライキで威力を発揮し、労働者側を全面敗北に追い込んだ。これ以降、ストライキ件数も労働組合の組織率も大きく減少していった。英国鉄道は1994年から97年にかけて分割民営化された。1997年におよそ20年ぶりに政権に返り咲いた労働党のトニー・ブレアが標榜した「第3の道」も、こうした民営化路線を継続した。
参考:田端博邦『グローバリゼーションと労働世界の変容』(旬報社、2007年)、85~110頁
今回のストライキにおいても、メディアはこの時の記憶を視聴者にくり返し喚起させようとした。公共労働者がストライキをするとロクなことにはならない、公共労働者は民間労働者の立場を悪くする敵なのだ、一部の労働者が消費者の権利を不当に侵害している、などと思わせるためにである。こうした公務員バッシングは、公共セクターの民営化を強力に後押しするものだった。日本でもスト権ストが失敗に終わった1975年以降、「親方日の丸」や「お役所仕事」などの言葉とともに世論を席巻した。非正規で働く職員が増えた現在でも、公務員の待遇や勤務態度について抑圧的な態度が一般化している。
3)熱いストライキの夏
ミック・リンチはそうした攻撃にいちいち取り合わなかった。ピケット(ストライキの最中に働こうとする人を職場の入口で止める見張り)を背にして朝のニュースに映し出された彼の姿は、素朴なだけでなく、メディアの巧妙な誘導尋問に屈しないしたたかさを見せた。これが他の労働組合にとって大きな励みと手本になったのは確かである。数々の番組出演や取材を通して、リンチは労働組合の可能性に人々が期待を寄せていく大きなうねりを作り出していった。問題は公共セクターに限ったものではなくなっていった。
参考:https://www.theleftberlin.com/who-is-mick-lynch/
ストライキの真っ最中に行われた集会でリンチは、コロナ禍で富裕層がさらに豊かになる一方で、ますます多くの労働者が貧困に陥っていると語り、「私たち労働者はこれ以上貧しいままでいることを拒否する(We refuse to be poor any more)」と叫んだ。そして、民営化と非正規化、そしてコロナによって最も影響を受けてきた黒人や移民などマイノリティーの労働者のためにこそ、すべての労働者が団結し、闘わなければならないと訴えた。
RMTは当初から、世論を喚起することに力を注いでいた。Twitterでは上述の世論調査の推移を掲載し、ストライキへの支持が徐々に上回っていく様子を逐一公表した。ストライキは他の公共セクターの労働組合にも拡大し、さらに「もうたくさんだ(Enough is enough)」というスローガンを掲げた巨大なキャンペーンへと発展していった。前労働党党首のレジェミー・コービンもピケットに加わり、連日のように労働者と言葉を交わした。10月1日には複数の労働組合が連携したストライキとデモンストレーションが予定されている。
4)公共サービスの民営化問題
冒頭でも触れたように、今回のストライキが広範な支持を獲得した背景には、食糧価格や水道光熱費の高騰によって多くの人が生活を維持できなくなっていることがある。それに加えて、特に鉄道の場合、コロナ禍で発覚した補助金の不正受給をめぐるスキャンダルが、ハイパーインフレの構造的背景に人々の関心を集めていく役割を果たしていた。
鉄道各社はコロナで利用者が減り、経営が立ち行かなくなったとして、政府に雇用と設備維持のための公的資金を要請した。政府は各社に経営を任せつつも、実質的に雇用を肩代わりする形になった。しかし、この半国営状態にあって、ある地方鉄道会社が補助金を水増しして請求したうえ賃金にも還元していなかったことが発覚したのだ。しかも、そのような不正受給がコロナ以前からもくり返し行われていたことが明らかになった。同様の不正は関連する他の鉄道会社でも行われていた可能性が指摘されている。つまり、経営の効率化とコスト削減という触れ込みで進んだ鉄道の民営化は、運賃の高騰やサービスの低下を招いただけでなく、政府と経営層が結託して公金や使用料を金融市場に横流しするシステムでしかなかったことが広く認識されていったのである。
参考1:https://tribunemag.co.uk/2022/04/rail-privatisation-fraud-transport-renationalisation
参考2:https://www.theguardian.com/commentisfree/2022/jun/22/the-guardian-view-on-privatisation-the-god-that-failed
イギリスでは、すでに民営化されている鉄道、郵便、電力、住宅、消防に加えて、水道や国民保険サービス(NHS)の民営化も議論されている。しかし、一部の自治体で実施された水道の民営化事業は、水道管が破裂して洪水になっても汚水まみれで長時間ほったらかしにされるという事態を招き、住民の不満を募らせた。大学を始めとした教育機関の学費高騰も、貧富の格差をさらに拡大させることにつながっている。現在の光熱費の高騰も、民営化によって最低限の生活さえ市場の動向に左右されるようになったことの表現でしかない。
今回のストライキは、経営難と設備の近代化を理由に予告されている解雇の撤回と、価格高騰に見合った賃上げという、一見すると慎ましい要求を掲げたものである。しかし、そこに連帯を表明している人々は、もっと大きな変化を求めている。ストライキを取り巻く動向から目が離せない。
(内容随時補足)