日本で働く非正規滞在者の素顔

鈴木江里子『日本で働く非正規滞在者』(明石書店、2009)

《3》男性の非正規滞在者28人の聞き取り調査。

〈313~389〉彼らは「もの言えぬ不自由な労働者」ではない。

・入職経路
 通常の雇用回路ではなくエスニック・コミュニティのもつ回路を通しての場合が多い。また、エスニック・コミュニティは失職した同胞に仕事を紹介したり臨時の住居を提供したりといった相互扶助的な機能も担っている。寄せ場やブローカーを利用した者もいるが、あくまで同国人の友人の紹介をへて。
 一方、自国で日本人と接触する場合を除けば、日本での就労を続けていくうちに社長などから誘われたり工場に飛びこみで就労したり、起業して会社経営者になったり、同国人のネットワークへの依存が弱くなる傾向がある。
 また、フィリピン人は女性中心であり、日本人男性との結婚が就労を支えている場合が多い。韓国人は在日コリアンのネットワークを利用する場合がほとんど。

・労働条件
 来日当初は低賃金(時給350円の例も)だが、より高い給料の仕事に転職を重ねることで徐々に上昇してゆく傾向にある。また、経営者の側にとっても、生活費や住居費、遊興費などに加え、そもそも非正規滞在者を雇うことのリスクを考えると、彼らは必ずしも「安価な労働力」ではない。
 一方、非正規滞在者は総じて長時間労働による収入増を求めるため、日本人の同僚が定時で帰宅後に2~3時間程度の残業をする場合が多い。1987年労基法改定による週休2日・週40時間の義務化と企業による人材確保のための待遇改善努力で日本人労働者の労働時間短縮が進んだが、これは非正規滞在者も含めた外国人労働者の存在によって支えられていた可能性が高い。
 勤め先の多くが重層的下請け構造の下部を構成する中小企業なので、仕事量が不安定で、特に非正規滞在者の雇用は不安定になりがち。「人間関係のトラブル」(パワハラ)や摘発の恐れ・経営合理化を理由にした退職勧奨などで離職する場合が多い。しかし、日本での将来的なキャリアアップのための転職や人間関係を重視した長期勤続をすることもあり、出稼ぎから定住へ目的が変化しつつある。

・職場
 来日当初は就労可能な職場に入るが、滞在が長期化することで、限られた範囲ではあるが、給料だけでなく自分のライフスタイルや好みに合った職種へと移動することが多い。「職業選択のない受動的な労働者」ではない。
 多くは従業員30人程度の零細工場か下請け現場。日本人がやりたがらない3K労働がほとんど。経営者は「向こうの人はある程度金になれば、どんな仕事でもやる」という発想。そのため、悪条件が改善されず労働災害に遭いやすい。しかし、非正規滞在者は立場上、労基法の保護下にあるのに労災隠しされることが多い。賃金未払いや給料・待遇面の差別もある。変わる見込みのない悪待遇を仕方ないと受け止める者が多いが、その分認められようと努力して待遇改善を勝ち取る者もいる。

・誇り
 来日当初は一時的な就労として3K労働でも我慢していたとしても、続けていくうちに技術を身につけ、仕事にやりがいや自信をもつようになる者が多い。そのため、転職先では信頼され重要な仕事を任されることもある。結果として、非正規滞在者は現場の熟練を次世代に伝える役割を担った。こうした熟練への自信は、一方で、待遇面の差別や社会的評価の欠如に対する異議申し立ての面もあるだろう。

・雇主との関係
 経営者とパターナリズム的な親子関係を築く非正規滞在者が多く、感謝の言葉を口にする場合がある。雇主からすれば「面倒をみてやっている」という態度の面もあるが、異国で不安定な立場で働く者からすると有難いことに変わりはない。
 労働災害などのアクシデントによってこの関係は破綻する。労災隠しに始まり、さまざまな差別やパワハラへとつながってゆく。

「筆者は、少なくとも長期にわたり日本で就労している非正規滞在者に関しては、労使としての利害対立を超えた、雇用主との人間的な関係が形成されることもあり、必ずしも「搾取」の対象ではないと考える。しかしながら一方で、労災などのトラブルが発生した場合には、良好な関係が壊れることもありうることが、聞き取り調査においても観察された。」(388~389頁)

→結局のところ、非正規滞在者は厳しい状況をなんとか切りぬけただけで、労使対立の現実などの社会構造を変容させるには至っていない。多くの場合は個人の努力や機転の他、エスニック・ネットワークの助けを借りている。

《4》非正規滞在者とは国家の国境管理の結果として生み出された存在である。しかし、実質的な取り締まりは恣意的で、それは確実に非正規滞在者の生活に影響を与えている。

〈420~470〉1989年改定入管法で違法になって以降も、日系人や研修生の選択肢があるにもかかわらず、非正規滞在者の雇用を続けた経営者はいた。地域住民も彼らの存在を温かく見守っていた。当初は低賃金だった非正規滞在者は好待遇を求めて転職を重ねる。日本語能力や技術を身につけることで、景気後退期になっても失業のリスクを減らしたり再就職の可能性を高めたりする。労災申告を要求したり訴訟を起こして権利主張する者も増える。職務質問をかわすため、子どもができたからなどの理由で積極的に外国人登録をする者もいた。彼らは労働者として住民として承認され、日本社会に溶け込んでいたのだ。しかし、2001年のテロ事件以降、取り締まりの強化に伴って、低賃金でも安全な職場に転職したり仕事での権利主張を控えたり、非正規滞在者の行動は消極的な方向へ変化してゆく。加えて、研修生や技能実習生、日系人など新たな正規の在留資格による外国人の増加も彼らを「もの言えぬ不自由な労働者」に近づけてゆく。

〈471~478〉非正規滞在者のメリットとは長期滞在によって培われたもの全てである。彼らは「不法」という不利な立場ゆえに、技術の熟達、言語能力の向上、日本社会との関係維持などに積極的に取り組んできた。そうした努力は、必要な労働力として新たに招かれた「正規」の外国人労働者に取り換えることで、なかったことにされてしまうのだろうか。

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