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伊坂幸太郎『マリアビートル』感想

元殺し屋の木村雄一は、幼い息子を遊び半分でデパートの屋上から突き落とし、意識不明の重体にした中学生・王子慧に復讐するため、東京駅にて彼が乗った盛岡行き東北新幹線はやて」に乗る。ところが王子は木村が自分を殺そうとしていることはおろか、元殺し屋という過去も知っており、木村をスタンガンで気絶させる。自信家の王子は大人を翻弄することが好きで、今回も遊び半分で木村を誘い出したとし、自分の知り合いが密かに木村の息子の命を狙っていると教え、彼をコントロール下に置く。

腕の立つ殺し屋のコンビである蜜柑と檸檬は、裏社会の大物・峰岸良夫の依頼を受けて誘拐された彼の息子を救出し、支払われた身代金の回収を行った。それらを盛岡に運ぶため新幹線に乗るが、身代金の入ったトランクを紛失してしまう。さらに2人が目を離した隙に峰岸の息子も殺されていた。途中の各駅には任務確認のために峰岸の部下も配置されており、このままでは峰岸に粛清されるため、2人は慌てる。

ツキのない殺し屋である七尾は、仲介屋で仕事のパートナーである真莉亜より、「簡単な仕事」として東京駅から新幹線に乗り、トランクを奪って上野駅で降りる仕事を受ける。いざ上野で降りようとすると、偶然にも因縁ある殺し屋・狼と鉢合わせしてしまう。狼が邪魔をして上野で降りられず、その彼とは車内で揉み合いとなって殺してしまう。狼の死体を隠し、次の大宮で降りようとするが再び不運が訪れ、降車に失敗する。

それぞれ3組の殺し屋たちは自分たちの危機を脱するため、王子は大人たちを翻弄するため、身動きの取れない新幹線内で行動を起こす。

Wikipediaより引用

主に3組の視点で物語が進んでいく本作は
同著者作品『グラスホッパー』の続編だが、ストーリーが独立しているため前作を読んでいない方でも楽しめる作品だ。

長編でありながら、間延びすることなくあっという間に読み終えてしまった。
おだやかで子守唄を聞いているような小説も好きだが、
ページをめくる手が止まらない、展開が気になって眠れない小説も好きだ。
本作は後者。
仕組まれた会話の意味や気づきが沢山あるので、是非読み返すことをお勧めする。

伊坂さんの作品はいくつか読んでいるので、視点が切り替わる描写や登場人物の多さにも自然と頭の中で整理がつくようになっている。

特徴的なのは閉鎖的な新幹線が舞台になっていること。
回り道などできない空間で起こる不穏な出来事は、細部まで作りこまれている。
閉鎖的だから困る事、閉鎖的だからできること。
窮地に追い込まれると頭の回転が速くなる主人公七尾が巧みに場を乗り越えていく様と、
普段のあまりの運の悪さの対比が面白かった。

作中には個性豊かなキャラクター達が登場する。
面白いコードネームと背景のおかげで頭の中にスッと登場人物が入ってくる。

本作で印象に残っているのが、中学生である王子慧。
残酷な思考を持ち合わせており、30年ほど前に日本で起きたとある事件を彷彿とさせる。
中学生という若さでありながら冷酷に人間を判断する思考と、若さゆえの視野の狭さが恐ろしかった。
成熟した大人の恐ろしさとは違う、ある種の怖いもの知らずの言動には考えさせられるものがあった。

「人はなぜ殺してはいけないのか」
彼の問いはあるドラマを思い出させる。
「そう質問すれば、大人がちゃんと答えられないと知っていたのね彼は」
そのドラマの登場人物はこう答える。

個人的に、王子慧はちゃんとした答えなどほしくなかったように思う。
彼は好奇心、その質問をする事で大人が慌てて上手く言葉が出ない様を嘲笑いたかったのではないか。適当にそれっぽく語るのを見て、なんだ大人ってそんなもんかって。
結局は自分の「人より賢い」という武器を認める材料を探していたという幼さを感じた。彼もまた、彼自身が馬鹿にしていたような中学生の一人だった。

一度は考えたことがある人が多いこの質問に、本作ではどのような回答をした人物がいたか。是非自分の目で確かめてほしい。
物語終盤で対峙した中学生と老人。
彼が"おそらく"どうなったのか。
私は本著者が彼のような存在に出した答えに共感した。

殺し屋が出てくる世界線のため、穏やかではない描写もある。
そんな中でもクスっと笑えるような登場人物のやり取りや、
理屈では説明できない運のめぐり合わせ。

結末は、これからくる蒸し暑い季節の前のひとときの爽やかさだったように思う。

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