伊坂幸太郎『マリアビートル』感想
主に3組の視点で物語が進んでいく本作は
同著者作品『グラスホッパー』の続編だが、ストーリーが独立しているため前作を読んでいない方でも楽しめる作品だ。
長編でありながら、間延びすることなくあっという間に読み終えてしまった。
おだやかで子守唄を聞いているような小説も好きだが、
ページをめくる手が止まらない、展開が気になって眠れない小説も好きだ。
本作は後者。
仕組まれた会話の意味や気づきが沢山あるので、是非読み返すことをお勧めする。
伊坂さんの作品はいくつか読んでいるので、視点が切り替わる描写や登場人物の多さにも自然と頭の中で整理がつくようになっている。
特徴的なのは閉鎖的な新幹線が舞台になっていること。
回り道などできない空間で起こる不穏な出来事は、細部まで作りこまれている。
閉鎖的だから困る事、閉鎖的だからできること。
窮地に追い込まれると頭の回転が速くなる主人公七尾が巧みに場を乗り越えていく様と、
普段のあまりの運の悪さの対比が面白かった。
作中には個性豊かなキャラクター達が登場する。
面白いコードネームと背景のおかげで頭の中にスッと登場人物が入ってくる。
本作で印象に残っているのが、中学生である王子慧。
残酷な思考を持ち合わせており、30年ほど前に日本で起きたとある事件を彷彿とさせる。
中学生という若さでありながら冷酷に人間を判断する思考と、若さゆえの視野の狭さが恐ろしかった。
成熟した大人の恐ろしさとは違う、ある種の怖いもの知らずの言動には考えさせられるものがあった。
「人はなぜ殺してはいけないのか」
彼の問いはあるドラマを思い出させる。
「そう質問すれば、大人がちゃんと答えられないと知っていたのね彼は」
そのドラマの登場人物はこう答える。
個人的に、王子慧はちゃんとした答えなどほしくなかったように思う。
彼は好奇心、その質問をする事で大人が慌てて上手く言葉が出ない様を嘲笑いたかったのではないか。適当にそれっぽく語るのを見て、なんだ大人ってそんなもんかって。
結局は自分の「人より賢い」という武器を認める材料を探していたという幼さを感じた。彼もまた、彼自身が馬鹿にしていたような中学生の一人だった。
一度は考えたことがある人が多いこの質問に、本作ではどのような回答をした人物がいたか。是非自分の目で確かめてほしい。
物語終盤で対峙した中学生と老人。
彼が"おそらく"どうなったのか。
私は本著者が彼のような存在に出した答えに共感した。
殺し屋が出てくる世界線のため、穏やかではない描写もある。
そんな中でもクスっと笑えるような登場人物のやり取りや、
理屈では説明できない運のめぐり合わせ。
結末は、これからくる蒸し暑い季節の前のひとときの爽やかさだったように思う。