材木を扱うモンは、絶対に木に惚れ込んだらあかん
「材木を扱うモンは、絶対に木に惚れ込んだらあかん」
売りモノである材木に惚れ込んで売り惜しみをしてはいけないし、時流に合った適正な木の価値を常に冷静に判断しなればいけない。だから、材木屋は決して木に惚れてはいけない、と。
「惚れてもいいのはええ女だけですわ、ガハハハハ」
数年前にお会いした、ある材木問屋の社長の言葉は今もしっかりと記憶に残っています。
木材業は在庫商売の色が非常に強い業界です。
大きな問屋や市場を覗けば、広大な倉庫には総額いくらになろうか想像もつかないほどに粗材や製品が高く積まれています。
なかには三十年モノの四面化粧・無節、木目がビシッと詰まった立派な横架材なんてものもある。
生産リードタイムの長い木材加工業においては、ボトルネックである乾燥工程を終えた半製品をどれだけ多種大量に持っているかが供給スピードの鍵になります。
発注を受けてから、製材に適した丸太を探し、丸太を挽き、養生、乾燥機にかけ、仕上げ、完成。それでは恐ろしく時間がかかってしまいます。
納期まで三ヶ月待ってください、ではなかなか通用しない。お客さんはそんなに待ってくれません。
生産リードタイムの長い産業が納期水準を上げるためには、製品在庫を下流にもつ必要がありますが、最終製品の規格が無数にある木材製品は、在庫を持ちにくい傾向があります。
木材流通において在庫をストックする機能を果たしているのが問屋や市場です。日本における木材の流通構造は、大工・工務店から川上にさかのぼると、徐々に受注生産から自主生産へと形態が変化します。
自主生産方式は原材料である丸太を購入するため、常に在庫管理を行いながら市場動向にあわせて必要とされる木材を加工しなければなりません。
また、仕掛り在庫の資金負担や市場動向の把握のために正確にエンドユーザーの希望をまとめてくれる機能が必要です。
ストック機能だけではなく、情報交換や与信管理、資金供給の場としても製品市場や製品問屋は機能しています。
木材産業において在庫は不可避であり、戦後の住宅難により急拡大した木材需要と供給を満足させつつ、流通過程における受注生産方式と自主生産方式の混在を機能させるように多段階な流通構造が形成されたようです。
中間流通業者を飛ばせばもっと木材業界ってよくなるんじゃないの?とついつい考えがちですが、常に多種大量に在庫を持ち、全国のネットワークを駆使して難しい注文にも応えることのできる問屋や市場はやはり強い。
「あの会社に頼めば必ずなんとかしてくれる」
売り手にも買い手にもそう認識される流通業者は、顧客から信頼されるだけではなく、ネットワークもどんどん広がっていくのでしょう。
産地とユーザーの双方が満足する流通を進めるためには、産地と商品の状況、品質に対する豊富な情報と分析がなければ成り立たないのですから。
冒頭の「木に惚れ込んではいけない」という話もそうだけれど、大切なのは木材流通構造の中で適切に木の価値を届けるということ。
それが丸太一本、木一本の価値を高くすることにつながるのだと感じています。
林業従事者数は50年で90%減少した。丸太の価格はすっかり下がり調子。小さな製材工場は潰れ、大型製材工場はこれでもかと膨れ上がっていく。バイオマス発電工場が全国で乱立する。新築住宅の市場縮小は決まりきった未来だ。
いまや「木一本、首一つ」なんて時代ではないし、かつてのように材木屋が高額納税者ランキングに名を連ねることはありません。
現在の木材流通構造には、確かな役割と機能があります。
市場も問屋も、商社も製材業者も、それぞれの立ち位置で価値を出しているからこそ存在しています。
市場の縮小によって事業体数の減少は避けることはできないにしろ、それらが無くなることはないでしょう。
その一方で、売り先がなければ、在庫は在庫のままでしかありません。届ける先がなければ、使う空間がなければ、在庫自体に価値はありません。
「こんな立派な材、今の日本中で何処を探しても見つからんですわ」
ある日ある場所、ある材木屋のおっちゃんが自慢気に見せてくださった材はとんでもなく美しくて立派だった。それを見ながら白飯が二杯は食べられそうなぐらい。
けれど、その材はいつ、誰が、いくらで買ってくれるんですか?という質問にはきっと答えることはできないでしょう。
決して冗談ではなくて、おっちゃんが死ぬまで売れないのかもしれません。
林業には百年先の森づくりを考えながら今を生きるようなロマンがたっぷりと詰まっているし、それを真摯に目指すロマンチックなひとたちがぼくは大好きだ。だけど、しっかりとソロバンは握りしめていなければいけない。
明日ばかりを見て、今日が食えないようじゃだめだ。一方で、明確な明日を描かなければ、今日は食えない。
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