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ママさんバレーボールに素足で参加する青年②

 ウォームアップが終わると中野さんの後に続いて用具室に入った。用具室の床はむきだしのコンクリートでひんやり冷たく、埃っぽかった。汗で湿った素足の爪先に埃がまとわりつく。

 僕はその素足の爪先で、ふくよかな30代のママさんである中野さんの新品のシューズの踵に触れてみた。硬い。じりじりと後ずさりする中野さん。そのとき、中指に鋭い痛みが走った。彼女の履いたシューズの踵に僕の素足の爪が引っ掛かり、持っていかれそうになったのだ。このままでは剥がれてしまう。「あっ、」っと中野さんに声をかけようとした矢先、今度は中野さんのむちむちした脚に履かれたシューズに、素足の爪先を踏まれてしまった!かなりの重量と圧力がかけられ、それが靴底の滑り止めによる痛みを増幅させた。足指の骨と関節が砕かれそうだ。しかし、僕は素足を痛めながらも、中野さんの白いハイソックスを履いたふくらはぎと黒いサポーターを当てた膝から上に、白いやわらかそうな素肌がショートパンツまでのぞいているのに釘付けになった。僕は童貞なので、今まで女性の肌に直接触れたことはなかった。ああ、できることならこの白い腿に、汚れた素足の指先を擦り付けてみたい。そんなことを思って悦に入っていると、中野さんが僕の足を踏んでいることに気づいて言った。

「あ、ごめんなさい!私ったら、そんなところに○○さんの足があったなんて気づかなかった…痛かったですよね?」

 中野さんはしゃがんで、赤くなった僕の素足の爪先を指でなぞった。

「このへん、赤くなってますね。私の靴跡がくっきりと付いてしまいました。本当に、申し訳ありません」

 中野さんは今にも泣きそうな声で謝った。それを聞いたまわりのママさんたちが「なんかあったの?」「どうしたの?」と集まってきて騒然とした。

「私が○○さんの足を踏んでしまって…裸足なのに…」

 すると目がつり上がった、きつそうな狐顔をしているキャプテンの年配女性が、

「ふん!あなたさあ、男なんだから足踏まれたくらいで女の子に謝らせるな!だいたいバレーボール来るのに裸足って、どうなのさ。持ってなければシューズくらい買ってでも来るのが常識ってもんよ」

「そうそう、私もまさか裸足で参加するとは思わなかったよお。バレーボールはシューズを履いてするスポーツだよ」

 副キャプテンの美由紀さんもあきれたように僕に言う。美由紀さんだけは僕を責めないと思っていただけに、僕は心がずんと痛み、悲しくなった。

「裸足なんだから、私たちのシューズで踏まれたって自業自得じゃん。大体空手やってるから裸足が慣れてるとかしらないけど、みんながシューズとソックス履いている中、一人だけ裸足で恥ずかしくないの?」

「バレーボールは裸足厳禁だよ。普通の体育館だったら、裸足では入ることすらできないね」

 おそろいのユニフォームを着て、シューズとサポーター、ハイソックスを履いて武装したママさんたちに厳しい口調で責め立てられ、貧相な芋ジャージに素足で立たされている30歳の僕は涙目になった。自分がどうしようもなく惨めで、頭の悪い人間に思えてきた。

「裸足って…」

「ありえない」

 20代の若いママさんたちもひそひそ話している。僕は彼女たちの視線から逃れようと、重いポールに手をかけ、運ぼうとした。

「無理無理、やめときな。一人じゃ無理よ。大体あなた、裸足でしょ。落としたら足、大怪我するわよ」

「あなたは私と一緒にボールを運ぶのよ」

 ボールがたくさん入ったキャスター付きの入れ物をママさんと一緒に運びだす。

「車輪に足の指を轢かれないように気をつけるのよ」

 用具室の引戸の前にきたとき、ママさんがぐっと力を込めて入れ物を押したために、キャスターが僕の素足の指に乗り上げた。

「あっ!!痛い!!」

「あら、気をつけなさいって言ったじゃない。裸足って本当、人に気を遣わせるから嫌ね」

「すみません!」

「返事だけはいいのね。空手やって裸足を鍛えているんだったら、そのくらいでいちいち叫ぶな。そんなんじゃ、ネット際でスパイクした私たちのシューズで踏まれたとき、一体どうなるんだろうねえ」

 ママさんは意地悪そうな目をして僕を流し見た。僕は自分の埃まみれの素足の指先とママさんの履いているシューズを交互に見比べ、ものすごい格差を感じ、戦慄した。

つづく

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