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6年間校内で裸足生活―給食当番②

 教室に入り、配膳台でみそ汁をおわんに盛る。配膳室で低学年に踏まれた小指の皮が剥け、ひりひりする。裸足の親指と中指にまだ配膳室の床のぬめりが吸着した髪の毛や埃とともにまとわりついている。僕はさりげなく教室の床に足指を擦り付ける。霜焼けで腫れて蛸のように太くなった足指は学校中の汚れで表も裏も黒光りしている。

「熱いっ!!」

 あまりの熱さに飛び上がった。足の甲から指先に熱湯による火傷のような刺激が走る。裸足にみそ汁をかけられたのだ。

 「あははっ、その足、霜焼けなんでしょぉ?今日は特別寒いからねぇ~。さっきから汚い足の指をくねくねさせて痒そうだったら、まいちゃんがみそ汁ぶっかけて温めてあげたんだぁ🖤感謝してよねぇ」

 僕はその声の主をにらみつける。夏目まいだ。小さく華奢な体で甘ったるい喋り方をする。先生の前では猫をかぶっているが、僕のような底辺の男子や気に入らない女子にはとてつもなく残酷な仕打ちをする。夏目まいの隣で給食当番の瀬村みきが申し訳なさそうに俯いている。夏目まいは勝ち誇ったようにお玉を振り上げ、僕の足に叩きつけた。丸みを帯びた金属は親指の爪に当たり、一瞬時間が止まったように思えたが、これから鋭い痛みが来るぞ、そう思ったときには僕は呻きながら爪先を押さえてうずくまっていた。

「ねえ、わかるぅ?裸足だからバチが当たったんだよぉ~。みんなと同じように上履きと靴下を履いていればさぁ、ちょっとはマシだったと思うよぉ。あーあ、やっぱ貧乏って惨めだね、辛いね、可哀想だね🖤」

 僕は右足を押さえながら、後ろを向き、お玉を拾おうとした。その際、左足の裏を夏目まいにさらす格好になった。まずい、と思ったがもう遅かった。彼女は予想どおり僕の汚れが染み付いた足裏を見て囃し立てた。

「ねえみんな見てみて!こいつの足、信じられないくらい汚いよ~まるでトブネズミの足だよぉ。みんなが清潔な上履きと靴下を履いているこの学校でさ、汚い素足でペタペタ歩くこういう害獣はさぁ、駆除しなくちゃ🖤よーし、それじゃあみき、上履きで踏みつけてやるのだぁ」

 「ごめんっ!」

 瀬村みきは照れたように笑い、僕の足裏を上履きで踏みつけた。靴底のギザギザが食い込む。痛みよりも気持ちよさが勝った。あの知的で清潔で上品な瀬村みきの上履きを履いた足に、今、自分の裸足の足裏が踏まれているという現実をにわかに受け入れることができずにいた。僕は夢見心地だった。僕はこのままずっと瀬村みきに踏まれていたかった。

「あれぇ~あんまり痛そうじゃないぞぉ~こうやって踏むんだよ!」

 夏目まいは渾身の力をこめて上履きの踵で、僕の足指の裏を踏みつけた。電流が走ったように神経が痺れた。上履きとコンクリートの床に挟まれ逃げ場を失った足指。爪が床に強く押し付けられ、割れそうだ。彼女はナイフでめった刺しするように、何度も何度も踏みつけた。それからぐりぐりと踏みにじった。しだいに夏目まいの息が上がってきた。

「あー、もぉ!むかつく足だなぁ!」

 そう言って夏目まいは四つん這いになっている僕の脇腹を上履きの先で蹴り上げた。華奢な女子の上履きの先端は硬いゴムで守られていて、僕の脇腹に鋭くめりこんだ。僕はよろめきながら立ち上がろうとしたが、逃がすまいとした彼女の上履きで股間を追撃された。悶絶しながら何とか痛みに耐えようと、裸足の足指をぐっと開いて床をつかんだ。足指の間接がはずれそうだ。これでもかというくらい足指をパーに開いて床に吸い付く。そうでもしなければ、立っていられなかった。

 「うわあ、すごーい!足の指、めっちゃ開いてるぅ~。きもーい🖤そっちがそうやって踏ん張るんだったらさ、こっちにも考えがあるよぉ~」

 夏目まいはそう言って、近くにいた給食当番に耳打ちした。次の瞬間、給食の配膳台が僕めがけて押され、キャスターに裸足の指を轢かれた。金具のついた車輪はむきだしの足指の皮膚を破って爪を巻き込み、食缶や30人分の給食の入った容器を載せた重量が一気に爪先に集中する。僕は今まで味わったことのない痛みに気絶しそうになった。親指の爪にキャスターが乗っていてよく痛む箇所がどうなっているか見えないが、爪が剥離したようだった。

「つ、爪が、爪が割れてる!お願い!だ、台をどけてください!」

 夏目まいはいたずらっぽい目をして、僕の脛を上履きの爪先で蹴った。

「いいよぉ~🖤」

 給食当番の子が配膳台をどけてくれた。爪先を圧迫していた重量から解放されたが、痛みとともにどろっとした赤黒い血が親指からじゅわっと湧き出した。親指の爪は半分キャスターに持っていかれて欠けていた。どうして校内を裸足で過ごしているだけで、こんな仕打ちを受けなくてはいけないのか。昨夜の母さんとのやり取りが思い出される。

「私に気をつかって、無理に裸足で過ごさなくてもいいのよ。上履きくらい買うお金はあるから。その足の傷、クラスの子に上履きで踏まれたんでしょ?」

「うん。でも、裸足で過ごしているのは僕の意思だから、踏まれるのは自業自得。裸足の方が気持ちがいいし、動きやすいんだ」

 僕は知っている。母さんだってストッキング代を節約して、いつも素足に1足しかないパンプスを履いて仕事に行っているのだ。ボロボロのパンプスは当て布をしたり、油性マーカーで塗ったりして何とか体面を取り繕っている。母さんの靴擦れした素足には絆創膏がたくさん貼ってある。今日も外回り頑張ったんだろうな。黒いペディキュアの剥がれた素足の爪先が少し匂う。納豆と酢をまぜたような、しつこく酸っぱい匂いだ。

「もう12月。これからどんどん寒くなってくるし、学校ではクリスマス会や卒業式の練習もあるでしょう。それなのにあなただけ裸足でいるのは、親として何だか辛いのよ。この前、授業参観に行ったとき、クラスのみんなはきちんと上履きに靴下やタイツを履いていて、裸足の子はあなただけだった。ほかのお母さんたちがね、あなたを指差してひそひそ話してたの。『足の裏真っ黒。あの子の親、上履きも買ってあげられないのかしら』『母子家庭なんだって。親子でだらしないよね~』『6年生にもなって裸足って…ありえない。トイレとかどうしているのかな』『裸足で入ってるみたいよ』『えー!きたなーい』そういう声を聞いていながら母親として何も言い返せなかった自分が情けなくて…だから…」

 参観日のとき、母さんだって素足だった。一着しかない黒のパンツスーツ姿で、足元はストッキングもスリッパも履かず、素足で教室の冷たい床に立っていた。ほかのママたちはモコモコのルームシューズや上履きを履いていた。

「母さん、泣かないで。僕が裸足なのは好きでそうしているだけ。クラスメイトのママたちの言葉は全部僕に向けられたもの。母さんは悪くないよ。僕、卒業式も最後まで裸足で出たい。6年間裸足で過ごしたことを誇りに思っている」

 母さんは泣きながら、私もあなたを誇りに思ってる、と言ってくれた。

つづく


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