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【劇映画 孤独のグルメ】孤独のグルメで「食べられない」をこんなに味わわされるとは思わなかった【ネタバレ感想文】
おっさんがメシ食うだけの映画でネタバレってなんだよ。
この記事は『劇映画 孤独のグルメ』ネタバレ感想文ですが、特に気にせず読んでください。私も気を遣いません。韓国に密入国した井之頭五郎(松重豊)が「入国管理局を待たせながら食うメシはうまい!!」する展開があると知っていてもこの映画は絶対面白いので。
井之頭五郎の大冒険は「食べられない」から始まる
『孤独のグルメ』は井之頭五郎がメシを食べる話です。これは原作漫画でもドラマ版でも変わらないので当然劇映画でもなんら変わりません。Twitterでは「観るだけで腹が減る。ポップコーン必須」と声高に叫ばれていたりしますが、筆者の周りもポップコーン畑になっていました。
ただ普段と違うところもあって、本作は五郎がメシを食いそびれるシーンから始まります。元恋人の娘さんからの依頼でパリへ向かう五郎は、機内で熟睡したせいで機内食を食べ損ねます。それも2食分。「おっさんがメシを食べる」が見どころの映画は「おっさんがメシを食べられない」で幕を開けるのです。
これは『孤独のグルメ』全シーズンを見返しても結構珍しい導入でして、100話を超えるドラマ版でも該当するのは2017年のお正月にやった「井之頭五郎の長い一日」とか2018年の大晦日スペシャルぐらいじゃないでしょうか。
腹ペコのままパリにたどり着いた五郎は幸いにも地元のレストランでオニオンスープとビーフにありつき、依頼人の松尾千秋と祖父の松尾一郎と合流します。
一郎「子供の頃に母が作ってくれたスープをまた飲みたい」
機内食を逃して「食べられない」苦しみを味わった五郎の次は、思い出の中だけに存在する「飲めない」スープを欲しがる老人が現れました。無茶振りを受ける姿が年末の恒例となった五郎。雲を掴むようなスープ探しの依頼もなし崩しに受けてしまい、国境をも超える大冒険に旅立っていきます。
五郎が台風で荒れる大海原を立ちこぎボートで横断しようとしたり、漂流した無人島で謎のキノコ食べたら泡拭いて倒れたり、シリーズ史上最強の敵にアームロックをかけられたり、遠藤憲一主演大人気グルメ番組「孤高のグルメ シーズン11」に出演したり…いろいろあるのですがこの記事の本筋じゃないので省きますね。
「食べられない」人がドンドン出てくる
五郎は旅の中でそれぞれの「食べられない」を抱えた人と出会います。ひと言で「食べられない」といっても事情はさまざま。空腹とは胃袋が空っぽになって血糖値が低下した状態だけをいうのではなく、この映画を観る限りでは心が空腹になることもあるようです。
母親のスープが飲みたい一郎(フランス)
夫婦でやっていたラーメン屋がコロナの影響で経営悪化し、夫婦仲も険悪 となって店から離れた志穂(韓国)
落ちぶれたラーメン屋の味が忘れられない中川(日本)
不法入国者を迎えに来たら当の本人がメシ食ってた入国管理官(韓国)
出てくるキャラの多くが何かを「食べたい」と願っていて、やんごとなき理由からそれが叶いません。五郎がいつもの調子で「腹が減った」と店を探すような気軽さでは、本当に食べたい物にたどり着けないのです。
でも、そういう人って現実に結構たくさんいる気もします。一郎のように死んだ親の得意料理を食べたいとぼやく人は私の身近にもいますし、行きつけのお店が潰れて「大将、いつもの!」とお別れした人だってこれを読む人の中にいるかもしれません。韓国領の孤島に遭難した不法入国日本人がなぜか街の定食屋でメチャクチャうまそうにメシ食ってるのを職務中だからジッと監視するしかない人…はさすがにいないとして。
「食べられない」悩みは普遍的なもので、誰もがひっそり孤独に抱えているのかもしれません。そういう世界中に散らばっている「食べられない」人たちが、五郎の旅によってふしぎと繋がりあうストーリーがこの映画の面白いところです。ひとり孤独に好きなメシ食べまくって大晦日の裏番みたいなポジションにのし上がった『孤独のグルメ』が縁を繋ぐ人情ストーリーを映画でやるってのも、なんだか「らしい」気がします。
Q.一番の「食べられない」は誰か?
A.観客。
劇中の「食べられない」人たちは、五郎の冒険を通して(なりゆきとはいえ)食べたい物を食べる喜びを得ていきます。一郎は不出来な孫が作るだろう“いっちゃん汁”を飲む生き甲斐を獲得し、志穂や中川はもう口にできないと思っていた大切なラーメンを食べ、入国管理官の人はファンテヘジャンク(干しダラのスープ)と焼き鯖を家族団らんで楽しみました。
もちろん五郎もいつもの調子でモリモリ食べます。フランスで1食、日本で1食、韓国で2食、また日本に戻ってたぶん5食ぐらい。「食べられない」から「食べられた」への解放のカタルシスが、あの誰もが幸せになれる瞬間が、この映画には溢れています。
で、その感激を劇場で110分間延々と見せられ続けるのが、おっさんがメシ食うだけの映画に足を運んだ観客です。
当然、メチャクチャ、腹が減る。
私が「この映画はネタバレ関係ない」と主張する理由はこれです。話を知っていようがいまいが人間絶対に腹は空くしうまそうなメシをメチャクチャうまそうに食う演技を10ン年やってきた松重豊を劇場の大スクリーンで見せられてヨダレが出ない人間なんているわけないんですよ。不法入国井之頭五郎が韓国メシにがっつく姿を見ているしかできない入国管理局の人が「しかし、うまそうに食うな」とぼやきますが、観客の代弁に他なりません。
私たちは劇中の「食べられない」人たちに、暗い立方体に閉じ込められ自由に食事できない自分を重ね、わが身の残酷な現状を思い知ります。食べたい。でも食べられない。いっそ途中で抜けてしまおうか。どうせアマプラで配信するだろう。いやさすがに密入国までしでかしたスープ探しの結末ぐらいは見届けたい。というか普通に面白いし笑えるし悔しいが泣ける。おっさんがメシ食うだけの映画で泣くってなんだ。あんなに豊作だったポップコーン畑はどうやら収穫済みだ。
ああ、私はこんなにもメシが食べたいのに。
そして短すぎるスタッフロール
井之頭五郎「腹減ったでしょ?」
当たり前だ!!!!!!!!
五郎がシーズン1第1話の焼き鳥屋の前で、視聴者に渾身のひと言を投げかけて映画は終わります。まるで「松重豊の『孤独のグルメ』はここでおしまいです」と言わんばかりの演出でしたが、冗談ではありません。
松重さんが井之頭五郎をいつかやめられるのは仕方ないのですが、せめて監督としてもう1本『孤独のグルメ』の映画を撮ってほしい。あわよくば毎年のお正月の定番まで育って松重さんには完全に逃げられなくなってほしい。「春休みはドラえもん、ゴールデンウィークは江戸川コナン、正月とくれば井之頭五郎」ぐらいまでいけんか? 何卒、何卒……。
というわけで『劇映画 孤独のグルメ』の感想でした。配信をお待ちの方もいらっしゃるでしょうが、個人的には劇場に足を運んでほしい作品です。リアル「腹が減った」体験ができ、空腹の赴くまま近場のメシ屋に飛びこむオリジナルな「孤独のグルメ」にあなたを導いてくれます。この非常に貴重な機会をぜひお見逃しなく。ヒューマンドラマとしても真っ当に笑えて泣けます。おっさんがメシ食うだけの映画で笑って泣く絶好のチャンス、重ねてお見逃しなく。
それにしても……
感想文を書いて映画を思い出したせいか……
なんだか無性に……
腹が、減った。
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いただきます。