吾輩はどうやら・・・・cap.2
首の後ろを掴まれ、持ち上げられた俺。夢中で食べ続けたツナ缶が最後の晩餐になるのかと、絶望感を抱くほどの知能もなく、ただただ恐怖のみに気持ちが支配されていく。
巨人の巣の入り口に運ばれると、そこにはまた別の巨人がいた。今思えばそれが“ママ”だった。
ボスは一般人が現行犯逮捕権を行使して取り押さえた犯人を、交番の警察官に引き渡すかのように、
「ミャーミャー騒音の犯人を確保した。」
と、俺を掴み上げたまま“ママ”へ差し出した。“ママ”は俺を見るなり、「わ、汚い(笑」と笑顔で俺を抱き上げた。
巨人どもは毎日水浴びをする習性がある。俺らはほぼ舌で毛繕いをするだけで事足りるか、極々稀に砂なんかがあると擦り付けたくなる衝動に駆られるくらいだが、巨人は水浴びしないとソワソワするらしい。
“ママ”に抱き上げられた俺は、すぐにその水浴び場へ連れて行かれた。そしてパステルカラー色の円形の容器に入れられた時、太い紐のようなもので繋がれた筒状の先から、いくつもの線状に水が飛び出してきた。そしてその水はなんと、温かいのだ。
水の温度と水の勢いを“ママ”が調整していく。いよいよ煮込まれると怯えていると、その何とも言えない温かい水をお尻のほうからかけられた。
全身を温かい水浴び機で流され、円形容器には俺の膝くらいまで温かい水が浸されている。そこから何やら妙な液体をかけられ、体をゴシゴシと擦られた。
液体をかけられては擦られ、流されてはまたかけられる。これを4回ほど繰り返された。これから食われてしまうかもしれないという時に、かなり場違いな感想を言えば、それは、とても心地いい時間だった。
温かい水浴びのあと、白いフカフカの布切れの上へ置かれた俺は、全身をくまなく“ママ”から拭き上げられた。そのあと遠くからこれまた温かい風が吹く道具をあてられ、何日か前に雨を食らったあととは別次元の早さで体が乾いていくのがわかった。
水浴び場の一つ手前の空間で乾かされていた時、“ボス”が顔を覗かせて“ママ”に言った。
「どうだった?」
「もう蚤がひどくて。4回目でやっと全部取れた。」
「そうか。」
そう言われてみると、どこそこよくチクチク痒かったところが、今は不思議とどうもない。ただ、いつもより体がフワフワしているような気はする。
体が乾いたあと、“ボス”は俺を柵で囲まれた場所へ入れ込んだ。どうやらすぐ食べられるようなことはないようだった。ただ、その柵の中には、先客がいた。
ロングコートチワワのメリィおばさんは、俺が柵に入れられると同時にものすごい勢いで俺の全身の匂いをチェックした。その様子を“ボス”が監視の眼差しで見ている。メリィおばさんは隅々まで俺の匂いチェックをしたあと、何事もなかったように元にいたお気に入りのフリースへ戻って行った。その様子を見た“ボス”は、
「・・・大丈夫だな。敵とは思ってないらしい。」
そう言って、どこかへ行ってしまった。温かい水浴びの後、体は乾いていたがまた少しずつ寒さが戻ってきていた。
メリィおばさんは体毛が長く、見るからに温かそうで、これまた温かそうなフリースの上で寝ている。空腹はだいぶ治まっていたので、後は寒さだけ。すぐにでもそのモコモコに飛び込みたかったが、相手は俺のママではなく、犬。機嫌を損ねて噛まれたらどうしようかとも思ったが、寒さのほうが押し迫ってきていたので、そっと、そっと、近づいてみた。
フリースの上へたどり着いた時、メリィおばさんが片目を開けた。
「俺、寒くて・・・。」
そう言うと、メリィおばさんは黙って片目を閉じた。そのまま緊張気味にフリースにお世話になってみる。メリィおばさんは怒らない。
「もう少し、寄ってもいい?俺、寒くて。」
メリィおばさんは今度は細目に片目を開けて、「昼寝を邪魔しないなら、好きにすればいい。ただ、邪魔したらタダじゃおかないよ?」と言った。俺は嬉しい気持ちをなんとか抑え込んで、遠慮がちにメリィおばさんにくっついた。
ほんの半時間ほど前まで恐怖で震え上がっていたのがまるで嘘のようで、今は死にそうなほど減っていた腹も満たされ、死にそうなほど寒かった外の白い箱の下とは段違いの温かさに抱かれて、緊張と恐怖で疲れ果てたことも手伝って、すぐに深い眠りに落ちていった。