小説 野性時代「野性歌壇」への作歌メモ
今月は2020年4月号に掲載されるテーマ詠「学校行事」の作歌メモです。
公開するメモを取りながら短歌を作り始めてからは、締め切り前日に短歌を考えるのではなく、締め切りの数日前から短歌を作るようになりました。
総制作時間は二桁時間もかかってないと思います。いま別記事で行っている短歌鑑賞の方が、数十倍も時間が掛かってしまっています。
運動会とか文化祭とか、修学旅行、卒業式、入学式、始業式、終業式。合唱コンクール、学園祭。
行事となると生徒全体を表すから野放図に広がっていきそう。関係性。コミュニティ。
合唱コンクールの動画を見たけど、自分のパート以外の歌い方は分からないし、それが一体化する感覚も分からなかった。今なら客観視できる。
大地讃頌なら全世代に伝わるのだろうか。称えよ大地をああ。
君が代も歌う。歌わない人たちもいる。是非を問うてはいない。行事で歌うという記憶。
「」問題が。空白を使うかどうかで迷うな。他者の声、阻害する意識としての。
冷たさ。順番なのだろうか。
修学旅行で休んだ人の別撮り、ワイプみたいなやつって今でもあるのか? あと木刀は今でも売ってるのか? 検索したら木刀の記事、インターネットはなんでもあるな。
これは学校行事の短歌なのだろうか?
物語表現と短歌は親和性があるけど、決定的に違うものがある。劇的。平凡さ。その中に詩的な要素を見つける。
卒業式は普通だ。マクロでみれば普通。
どっちがいいのだろう。それとも俺はひねくれすぎなのだろうか。
いや在校生だ。残される人たち。
千葉聡さんだったら、こういうテーマはもっと正確に作れるんだろうな。悔しい。想像力がない事が。
運動会で思いつくことがあまりない。IH? 甲子園?
芸能人が学校にやってくるのは学校行事なのか? 素直に文化祭だな。しかし安直しか浮かばない。
終わらないものが終わるということ。学校単位。
実行委員はやったことないからわからない。
しかし、今年も終わるな。学生たちはあの日常をどれぐらいの長さに感じているのだろうか。
カラー懐かしいな。なんであんなものがあるんだろう。
卒業式でもう少しいいのが思いつければよかったな。
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