弓野人形と江口人形店@佐賀県武雄市
■弓野人形とは
人里離れた山間に、「美人の湯」で有名な嬉野温泉街がある。そこからすこし進んだところに、140年続く佐賀県伝統「弓野人形」、江口人形店が存在する。
一見、何の変哲もない一軒家だが、奥に進むと一転。まるで別世界のようだった。弓野人形のすべてが詰まっていた。この場所で型枠作りから土づくり、焼成、絵付けなど、弓野人形に関するすべての作業を行っている。
<弓野人形とは>
弓野人形は、博多人形師によって誕生。博多人形の完成された美に飽き足らない思いを抱いた、人形師の原田亀次郎が、九州各地で修行した後、1882年に弓野地区で製作した土人形が始まりと言われている。
(武雄市観光協会よりHPより)
今回工房を案内してくれたのは四代目当主、江口誠二さん(67)(以下、江口さん)だった。
江口さんは高校卒業後から50年ちかく、弓野人形の製作に携わっている。長男が家業を引き継ぐのが当たり前の時代だったものの、次男坊だった江口さんは、子どもの頃から手先が器用で、「弓野人形を受け継ぐのは自分だ」と、自然と感じていたそうだ。
*
弓野人形は節句やひな祭りなど、床の間に飾るものとして、伊万里市の人々に、愛されてきた。
▼初代当主、江口亀次郎の作品
しかし時代の変化とともに、その習慣は徐々に減っていった。「弓野人形だけで食べていくのは難しい」と、江口さんは言う。
■「求められること」と「したいこと」
そんなとき、三代目当主、江口 勇三郎のもとに、恵比寿の面飾りづくり(※)の声が掛かる。
恵比寿の面飾りは、今宮戎神社や大阪天満宮もいった、有名どころの「十日えびす」用に作られ、熊手や福みなどに使われる。関西では粘土が取れず生産できないため、江口人形店に依頼があるそうだ。
9月から11月に関西地区で開催される、えびす祭りに合わせて、数多くの恵比寿の面飾りを、一つひとつ手作業で生産している。現在もその製造方法は変わらない。
「世間に求められるものを作りながら、弓野人形は自由に作っています」
と江口さんは言った。恵比寿の面とは違い、弓野人形には代々受け継ぐ「型」は存在しない。そんな弓野人形を、江口さんは「正解がないところに、弓野人形の難しさと楽しさがある」と言う。
▼購入した弓野人形。ふくろう笛を吹くと「ホウ」と音が鳴る
好きなものに没頭する環境は、自分自身でつくる。
江口さんからそれを教わったようだった。「好き」な気持ちに敵うものはないと私は思う。
「好き」と「伝統」、「技術」、そして江口さんのフィルターが掛け合わさる弓野人形。その伝統は、温かさを残しながら、時代合わせて変化しているように感じた。
*
江口さんは工房を案内し終えると、「ゆっくり見て行ってくださいね」と伝え、再び仕事に戻って行った。
*
noteをお読みいただき、ありがとうございます。ここから先は、写真をメインに、弓野人形の製造工程をお届けします。ぜひお楽しみください。
■写真で味わう、弓野人形の賑わい
▼土づくり
仕入れた土を振るいにかけ、機械(写真右奥)を使って溶かす。
▼生地づくり(1)
石膏の型(型も手作り)に土を全体的に流し込む。型と土の接着部を見て乾燥している厚みを確認し、余分な土は取り除く。そしてさらに乾燥させる。
▼生地づくり(2)
2つの型を重ね合わせてつくるのが、弓野人形の特徴。郷土玩具のほとんどが、この工法で作られている。
▼型の保管庫
型は大小さまざまで、100種類を超える。
▼乾燥
ある程度乾燥すると、粘土が型からパカッと外れる。その後、日の光を利用して、さらに乾燥させる。乾燥が進むと、土の色が白っぽくなってくる。
▼成形
手触りをよくするため、土の固まりや、ざらざらした部分を道具を使って整えていく。
▼焼成
「空吹窯」とよばれる土窯で人形を焼く。800〜900度の温度で、6時間から7時間掛けてゆっくりと焼き上げる。30分に1度、釜の様子を確認する。
▼彩色
胡ごふん粉を厚く塗って全体を真っ白にし、絵の具で1つひとつ重ねていく。
▼完成
完成したものは、紙で丁寧に包んで納めている。お面のサイズは、手のひらほどのものから、1メートルにちかいものまで10種類ある。
■お問い合わせ先
名称:江口人形店
住所:佐賀県武雄市西川登町大字小田志14931
電話番号:0954‐28‐2028
工房見学、絵付け体験が可能です。どちらも事前の電話予約が必要です。
わぁぁーーーー!!が、、、頑張ります!!