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杉並木と共にある街、日光市今市地区を90分で歩く[2022.4 日光鬼怒川③]


東武日光から東武日光線の普通列車に10分弱揺られると、下今市に着く。
この下今市という駅は、日光・鬼怒川観光の一翼を担っている観光列車の「SL大樹」を運転させるにあたって、SL全盛期である昭和前・中期の様子を再現したものに改装をしている。そのため、駅名標が右から左へ読むように書かれていたり、夜間になると裸電球を模した暖色系の照明が灯されたりする。大変趣深く、駅そのものを観光地化させることに成功しているのではないかと私は考えている。

今回はこの下今市から隣駅の上今市まで寄り道をしながら歩きつつ、90分の時間を潰す計画だ。
まず、最初に向かう目的地は日光市役所。2市2町1村を合併して生まれた新・日光市は旧今市市内に拠点を構えることにしたようである。
下今市駅前から上今市方面とは反対へ歩いてしばらくすると、高い木々に覆われた幹線道路と交差する。これが日光杉並木で、旧日光街道と国道119号線が通る重要な道だ。花粉症の身としては足早に通り抜けたい気持ちになってしまうが、歩道橋の中央部からじっくりと眺めて、この道の歴史に思いを馳せることも大切だと思ったから、そのようにした。その代わり、目が半分開けられなくなり、階段から足を踏み外しそうになった。
その日光街道に沿って、信号がある交差点を右に曲がれば、そこが日光市役所である。この日は日曜だから開所しておらず、外観の写真を撮って引き返すほかなかったが、それだけでも十分に満足感を得られた。

つぎは「道の駅 日光 日光街道ニコニコ本陣」。もうそろそろ正午を回るという時間になってきたこともあり、ここで一服しようという考えだ。
再び日光街道を通り、しばらく道なりに進む。左手から例幣使街道(国道121号線)が合流してくる地点には、追分地蔵尊なるものがある。道が二手に分かれる場所を”追分”と呼んでいるという認識でいるが、ここもそれに漏れずといったところだろうか。
ここからは今市の宿場に入り、景色が一気に広がる。杉並木に視界を圧迫されていたせいもあり、とんでもなく大きい街に見える。ようやく目が慣れてきた頃になると、道の駅が見えてきた。警備員がいるほどの広大な駐車場を有していて、自動車がぎっしりと詰め込まれていた。敷地に入れば、数えきれないほどの人。”賑やか”という言葉を超越する雰囲気だ。
店舗で飲み物を購入する。残念ながら、写真を撮り忘れたどころかはっきりとした記憶もなく、どんなのを飲んだのかは分からない。ジュースだったのだけは覚えている。乗る予定の列車の時間が迫ってきたこともあり、15分の休憩でここを去る。もっと時間を割いて見物すべきだった。

最後は、今市宿を抜けた先にある杉並木公園に立ち寄る。
この公園に着いたときには、既に列車が出る10分前。公園の日光寄りにある瀬川の一里塚旧江連家住宅を見学したかったが、叶わず。今市を再訪するきっかけになるのは大変喜ばしいことだが、もう少し時間配分を考える必要があった。大変反省するところである。
しかし、公園の入口から臨む旧日光街道と杉並木の風景は言葉では表現ができないほどの様相を呈している。それに加えて、木漏れ日が地面に降り注ぎ、そして揺らいでいるのだから、申し分ない。こんな景色を無料で見てしまって申し訳ない気持ちである。

公園に隣接する上今市のホームに辿り着き、列車が来るまでの間、地図を眺めていた。今まで歩いてきた道中には、報徳二宮神社日光市歴史民俗資料館・二宮尊徳記念館といった著名な施設があったのにもかかわらず、それを計画段階で見逃していた。ひたすらに罪深い。

落胆していた私を励ましてくれたのは、この街のシンボルである杉並木であった。杉から飛び出したモノが私の周りを包んでくれている。その気遣いに感服し、じんわりと涙を浮かべた。その目は真っ赤に充血していた。


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