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変革期のモータースポーツにおけるカテゴリとファンの分断は是か非か

こんにちは、トヨタWRCチームで働く山下です。
寒かったフィンランドの冬もようやく終わり、春が来たと思っていたら5月でも雪が降って結構驚きました。

ちなみにフィンランドの冬はこんな感じでした。

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僕は今年、人生史上で1番寒い冬を過ごしました 笑
街中ではもっと積もっていたのですが、幹線道路のため路面の道路上では雪が溶けています。

またフィンランドで運転していると道路の両側は写真のように木で囲まれている場所ばかりです。これらの木はフィンランド国民の共有財産であり、木の実を採ってジャムを作って食べたり、販売しても大丈夫だとか 笑
このように身近に自然を感じる欧州での生活は、東京や横浜に住んでいた頃とは少し違って新鮮な気がします。

前置きが長くなってしまいましたが、欧州では環境意識の高まりからガソリン車の新車販売の2030-40年頃から禁止すると早々に決め、新車におけるEVの販売台数が急速に伸びています[1, 2]。本記事では、これらの影響がモータースポーツにもたらす変化について少し考えてみようと思います。

(1) 電動化カテゴリの乱立

世界的にカーボンニュートラルを目指す機運が高まる中、モータースポーツの世界においても「炭素中立」の動きが広がっています。二酸化炭素(CO2)を排出する自動車に対して世間の目が厳しくなる中、走行中にCO2を排出しない電気自動車 (EV) が注目されることは自然です。

EVモータースポーツとしての代表格はFIA直下では世界初の電気自動車レースとして2014年から開催しているFormula Eです。多くの自動車メーカがチームを持っており、参戦台数と注目は年々増えてきています。

参戦している日産自動車は2025-26シーズンまでの長期参戦をすでに宣言しており、会社の広告塔としてうまく活用されています。そういう意味では電動レースカテゴリがモータースポーツとしてのひとつの解であることを証明したのがFormula Eなのかもしれません。

近年はFomula Eの成功を受けて、他電動カテゴリが次々に生まれつつある状況です。2021年4月にはオフロード電動SUV車両で競うのExtreme Eが開幕して話題になりました。


2023年にはFIA直下にて電動GT選手権が開催されます。これは既存のGT3車両とほぼ同等、もしくはそれ以上のスペックを満たすEVレーシングカーを用いて競われます。

他にもドイツ自動車産業界が起点となり、燃料電池車を用いた新しいカテゴリを作ろうという動きもあり、以前に記事を書きました。このハイレイズリーグも2023年に開幕予定です。

他にも電動バイクのMoto E、世界ラリークロス選手権の電動化[3]などもあり、世界中で電動カテゴリ(モータ駆動のレーシングカー)が今後も増えてくるのは間違いないと思います。

(2) 既存カテゴリのカーボンニュートラル化

電動車両を用いる新しいレースカテゴリが乱立する中で、F1を筆頭に従来型のエンジンを用いるモータースポーツは厳しい状況に置かれています。ドイツのトップカテゴリであるDTMは自動車メーカが集まらず実質的に解体してしまいました (GT3車両を使用するカテゴリとしては延命)。

しかし、世界ラリー選手権 (WRC) では内燃機関を用いるカテゴリのひとつの解が示されました。

車両がジャンプや崖から転落したり、必要であればドライバー自身が車両を修理するラリーでは高電圧系システムにはリスクがあるとして電動化が遅れていました。しかし、来シーズンからは車両はプラグインハイブリット(PHEV)となり、並行してエンジンは100%持続可能な燃料になります。FIA直下のカテゴリとしては初の試みです。

100%持続可能な燃料とは何か?
WRCのホームページに下図で説明されています。

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簡単にいうと生物資源から作るバイオ燃料とCO2と水素から作るe-fuelを使って、化石燃料を全く使わない燃料のことです。WRCのようなFIA直下の世界選手権で、この様な100%カーボンフリーな燃料を使うのは初めての試みです。2022シーズンからWRCに燃料供給を行うP1レーシング・フューエルズは4年間の研究の成果だと発表しています。

実は約2年前、僕がドイツに渡航してレース業界の仕事を探していた頃、某ドイツ自動車メーカの日本人エンジニアと食事をさせてもらったことがあります。その際に、これらのCO2を排出しない燃料の存在を教えてもらい当時はとても驚きました。コスト面の課題等もありますが、多くのエンジニアや研究者の努力によってカーボンフリー燃料は技術的には完成しつつあります。

カーボンフリー燃料における他の選択肢は水素エンジンだと思います。単位体積あたりのエネルギー密度が小さく、また内燃機関はどうしてもモータに比べて効率が落ちてしまうため課題も多いですが、スプリントレースなどでは有効かもしれません。

CO2排出に対して世間の目が厳しくなる中、既存の内燃機関を利用するモータースポーツが生き延びるためには、このように実質的なカーボンフリー燃料を選択するしか道は残されていないように思います。

(3) ファンの分断

2014年にスタートしたFomula Eは参戦するチーム、自動車メーカは年々増加しており、盛り上がっています。しかし盛り上がってきたのは事実ですが、F1の観戦者数は19億人以上と桁違いです。つまりエンターテイメントとしての集客では遥かにF1には及びません。

これは日本に限ったことではなく、イギリス専門誌Autosportの記事を見ていても、人気記事ランキングの中心はF1です。

僕もnote記事ではFormula Eを紹介することが多いですが、個人的に観戦して1番楽しめるのはF1です。これはEVレースがコンテンツとして劣っているという訳ではなく、観戦者側の準備が出来ていないだけのように思います。やはり自分の見慣れたモータースポーツの方が理解しやすいです。

電動化したモータースポーツに対して柔軟な見方ができる観戦者を除けば、本当のターゲット層は現在10代、20代、もしくはそれ以上に若い世代になります。僕らにとってガソリン車が普段乗っている移動手段であるように、電動モビリティが普段の移動手段となる世代にとっては、Formula Eに対する違和感は無いはずです。また逆にF1のように内燃機関が使われるレースを時代遅れに感じるかもしれません。

結果的には、既存のカーボンフリー化した内燃機関を使ったモータースポーツが好きなファン層と、モータ駆動の電動モータースポーツを好む層に二分される気もします。

(4) まとめ

僕が大学でエンジン技術者を目指して、熱力学を学び始めた頃、エンジンの熱効率が想像以上に低いことを知って衝撃を受けました。エンジン技術を学ぶことは非常に興味深かったですし、F1エンジン技術者を目指して勉強、研究をしていましたが、多くの内燃機関がエネルギーを無駄に消費していることも知りました。

モータースポーツ業界に飛び込んでエンジニアとなって思ったことは、非常に高度なテクノロジーを用いている一方で、大部分はアナログな世界でもあるということです。将来的に改善できる箇所は沢山あります。

自動車産業において電動化、自動運転などを代表とするCASEトレンドに対して「100年に1度の大変革時代」と言われて久しいです。F1の歴史はおよそ70年であり、モータースポーツがこれほど大きな変化を迎えるのは初めてかもしれません。

このような中で、欧州チームのエンジニアとして働けていることには感謝しかありません。WRCは来年度から車両規定が大きく変わり、非常に面白いです。先ずは出来るだけ吸収してエンジニアとしての知見を広げようと思います。

一方で、いつかは学生の頃に憧れたF1でも働いてみたいし、電気自動車のレーシングカーも開発してみたいです。またモータースポーツ関連で他にもやってみたこともあります。モータースポーツが変革期にあるからこそ選択肢が多い気もします。僕は変革期のど真ん中にいるモータースポーツを楽しみたいと思います。

読んで頂きありがとうございました。

[1]https://blog.evsmart.net/ev-news/electric-vehicle-sales-in-europe/
[2]https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ266DA0W1A320C2000000
[3]https://search.yahoo.co.jp/amp/s/thenextweb.com/news/rallycross-electrified-new-erx2-race-series-2021-qev/amp%3Fusqp%3Dmq331AQQKAGYAc2Nxdy3s46xKbABIA%253D%253D

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山下@VML
自動運転とモータースポーツのテクノロジーについての記事を書きます! 未来に繋がるモータースポーツを創りたいです!

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