原野守弘『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』を読んで :クリエイターの資質としての品の良さ
まずはふたつの映像作品を見て欲しい。
森の木琴
OK Go - I Won't Let You Down - Official Video
この両作品のクリエイティブディレクターを務めたのが、
表題にもある原野守弘、その人だ。
その原野守弘さんが(おそらく初めて?)本を出版された。
大学生の頃これらの作品を知りファンになっていたぼくは原野さんが本を出されることを知り、わざわざ青山ブックセンターに出向いてフライングゲットした。
そんな経緯でこの本を読んでいた折り、一番に湧きおこったのはこんな感情だった。
「なんてこのひとは品が良いんだ…」
そしてワンテンポ遅れて次に思ったのはこういうこと。
「品が良い?それは本の感想としては不適格じゃないか?なぜ、どうして、ぼくは本を読んで品がいいなんて感じたんだ?」
そう、みなさんも頭を傾げたであろう、上記の感想にぼく自身も頭を傾げ、改めて自分自身に問うてみた。
そうして行き着いたのがこんな結論だ。
「品の良さ」とは「過剰さの手前で身を引く余裕」である。
そして、この本にはその「余裕」があるからだ、と。
「品の良さ」とはなにか
「品が良い」とはいったいなんなのだろう。
「あのひとは品が良い」という表現をするとき、その「品の良さ」は「頭の良さ」や「育ちの良さ」とはまた違った振る舞い・様相を指している。
育ちの良さと品の良さは相関することがあるとしても、違う概念なのだ。
こういうときはまず辞書にあたるのが一番だろう。
Googleで「品が良い 意味」で検索して一番にヒットした実用日本語表現辞典によると、品が良いとは
優雅で洗練された雰囲気のあるさま、上質であるさまなどを意味する表現
とある。
すなわち、優雅、洗練、上質といった言葉で表されるような、
礼節を弁えた振る舞いを指すことがわかる。
もっとくだけた言い方をすれば「TPOを弁える」ことだと言えるだろう。
TPOを弁えるということは、
必要なタイミングで必要な振る舞いを行うことであり、そこには常に「要求されたライン」というものが存在する。
「要求されたライン」すなわちその場において求められているコードにおいて、不足でも、過剰でもなく適切な距離で踊ること。
それが品の良さである。
では、そのダンスのために引かれたライン、場に求められるコード、「要求されたライン」とはなにによって、なにに基づいて引かれるのか。
その答えは「敬意」である。
尊敬する対象と自分を隔てる防潮堤として、そのラインは引かれるのである。
敬意に基づいて引かれたラインの内側で過不足なく踊ること。
その敬意のラインを超えて過剰に至るまえに、
身を翻してもどってこられる余裕こそが、「品が良い」ということの正体ではなかろうか。
愛と尊敬の『クリエイティブ入門』
ではここで改めて『クリエイティブ入門』を見てみよう。
本書の主張は至ってシンプルだ。いくつか引用する。
「好き」に対する「共感」は、時に非常に大きな力を持つ。そして、これこそがエンターテイメントビジネスや広告表現、または新商品開発を成功させる基本原理でもある。(p60)
広告とは、「好告」である。「自分自身」についてではなく、「自分が好きなもの」について語ること。それによって、人間の「好きというプログラム」にダイレクトに働きかけ、人を動かす技術なのだ。(p116)
もしあなたが、ものづくりにおいて「いいもの」をつくりたいと考えるなら、この「愛」と「尊敬」を、価値判断の尺度として持つといい。自分がつくるものは、愛されるか、そして、尊敬されるか。(p181)
とても真っ直ぐなメッセージだと思う。
そこには、言語化できないもの=好き そしてひいては人間存在に対するリスペクトがある。
その「好き」というものに対して尊敬の念を表し、
すべてを言語で語り尽くさんとする“ビジネス”側の人間に比べて、大いに「弁えて」いるのだ。
本書は、第1章のなかで、
自分=人間の脳を2つの機能によって区別している。
「大脳新皮質」と「大脳辺縁系」だ。
それぞれいわゆる「左脳」と「右脳」、行動経済学的に言えば「システム2」と「システム1」が対応している。
「大脳新皮質」は合理的な思考や論理、言語を司る一方、
「大脳辺縁系」は感情を司り、言語能力はない。
我々の意思決定行うのはどちらか。
もちろんご推察の通り、「大脳辺縁系」である。
言語能力のない「大脳辺縁系」だ。
であるならば、我々が言語能力に対して「線を引かせる」必要があるのは当然だ。
なぜなら、人間は常に大脳新皮質と大脳辺縁系に「二人羽織」した存在であり、
言語化し得ない部分こそが感情を、意思決定を司っているから。
言語によってもたらされる「過剰」のまえから身を引き、自分自身の「好き」、言語化できない「好き」に身を委ねる。
この本書の余裕こそが、まさに先に述べた意味での「品の良さ」を体現している。
騒ぎすぎてはいけない。
我々は、語り得ぬものには沈黙しなければならない。
そして、「好き」に身を委ねよう。
品の良さとは、クリエイターにとって重要な資質のひとつかもしれない。