旅のおわり それは 人生のはじまり
わたしが鬱病と診断されたのは、10年前の19歳の時だった。
昨日まで、みんなと笑いながら楽しく学校生活を送っていたのに、今日を迎えた朝、玄関のドアを開けることができなくなった。
それは、本当に突然だった。
(思い返せば全然突然な出来事ではなかったんだけど。)
気が付けば、4ヶ月程月日が流れていた。
さかのぼること、20年前。
共に生きてくことになる傷を負った。
人間ってなんなんだろう。
自分ってなんで存在してるんだろう。
自分も他人も何もかも信じられず、存在価値のないわたしが生きるこの世界に、この先面白いことがあるとは、到底思えなかった。
と言いつつも、高校生活は打ち込めるものを見つけ、部活三昧。
泣いて笑って、今思い返せばあれが青春か〜と思えるほどの日々を送っていたけど、時折押し寄せる孤独感は、なんとも言えない怖さだった。
高校卒業後、専門学校へ進学。
実家を出て、ひとり暮らしをはじめた。
クラスの子たちも、ひとり暮らしの子が多く、放課後も休日も大体誰かと一緒だった。
もう傷つかないように、20年前のあの日から自分に課してるルールがあった。
"人と一定の距離を保つこと"
でも、あまりにもみんなといる時間が長くなったことで、その "一定の距離" がわからなくなっていた。
楽しい〜〜!と思うと同時に、目の前にいるみんなを疑っている自分が許せなくて、でも飛び込めるほどの勇気もなく、仲良くなればなるほど、罪悪感に押し潰される日が増えた。
そんな日々を積み重ねながらも、保っていた(と思っていた)心が潰れた。
これが鬱になった瞬間だった。
カウンセリングなど受けて、" とりあえず " は社会復帰できたものの、根底にある怖さや、自分を責める日が減ったわけじゃない。
"とりあえず "で繕えるようになったくらい。
いつも何かに怯えて、怖くて仕方ないのは、年を重ねるごとに深さが増した。
気がつけば、28歳になっていた。
そんなある日。
大切に育てている愛犬を、ものすごい勢いで怒鳴ってしまった。
愛犬はただわたしと遊びたくて、吠えただけだったのに、その吠えた声が、自分を責め立てるように聞こえて、居ても立っても居られなくて、怒ってしまったみたい。
普通じゃなかった。
自分のSOSを見て見ぬ振りをした積み重ねは、自分だけでなく、大切にしている愛犬まで傷つけてしまう事態を招いた。
9年ぶり、2度目の病院。
前回より更に深いカウンセリングを受け、わたし、変わりたいです。と先生に告げた。
変わりたい。とはずっと言ってたけど、真剣に向き合おうとしたのは、これがはじめてだった。
***
4年前、梨花さんのアナザースカイを見た。
お子様のサマースクールの為、ハワイで過ごすための物件を見に行くという内容だった。
その中で、梨花さんが話してくれた。
あの時期は本当にネガティブで、自分の事が嫌いだったし、だから本当に私の最大の目標は、自分を好きになって、色んな当たり前の事を凄く喜べる子になりたい
とても共感した。
そう、わたしも、ただ、素直に楽しい時に楽しいって全身で感じたり、素直に笑えるようになりたかっただけなの。って、、めちゃくちゃ泣いた。
自分らしさ というか 素直にそこに存在していたかった。
旦那様と結婚して、お子様を授かって、お店を出したり、激流する中、そんな自分と向き合うこと7年。
普通の日常を今までよりも凄く一生懸命に生きてる。でもその"すごく当たり前の日常"を一生懸命生きられる様になった自分がすごく好き
最後はこのように話してた。
あまりに優しい表情で、かわいらしく話す姿に、少し嫉妬した。
梨花さんみたいにナチュラルにいれるようになりたいなぁって思った。
そして、この時、梨花さんは、ヨガにチャレンジします。
足を広げ、前かがみになり、足の間から見る夕日が沈む、その風景はあまりに美しく、、わたしも見たい。必ず見に行くんだ。とかたーく誓った。
すぐにハワイに行くことは、できなかったけど、とりあえずヨガに挑戦してみた。
ヨガ=フィットネス のイメージが強かったけど、それだけじゃなかった。
ヨガを受けたことある人は知ってると思うけど、レッスンの最後横になって、心を落ち着かせる
時間(瞑想)がある。
はじめてヨガを受けた時、先生の言葉ひとつひとつが深いところに響いた。
今となっては、一語一句覚えてないけど、全ての悩みから解放し、今日をがんばった自分の心と体に感謝しよう。という感じだった。
自分のことが大っ嫌いで、存在を否定し続けてきたから、え、感謝?!こんなわたしになにを感謝すればいいの・・・?
困惑しながらも、自然と涙が出た。
きっと、わたしは誰からでもなく、自分自身で自分の存在を認めてあげたかったのかもしれない、、、
ヨガってポーズとるだけじゃないんだ。
わたしが思ってるより、はるかに深いんだ。
きちんと学びたいと思った。
ヨガにわたしが変われるヒントが必ずある。そう思わずには、いられなかった。
当時働いてた職場は4年働いた。
いよいよここからだね!という時に辞め、わたしはハワイにヨガ留学することを決意した。
***
2018年9月15日。
ついにハワイの地を踏んだ。
ただそれだけが、胸がいっぱいになった。
日本より空が高かった。
同じ空のはずなのに、不思議だった。
空が高いってだけで、開放感があって、風が優しくて、何かに包まれた。
みんなが口々にハワイはいいところ!と言う理由が、すぐわかった。
次の週から、学校が始まった。
ヨガ留学と言っても、種類は色々。
わたしは、全米ヨガアライアンスという協会で定められてる世界共通のRYT200という資格を1ヶ月間で取得する為にスクールに通った。
RYT200 という資格は、ヨガのインストラクターになりたい人が、第一に取得するポピュラーな資格。
わたしはこの時点で、インストラクターになるつもりは全くなかったけど、専門的な知識を学ぶという意味で取得することにした。
日本にある学校の姉妹校で、メインティーチャー以外はみんな日本人。ちなみにメインティーチャーも日本語ペラペラ!
わたしがこの学校を選んだ理由は、200時間あるカリキュラムの中で、哲学の割合を多かったから。
ポーズの練習より、心の勉強をしたかった。
同期は13人で、みんな日本人。みんな女の子。
一番下は21歳の大学生、上は34歳まで、年齢はバラバラ。
ルームシェアした相棒は、一歳上で面倒見が良くて優しい子。
なにからなにまで、ぜーんぶやってくれた。
めちゃくちゃ甘えてしまったなぁ。
わたしのことを、すごく理解してくれた。
1ヶ月で取得しないといけないため、スケジュールはハード。
朝8時〜夕方18時までを週6。
なるべく、"一定の距離を保つ" "ひとりの時間を作る" をルールに生きていたので、こんなにも長い時間、ずっと一緒。しかも家に帰っても相棒がいる。
大丈夫かな?ってすごく不安だった、、
けど、そんな不安はいらなかった。
全く窮屈さはなく、居心地が良かった。
不思議だった。
毎朝8時にビーチに集合し、1時間瞑想とディスカッションをして1日が始まる。
瞑想は、毎日先生がテーマを決め、それに沿って行うものだった。
家族のことや過去のこと、自分のこと。など、、
自分と向き合わざる得ないそんな時間。
最初は全く集中できなかったんだけど、徐々に外側に向きまくっている意識がうちに向けれるようになったとき、ちょうどテーマが "許し" だった。
わたしは、自分自身を責め続け、自分自身で傷を深くしていたことに気づき、そんな自分を許したかったし、同時に、わたしをいじめた子たちや親のこと、トラウマとなっている記憶に携わってる全てのものを許し、解放されたかった。
そんな思いに気づくことができ、出会って2週間たらずの子達の前で、今までで1番泣いた。
ずっと抑えてた感情が全部溢れ、それは涙に変わり、全てを流してくれた。
一時期 死にたい が口癖で、傷ついてボロボロだったわたしを、わたし自身で抱きしめてあげられた瞬間でもあった。
その時、今までに味わったことのない優しさと穏やかさを感じた。
この日泣いたのは、わたしだけじゃなかった。
みんなこの留学を決意した背景には様々な想いがあって、それぞれ、ここまで来るまでに辛い思いをして、やっぱりみんなも変化をのぞんでいた。
みんなが自分と向き合うことに苦しみ、泣きながらも脱皮されていく姿は、美しかった。
美しいと表すのは、もしかしたら間違ってるかもしれないけど、殻を破って羽を生やした蝶のように見えた。もうどこまでも飛べちゃうね!って嬉しくなった。
感情を言葉にできるのは、地球上で人間だけ。
言葉で想いを伝えながら、泣いて笑う彼女たちはめちゃくちゃ人間で、眩しかった。美しかった。愛おしかった。
この日を境に、自分と向き合うことに、恐怖はなくなった。
過去を思い出しては、泣いて苦しんで、記憶から消してしまいたいくらいだったのに、あの経験がなかったら、ハワイにこのような形で訪れることはなかったと思ったら、消してしまうのは違う、わたしの一部にしてあげよう。って思えた。
愛って目に見えない不確かなものだと思ってたけど、愛ってちゃんと目に見えるの。
何よりも強くて、あたたかくて、本当はいつだってそこにある。
メインティーチャーの恩師が 愛 そのものだった。そして、メインティーチャーを囲む人、動物、自然それらも全て 愛 だった。
恩師が教えてくれた。
自分を愛することができなければ、人を愛することはできない。
"おすそわけ"
自分に持ってるものしか
相手に伝えること、してあげることは、できないんだよね。
愛はもちろん、全てに当てはまる。
知識がなければ、教えることはできないし
技術がなければ、提供することはできない。
経験がないことは伝えられないし
お金がなければプレゼントすることはできない。
自分が大丈夫でなければ大丈夫と言ってあげることはできない。
大切なモノや、人、動物を大切にするには、まず自分で自分を大切にして、大切にする方法を見つけなければいけない。
全てにおいて、自分が基準になることを忘れてはいけない。
そんなこと当たり前だ。と言う人もいるかもしれないけど、わたしにとっては当たり前のことではなかった。
このことを理解したとき、もう無敵かもしれない。って本気で思った。
一生をかけて、大切なものを集めて行こう。
大切な人たちを全力で包み込めるようになろう。
って誓った。
***
ハワイの空は、とても自由で無邪気でコロコロと表情を変える。
雨が降った後には、必ず大きな虹を見せてくれた。
思いっきり泣いたあと、すっきりして、穏やかに笑う赤ちゃんみたいだった。
ずっと泣かないことが強いこと、感情に蓋をしていつも笑うことが強いことだと思ってた。
本当は違うんだ。
本当の強いは、自分自身に素直でいることだ。
"そのまま" でいることが何よりも愛おしいことも教えてくれた。
泣いたっていい、時にわがままを言ったっていい。問題はそこじゃなくて、その後なんだから。
思いっきり泣いた後は、思いっきり笑えばいい。
そうやって自分の感情に素直に生きながら、強いではなく、しなやかな心を手に入れたいと思った。
ヤシの木のように。
いつだって、ニュートラルな状態に戻ってこれるように、自分軸を作ろうって決意した。
最後のおやすみの日、夕方、同期とビーチで夕日を眺めた。この日4年前、梨花さんと同じように足の間から、逆さまの夕日を見た。
特別だった。
ここに来たのは、全て必然だったんだ。
導かれるようにハワイに来て、"愛" でしかない同期と先生に出会えたこと。
夢のようだけど、それは現実で。
きちんと自分の声を聞いて、チョイスしたその先には、すてきな世界が広がってた。
はじめて自分のことが信じられた。
***
旅は新しい自分に出会う。と言われているけど、わたしは違った。
本来の自分を思い出した。そんな感覚。
わたし、○○がすきだったじゃん
わたし、○○がやりたかったんじゃん って。
色んなことがあって、感情に蓋をすることで、自分のすきなことさえもよくわからなくなっていたんだなぁ。って気付いた。
今となっては あの過去の出来事が、宝物に思える。
だって、あの過去がなければ、ヨガに出会うことも、ハワイで暮らすことも、今周りにいるみんなにも出会えなかったかもしれないから。
旅とヨガは似てる。
自分が持ってないものではなく、既に自分の持ってるものに気づく瞬間が何度だってある。
自分の持っているものに気づけたとき、人は輝きを増すし、さらに成長できる。
日常のあらゆる窮屈なものから、解放されたとき、人は自由になる。
***
全ての経験はわたしそのもの。
わたしにしか伝えられないことがあると思っています。
言葉や、ヨガを通して、ひとりでも多くの人が、 "自分"を生きれるように、一緒に考えて行きたいし、場所を提供していきたいし、わたしの持ってる全てをシェアして行きたいです。
自分の声を聞く大切さを伝えて行きたいです。
もちろん、わたしもまだまだ。
帰国後も、毎日ヨガをしながら、自分と向き合い続けています。
ひとりじゃできないことも、ふたりなら、さんにんならできることもあるよね。
手をつなぎましょう。。♡
旅のおわり それは 人生のはじまり。
ようやくわたしは、人生のスタートラインに立った。
ありがとうございます*いただいたサポートはお勉強と旅行の資金に使わせていただきます^^