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(書評) 汗とロマンの観測人生--- 「天文台日記」


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★「天文台日記」 石田五郎(中公文庫)


天文台やプラネタリウムのある都道府県は多いし、子供の頃プラネタリウム
に行った人も多いと思う。でも特に天文に興味のある人以外は、天文台とは縁が無いだろうし、"中の人”がどんな仕事をしているかも知らないのでは?
私も同様で、趣味で西洋占星術をしていた関係で星や天体には興味があっても、天文台の日常的な仕事の実体はよく知らなかった。


この本の著者は、東京大学東京天文台・岡山天体物理観測所の副所長をして
いた方。岡山は日本で一番空気が安定した優れた観測地で、当時、岡山の観
測所には世界6位の74インチ望遠鏡があり、日本の天文観測の総本山だった
そうだ(今はハワイのすばる望遠鏡等に取って代わられているが、今も岡山は重要な観測所の一つだそう)。
当時は国内の研究者はもちろん、アメリカ、フランス、韓国等の研究者や
大学教授もここを訪れて観測をしていた。


この本は、岡山の観測所が一番活気があった頃の"古き良き時代"の天文学者
達の活動の様子を、地道な日々のルーティーンの描写と共に伝える日記。
専門用語や観測機器の名前等の耳慣れない言葉は出てくるが、一般人向けに
書かれていて、特に天文学に詳しくなくても読める。
専門的な話を学者的な口調で語られた本は、マニア以外は読む気が失せるけ
ど、日々の食事の話や観測中に聴くレコードの話等、"観測者あるある”の
裏話も楽しめる。

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この本を読んで知ったのは、観測者はみな「自分の星」を持っていること。
自分が研究・観測する対象の星や愛する星だ。彗星の発見や冥王星の発見等
の世紀の大発見も、そこに至るまでは長年の地道な観測の積み重ねなのだ。


タイトルに「汗とロマン」と書いたのは、今のようにコンピュータ化、デジ
タル化されていない頃の観測は本当に大変だったんだなと感じたから。
当時、ニュートン観測をする時はドーム内の暖房は禁物で、真冬はマイナス
10度以下に下がる中で何時間も震えながら観測していた。室内に戻っても、
1時間以上体の感覚が戻らなかったとか。暖房の利いた室内でデジタル画面
を見ていればいい時代ではなく、全てが手のかかるアナログ作業だ。
観測写真の現像も自分達で行い、現像液を調合することから始まる。現代の
鮮明なデジタルデータとは違い、失敗して不鮮明な写真になることも多い。


さらに大変なのが、定期的に行う反射鏡のアルミメッキ(蒸着)。危険な薬品
を使い、何日もかけて鏡面をピカピカに仕上げる。かなりの肉体労働で、今
の感覚では、天文の専門家達がこんな作業までしないとないの?という感じ。"古き良き時代"どころか、忍耐の要る大変な時代だったのだ。

石田氏は岡山観測所の"大番頭”として、そういう作業に汗を流す頼れるリー
ダーだった方。山の上の孤独な環境で縁の下の力持ちを務めていた。


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そしてこの本の最大の魅力は、石田氏の幅広い教養と人間性だ。氏はいわ
ゆる"天文バカ"ではなく、文学、音楽、演劇、絵画…様々な分野に造詣が
深い。バッハを愛し、リルケの詩を愛誦し、自然観察を楽しんでいた。


本の中には、世界の天文学の先駆者達の驚くエピソードや、ギリシャ神話、
中国の『宋史天文誌』、鎌倉時代の『明月記』、アンドレーエフの戯曲まで、文学、フランス映画、シャンソン、ジャズの話も出てくる。
それらはさりげなく語られて嫌味がなく、読者も色々な天文トリビアを知る
ことができる。

家族と離れて娯楽もなく、息の詰まるような環境で観測生活を送りながらも、星だけでなく様々なことに興味を持っていた氏。幅広い教養と自然体の落ち着いたお人柄が、この本に大人の深みを与えている。
氏は、定年退官後数年で急逝されたとか。やはり心身ともにハードな観測
生活の影響があったのでは…と、つい思ってしまう。

「私たちの仕事は鉄道の保線区のようなもので、事故がなければ当たり前、事故があればおおいに責任を問われる。そしてこの当たり前ということがいちばんだいじである。だがそれほど貴重な観測といっても、極度に緊張しすぎてはいけない。平常心で行動できることが、いちばん大切である」(本書より)

ロマンティストだった氏の人間性がよくわかる文章を。

「現代の天文物理学の立場からみれば、リルケの詩のようにどの星も光の
すじの向こうの端の大都会である。赤い都会もあれば、青い都会もある。
そして暗い宇宙の空間を、ほそぼそと流れゆくひとすじの光の糸が、
その都会の消息をつげる唯一の手段である。

そして、恋の手紙が、別れの手紙が、また死の通知の手紙が、この広い空間の中に、その大部分はだれに解読されることもなく、音もなく、むなしくとびかっている…と思うと、このドイツの詩人の感じた孤独感が、しみじみと身をつつんで同感される」(本書より)


私の街を含めて、日本の都市は明るすぎる照明の影響で星が見えない所が
多い。
頭を空っぽにして非日常の世界に意識を持っていくとストレス解消にもなる。大人もたまにはプラネタリウムで星の世界に浸ってみては。

全国各地に沢山のプラネタリウムがあります。

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私は岩手県奥州市(大谷翔平と同じ)の小学校を卒業したんですが、学校のすぐ近くに緯度観測所があり、校歌にも出てきたし、同級生のお父さんがそこの職員でした。でも何をする施設なのか知らなかった。この本の中に、その緯度観測所(国立天文台・水沢VLBI観測所、世界に数カ所)の話が出てきて、その所長だった木村栄博士はZ項の発見で文化勲章を受賞した偉人だったのを知りました。私が子供の頃はこんな最新鋭の設備は無かったと思うけど、何気に凄い所の側だったんだ〜と感心。子供の頃は星もよく見えました

               国立天文台 水沢

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