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読書メモ:西洋の敗北
エマニュエル・トッド氏の「西洋の敗北」を読んだので、その読書メモを書きました。
最近、欧米は調子が悪い
最近、欧米諸国は調子が悪い。
欧米諸国のエリート連中は、SDGs、LGBT、脱炭素など、大衆が到底共感できないような大義名分を掲げている。彼らの”正義”に対して、大衆や途上国から疑いの目が向けられている。
欧米の価値体系に対する疑いの目は、アメリカ、フランス、ドイツなど欧米諸国でも発生している。それを示すのが、アメリカのトランプ大統領の当選、ヨーロッパの極右政党の躍進である。
欧米諸国は、内政だけではなく外交も調子が悪い。ウクライナ=ロシアの戦争では、ウクライナが瞬殺されるシナリオは避けたものの、ロシアの戦略的勝利は、ほとんど確定している。
なぜ、欧米諸国の調子が悪いのか?
究極的には、欧米諸国が宗教を失ったからだ。
欧米諸国の宗教は、キリスト教・プロテスタントだ。
神の存在が否定されたとしても、しばらくはキリスト教・プロテスタント的価値観は持続する。宗教はなくなったとしても、宗教に基づく価値観と習慣は持続する。
・・・しばらくの間は。
20世紀には、神の存在は否定されたが、キリスト教・プロテスタント的価値観は持続していた。これをトッドは宗教的ゾンビ状態という。キリスト教・プロテスタント的価値観は、時間とともに消え去り、「宗教ゼロ」の状態になる。
この「宗教ゼロ」に至ったのが2010年代である。
「宗教ゼロ」に至ると、人びとは何を大事にすればよいか、という価値体系を失うことになる。
宗教を持たない人間は弱くなる。宗教をうしなった人間は、国民感情、労働倫理、社会道徳、集団のために犠牲になる忠誠心を失ってしまう。
日本で宗教ゼロ状態をわかりやすく表現したものが、「今だけ・カネだけ・自分だけ」である。
「今だけ・カネだけ・自分だけ」というのは、自己中心的かつ刹那的風潮を批判する言葉である。だがしかし、「宗教ゼロ状態」では、この自己中心的な刹那主義以外はあり得ない。
今だけ:
不安定な時代は、先のことがわからない。昭和時代のように社会が安定化していれば、未来を見据えて行動することができる。だが、現在は会社は潰れるし、職業は消え去るし、奥さんは熟年離婚で裏切るしで、未来に対する不確定要素が多すぎる。それゆえ、昭和時代と比較して”今だけ”にならざるを得ない
自分だけ:
自分以外のものを大切にしたところで、しょせん他人である。個人主義が”正義”とされ、個人主義を基盤に法律・秩序が形成されてしまえば、自分自身の利益以外のことは考えられなくなる。
かつては、家族・親戚・地域・会社などにおける共同体意識が強く、いやおうなく、めんどくさい人間関係に巻き込まれていた。
だが、21世紀には人間関係に縛られないことが正義となった。リベラリズムの理想は、自分自身の興味が失せればいつでも人間関係を断ち切ることができる、恐ろしく薄っぺらい人間関係を現実化した。自分がいつ裏切ってもよいし、相手もいつ裏切ってもよい関係性においては、”自分だけ” にならざるを得ない。
カネだけ:
「宗教ゼロ」状態において、利益にならないものをないがしろにするのは当然である。
その一方、社会を構成する個人が「今だけ・カネだけ・自分だけ」となれば、社会は脆弱になる。
これが、人類において登場したすべての社会が、宗教を持っていた理由である。宗教を捨て去って、宗教ゼロ状態での社会運営に挑戦したのが、現在の西欧諸国である。
社会を構成する個人が、「今だけ・カネだけ・自分だけ」、となった状態をトッドは ”アノミー”(個人が原子(アトム)のようにバラバラになった状態)と呼ぶ。宗教ゼロの状態となり、いかなる価値観も信じることができなくなった人間の精神状態を ”ニヒリズム” と表現している。
つまるところ、最近の欧米の調子が悪いのは、宗教を完全に失ってしまい、どのような価値観も正しいと思えないニヒリズム状態に陥った個人が、「今だけ・カネだけ・自分だけ」という生き方をするようになり、集団として脆弱になったことが原因である。
エリート主義の副作用
ここでは、エリートの例としてマスメディアを考える。
マスコミは人気の職業である。華やかでおしゃれで高級で、そしてコネクションを築き上げることで、上級国民たちの仲間入りをすることが可能である。
マスコミ業界で働くためには、まず高等教育を受け、さらに人気職業につくために超高倍率の選抜試験を受け、合格する必要がある。高倍率を勝ち抜いたエリートは、心の底から「自分たちは真に優れている」という感覚を持つようになる。
高等教育を受け、かつ選抜されたエリートは、自分たちが身につけた価値観こそが唯一絶対に正しいものだと感じている。だから、それ以外の価値観は意味をなさず虚無でしかない。選抜され、成功を手にしたが故に、自分たち以外の何かを代表することなどあり得ない。
選抜されたエリートは、生まれつきのエリートより冷酷である
選抜されたエリートにとって自分たち以外の大衆は、人間として完全な下位互換に見えてしまう。
選抜されたエリートの視点:
①生まれつき、すべての人間に平等な機会が与えられた
②自分たちエリートは、自身にそなわった優れた才能を発揮し、また懸命に努力することで、いまの地位を獲得した
③下層の大衆は、才能がなく、また努力しないことを選択した。怠け者の愚かな連中である
生まれながらのエリートの視点:
① 生まれつき、自分たちは高度な教育を与えられた
② 自分たちは特別な身分に生まれたから、特別な努力をした
③ 下層の大衆は、努力もせずカスみたいな生き方をしている。だが、彼らは下層民として労働や農作業の役割を果たしている
おそらく、生まれながらのエリートのほうが幾ばくかは謙虚である。自分たちの特権が、その場所に生まれただけ、つまり運がよかっただけで享受できていると気がつくからだ。下層の大衆には下層の大衆としての役割が、自分たち特権階級には特権階級の役割があると、割り切って考えることができる。特権が与えられたゆえ、高貴なるものの義務、ノブレスオブリージュがあると考えることができる。
一方で選抜されたエリートは、自分たちは努力したからこそ勝ち抜くことができたと感じる。あるいは、生まれつき優れた人間だったから勝ち抜くことができたと感じる。
大衆が困窮しているのは、単純に彼らが生まれつき劣っているか、愚かで努力不足だったからだと見下すことができる。
そもそも、選抜には ”優れたものだけを選ぶ”という不平等思想が根本に存在する。競争が激しければ激しいほど、エリート連中は、”自分たちは優れている”という感覚を、内在化する。
大衆に対してより冷徹に振る舞うことができるのは、”生まれながらのエリート”ではなく、”選抜されたエリート” である。
高等教育の普及と、人気職業(※)につくための選抜が、エリートと大衆という二つの分断された身分を生み出した。この身分の差が、エリート主義とポピュリズムという二つの対立軸を生み出した。
(※選抜を伴う人気職業として主なものは、マスコミ・政治家・大学教授である。)
西洋民主主義諸国において、マスコミと政治家は、もっとも尊敬されていない職業となった。
選抜されたエリートは、自由貿易を推進した。自由貿易によって労働者階級と中産階級の雇用情勢を悪化させた。
もはや、西欧エリート連中は、大衆の利益を代表しない。
だがしかし、西欧民主主義諸国では、このバカでビンボーな大衆が選挙権を持っている。西欧エリート連中は、大衆の不利益になることを、選挙を通じて大衆に支持してもらわなければならない。つまり、エリート連中は大衆をだまし続けなければならない。
だからこそ、西欧エリート連中は、「人権」「民族」「環境問題」「女性の地位」「地球温暖化」について、ヒステリックに喧伝して、大衆の目をごまかそうとするのだ。
西欧諸国のエリート連中は、大衆に不利益を支持させるような「茶番劇」に全力を注いだ。その結果、肝心の国際関係への対応力を失ってしまった。選挙のためにSDGsなどの空中楼閣のような議論の組み立てに熱中するあまり、現実的な地政学的、軍事的均衡を勉強する時間がなくなってしまったのである。
だからこそ、ロシア=ウクライナ戦争が起こるはずはない、といってみたり、トランプ大統領が当選するはずがないと予想したり、ロシアが勝利することはあり得ない、といってみたり、とても恥ずかしい間違いを連発するのだ。
ロシアの方が民主的!
西欧のエリート連中は、抑圧された少数者の保護を声高に喧伝する。黒人、同性愛者、などがマイノリティ(少数者)の代表である。だがしかし、西欧諸国でもっとも保護されている少数者は、全人口の0.1%あるいは0.01%を占めている超富裕層である。
一方で、西欧諸国が独裁国家だと非難するロシアでは、同性愛者は保護されていないが、超富裕層(オリガルヒ)も保護されていない。独裁者のプーチン大統領が、超富裕層(オリガルヒ)を問答無用の暴力で、しばきあげているのである。ロシアの国益に反したり、あまりにも横暴な金儲けに走り過ぎるとKGBの暗殺部隊がやってきて、物理的に消される。
ロシアの富裕層は、欧米の富裕層ほど調子に乗ることは不可能だ。常に国家の監視の目に怯えて生きなければならない。つまり、ロシアの富裕層は、わきまえを知るということだ。
西洋が実質的に、エリート連中の寡占政治だとすると、ロシアは権威主義的な民主主義である。
大衆の利益を重視しているのは、西洋諸国ではなく、むしろロシアの方である。
そもそも、プーチン大統領には、外国へ逃げるという選択肢がない。西欧諸国が逮捕状を出したりしており、海外へ逃亡すれば捕まる危険性があるからだ。一方で、西欧諸国のエリート連中(大学教授、マスコミ関係者、プチブルジョワ)たちは、資産をもって外国へ逃げることができる。
どちらが、国家を大切にするかは、明白である。”逃げることができる指導者”と、”逃げることができない指導者” を比較すれば、”逃げることができる指導者” のほうが国に害を与えることに躊躇はない。
つまり、西欧諸国のエリート連中の方が、国家を大切にしない傾向を持つ。
EUの自滅
EUの自滅の原因は、西欧のエリート連中の腐敗である。
西欧の何千人もの政治家、マスコミ、大学教授たちは、ウクライナ=ロシア戦争が始まるまで、自分たちの村社会に閉じこもり、自国民を煙に巻きながら、ヨーロッパ新秩序を形成しようとした。
フランスの経済・財務大臣は、西側諸国の経済制裁によりロシア経済が崩壊すると堂々と予言してみせた。だが実際は、西側諸国の経済制裁により西側諸国がダメージを、それも西側諸国の中産階級以下がインフレにより大きな経済的ダメージを被ることになった。ロシア産の天然ガスの供給が断たれてエネルギー高騰により、ヨーロッパの全産業が脅威にさらされた。
つまり、西欧諸国はロシアを制裁しようとして、自分たちの国民(のうち下層階級)と自分たちの産業(おもに製造業)が、経済制裁されてしまったのである。
EUは、その設計思想から間違いがあった。
EUのエリート連中は、国民国家を解体し、民族をバラバラにすれば、何かいいことが起きると勘違いをしてしまった。だが、実際にEUをつくってみると、無気力な市民と無責任なエリートの寄せ集めができあがってしまった。
そのうえ、ユーロの導入によってヨーロッパの産業基盤が破壊されてしまった。ドイツのような強国にあわせて、通貨としてのユーロが強くなりすぎた結果、ドイツを除くヨーロッパの製造業すべてが競争力を失ってしまった。
EUはアメリカの下僕となった
EUのエリート連中には、富が集中する。
たくさんの富(資産)を持つ金持ちは、自分たちの資産を安全に保管したいと考えるようになる。
ヨーロッパの富裕層の資産は、ドルに変換され、アメリカが牛耳るタックスヘイブンへ移管された。アメリカのドルは、世界中の富裕層の貯蓄と投資の手段である。なお当初は、ドルに対抗することを目的として作られたユーロは、ギリシャ危機により信用を落とし、結局はドルの覇権を決定づけることになった。
アメリカに直接的に従属しているタックスヘイブンは、米領ヴァージン諸島、グアム、米領サモア。実質的に従属しているタックスヘイブンは、パラオ、マーシャル諸島、コスタリカ、パナマ。イギリス系のタックスヘイブンは、英領ヴァージン諸島、アンギラ、タークス・カイコス諸島、バハマ諸島、トリニタート・トバコ、フィジー、バヌアツ、サモア である。
タックスヘイブンは、旧大英帝国の勢力範囲であるが、それでも最終的な支配者はアメリカである。
1980年代まで、ヨーロッパの富裕層の金融資産を引き受けていたのはスイスであった。だが、アメリカは圧力をかけて、スイス連邦銀行を屈服させた。アメリカは、タックスヘイブンとしてのスイスを破壊することで、ヨーロッパの富裕層を掌握したのである。
スイスの屈服により、ヨーロッパの富裕層の資産は、アメリカの情報機関の監視下におかれてしまった。資産を人質にとられたヨーロッパの上流階級は、精神的・戦略的な自立性を失ってしまった。
IT革命とインターネットの普及により、すべての金融取引が記録されるようになった。アメリカは、富裕層の資産の監視を通じて、EUを、日本を、韓国を、ラテンアメリカを間接的に支配している。
アメリカの情報機関の本命は、ロシアや北朝鮮などではなく、同盟国の富裕層である。アメリカ帝国は、個人を監視する物理的な装置によって成立しているのだ。
アメリカ帝国の付属物は、ファイブアイズ(イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)だ。アメリカの支配すべき周辺地域は、ラテンアメリカに加え、東アジアとヨーロッパである。アメリカはヨーロッパと東アジアの工業力を必要としている。アメリカ帝国とは、アメリカを中心として周辺地域が体系的に搾取されている帝国のことだ。
インターネットは、当初は自由のツールとして見られていたが、これまで存在したためしがないような監視ツールであることが明らかになった。ヨーロッパのエリート連中は、金融グローバリズムに魅せられて、アメリカ帝国のワナにハマってしまった。
EUがアメリカに絶対に逆らえないことが明らかになったのは、ロシアとドイツを結ぶパイプライン、ノルドストリームの破壊事件である。この事件では、ドイツを支えるエネルギーサプライチェーンが破壊された。これは明らかにドイツの国益を損なう行為であった。この破壊工作はアメリカ主導で実施され、ドイツ国民に困窮をもたらした。だが、ドイツはノルドストリームの破壊を黙って受け入れた。
ノルドストリームの破壊をドイツが黙認したことは、EUがアメリカに支配されている証拠であるといえる。
イギリスの自滅
イギリスが脆弱になったのは、新自由主義が原因である。新自由主義者たちは、概念的には、「純粋で完璧な市場」と「治安維持と戦争だけを担う国家」を理想として掲げた。
だが、実際には新自由主義者たちは経済を破壊しつくした。「純粋で完璧な市場」という夜警国家の理想は、公共サービス、産業、大衆の生活環境を容赦なく破壊した。
新自由主義の ”自由” とは、いかなる道徳的制約も受けない「強欲」に対する ”自由” であった。新自由主義において存在するのは、道徳を欠いた人間、単なる金の亡者だけであった。
新自由主義者たちは、国家の財産を売り飛ばし、外部委託によって市民から脅し取ることで金儲けを行った。
新自由主義の概念によれば、経済と社会の中で「よいこと」とされているのは、端的な「破壊」である。シュンペーターの「創造的破壊」を大義名分に、社会のあらゆる分野で破壊が組織的に遂行された。
特に、イギリスでは不条理なまで、公的部門の民営化が推し進められた。本来、国に課せられているはずの業務を民間に委託することが大々的に行われた。
民間企業が刑務所を経営するようになった。自治体は、住宅手当支給や財政業務から、道路の清掃、学校運営に至るまであらゆる業務を外部に委託した。行政の大規模な情報システム契約も、ほぼ独占的に民間に委託されている。高齢者や障害者向けの社会福祉サービスは、チャリティー団体が運営している。
エリート連中にとって、「破壊は儲かる」のである。
国家の財産を売り払うことで、財源を確保し富裕層への減税を行い、自分たちが経営する民間企業に仕事を委託させることで、収益を得ることができる。
だが、破壊は破壊であり、イギリスの国力を減少させた。
イギリスの人材不足は深刻である。「同じ稼ぎなら、より少ない労働で済ませたい」との考えから、イギリス人の学生たちは、法学部、金融学部、ビジネススクールなど、割のいい仕事につくための学部を選択するようになった。
これにより、イギリスでは、深刻なエンジニア不足と医師不足が発生した。
エンジニア人口
2020年、イギリスの学生のうちエンジニアは8.9%、アメリカは7.2%、ドイツは24.2%、ロシアは23.4%である。このようなエンジニア不足には、民営化、外部委託、減税では対処できない。唯一、移民の受け入れのみによって対処できる。
医師の人口
エンジニアに似た職業に医師がある。イギリスは、自国の医師を自国で供給することができなくなった。2021年、イギリスで新たに登録された医師のうち、イギリス人は37%、EU出身者は13%、インドとパキスタンを主とするその他の国の出身者が50%を占めている。
新自由主義とグローバリズムにより、イギリスの製造業は破壊され、イギリス人の旧労働者階級は、労働者から「ポスト工業の雑務従事者」となった。より低い資格の仕事を含む、第三次産業のあらゆる雑務に従事するようになった。
労働しなくなった労働者階級に対して、上流階級のエリート連中は、憎しみを抱くようになった。ろくに働きもしないくせに、社会保障の給付だけはちゃっかり受け取りやがって!というわけだ。
(イギリスは、第二次世界大戦後に労働党が政権を担って以来、病院が無料であるなど、社会保障が充実している)
イギリスの上流階級のエリート連中は、ろくに働かない労働者となった白人大衆層への憎しみをつのらせた。その結果、有色人種を優遇するようになった。
実際に、イギリスでは、政界の最上位レベルにおいて、有色人種化が進んでいる。特に、2022年のトラス政権では、首相、財務相、内相、外相という、いわゆる4つの「要職」全てが女性 or 有色人種になった。首相は、白人女性、財務大臣はガーナ系、外務大臣はアフリカ人とのハーフ、内務大臣はインド系である。BAME(黒人、アジア人、少数民族)たち、マイノリティはイギリス人口の7.5%に過ぎない。だが、政界においてBAMEは人口比率以上の存在感を示している。
イギリスは、かつて白人のプロテスタントの国であり、その指導者も白人のプロテスタントであった。しかし、現在のイギリスは、かつての大英帝国の被支配者の子孫だと一目でわかるものたちによって支配されるようになった。
スケープゴート ① ブレグジット
”エリート” と ”働かない労働者階級” が分断され、エンジニアや医師のような技術的に高度な仕事は、移民や有色人種に丸投げしているイギリスは、国民をまとめるために、スケープゴート(外敵)を必要とするようになった。
労働者階級と高齢者にとって、ヨーロッパ連合(EU)が格好のスケープゴートになった。労働者階級と高齢者たちは、東ヨーロッパ、特にポーランドから流入する移民を止めるために、ブレグジット(イギリスのEUからの離脱)を支持したのである。
また、超富裕層の多くもブレグジットを支持した。超富裕層たちは、タックスヘイブンをアメリカと共同管理するために、アメリカとのつながりを強化したかった。それゆえ、EU離脱を支持したのである。
一方で、高学歴者たちは、ブレグジットにたいして圧倒的に否定的(EU残留支持)であった。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学などのエリート連中は、7割が「EU残留」を選択した。
結局、ブレグジットに対する国民投票は、離脱支持が52%、残留支持が48%となった。ブレグジットに対してイギリスは一致団結できず、ブレグジットをめぐる労働者階級と高学歴エリートの、対立と分断があらわになる結果となった。
スケープゴート ② ロシア
ブレグジットにより、団結よりむしろ分断が加速してしまったことで、イギリスは、新たなスケープゴートを必要とした。
この新しいスケープゴートが、ロシアである。ロシア=ウクライナ戦争の前まで、ロシアの富裕層は、自分の子供たちをイギリスのプライベート・スクールに大量に入学させ、ロンドンで不動産投資を行い、ロンドン西部地区はロンドングラードなどと呼ばれていた。伝統あるチェルシー・フットボール・クラブのオーナーもロシア人となった。
ロシア=ウクライナ戦争において、イギリスがやたらめったらロシアに対して好戦的だった理由は、イギリスの高学歴エリート連中がロシアに対して不満をもっていたことと、イギリス自身の分裂を止めるためのスケープゴートを欲していたためである。
このため、ロシア=ウクライナ戦争では、イギリスは真っ先に、重戦車のチャレンジャー2、長距離巡航ミサイル、劣化ウラン弾をウクライナへ供与した。イギリスの武器供与が呼び水となり、フランス、ドイツ、アメリカによるウクライナへの武器供与が続いたのである。
とはいえ、ロシアにヘイトを集めたところで、根本的にはイギリスの問題が解決することにはならない。
現在進行形で、イギリスでは中産階級の没落が進行しており、イギリスもまた、自滅への道を歩んでいる。
中産階級の代表である、イギリスの大学の研究者の経済状況をみると、給料は据え置きで、年金は30%カットされ、2023年夏には6%を超えるインフレに見舞われた。イギリスでは、比較的上流の中産階級の大学職員ですら、プロレタリア化している。
アメリカの衰退
アメリカの衰退の原因は、プロテスタント的価値観を失い「宗教ゼロ」に至ったことである。何を大事にすればよいか、という価値体系を失ったことが、アメリカ衰退の根本的な原因だ。
今日のアメリカにおいては、「金」と「権力」を得ることが目的となり、「金」と「権力」を得ることこそが、人生の目指すべき目標であるという価値観がはびこっている。
だが、金と権力は、本来はそれ自体が目的や価値観にはならない。金と権力しか目的とするものが存在しない、この空虚さが、自己破壊、軍国主義、慢性的な否定的姿勢、ニヒリズムへの傾向をもたらしている。
ニヒリズムがより深い次元で一種の宗教と化すとき、ニヒリズムは現実を否定するようになる。
ニヒリズム的な現実拒否の一例として、トランスジェンダー問題が存在する。現実的には、XY染色体をもつ生物(サピエンスのオス)をXX染色体をもつ生物(サピエンスのメス)に変えることはできない。その逆もまた不可能だ。それができると主張することは、虚偽を肯定することである。これは典型的なニヒリストの知的行為だ。
宗教ゼロに至った社会のエリートは、虚偽を肯定し、虚偽を社会の真理として押しつける、ニヒリズム宗教を創造するに至る。
アメリカにおける絶望死:オピオイド問題
オピオイド中毒
アメリカでは、2000年以降、特に45歳から54歳の白人男性の死亡率が上昇している。原因は、アルコール中毒、自殺、オピオイド中毒である。
オピオイドとは、芥子の実から採取される化合物の総称である。(要するに、アヘンのことだ) モルヒネやヘロインもオピオイドの一種である。アメリカでは、違法薬物であるヘロインなどを除き、オピオイドが痛み止めとして医療機関で合法的に処方されている。
製薬会社によって、依存性の低さや安全性をうたった積極的なオピオイド販売活動が展開され、本来は重症患者や末期癌患者むけだったオピオイドが、一般患者向けの鎮痛剤として処方されるようになった。
だが、オピオイドは処方通りに摂取したとしても依存症に陥る可能性が存在し、特に長期間の使用では、よりリスクが高くなる。
大手の製薬会社は、高給取りの悪徳医師を後ろ盾に、経済的・社会的理由から精神的苦痛をかかえる患者に対して、危険で中毒性のあるオピオイド(アヘン)を大量に供給した。この鎮痛剤により、直接的な死、アルコール中毒、自殺がたくさん引き起こされた。
オピオイド問題が、45歳から54歳の白人男性の死亡率上昇の直接的な原因である。グローバル化により職を失った白人男性たちが、アルコールとオピオイドで気晴らしをするようになったのである。アメリカのプアホワイトたちは、絶望死にむかって行進しているのだ。
一方で、道徳ゼロにおちいったエリートが支配する議会は、危険性が指摘されるオピオイドの販売を許可した。製薬会社が市民を殺し続けることを、議会が法律として認めてしまったのだ。
アメリカの一部のエリート連中は、自国民の一部を荒廃させてもなんとも思わない。それどころか、麻薬を合法化するような背信行為に、堂々と手を染めるようになった。
アメリカのカスみたいな医療制度
アメリカ人の平均余命は短い。アメリカ 76.3歳に対して、イリギスは80.7歳、ドイツは80.9歳、フランスは82.3歳、日本は84.5歳、ロシアは71.3歳である。そのうえ、アメリカの平均余命は毎年低下している。
驚くべきは、この平均余命の低下(死亡率の上昇)が、世界で最も高額な医療費を伴っていることである。2020年のGDPに占める医療費の割合は、アメリカ 18.8%に対して、フランスは12.2%、ドイツは12.8%、イギリスは11.9%、日本は8.2%である。
アメリカは、日本と比較してGDP比で倍以上の費用を費やしている。にもかかわらず、日本より平均寿命が8歳も低い。
はっきりいって、アメリカの医療制度は、カスである。
アメリカ人が費やす医療費は年間600兆円だ。日本のGDPを超える金額をアメリカ人は医療費に費やしている。(なお、日本の社会保障費用はGDPの25% 140兆円である。)
収入の20%を医療費に費やしているのは、やりすぎだ。手取り30万円の家計でいうと6万円を医療費に費やしていることになる。
アメリカ人の貧困の原因は医療費だ。
この600兆円もの医療費は、保険会社の社員、製薬会社の社員、医師たちの高給をまかなうために浪費される。アメリカ人は、保険会社のエリート社員と、製薬会社のエリート社員と、エリート医師の豪奢な生活を支えるために、搾取されているのだ。
古き良きアメリカ 民主主義を破壊した黒人解放運動
第二次世界大戦前のアメリカでは、富裕層に税金を課し、労働組合を認めることが ”正しいこと” とされた。これにより、労働者階級が中産階級へと統合され、第二次世界大戦において大規模な戦争動員が可能になった。
アイゼンハワー時代のアメリカは、典型的な民主的文化にどっぷりとつかり、すべての市民の福祉に力を注いだ。
古き良きアメリカを壊したのは、人種差別撤廃を訴える公民権運動であった。
公民権運動は、「白人同士の平等」というプロテスタント的価値観を崩すことから始まった。
白人同士の平等の終わり
プロテスタンティズムは、神により ”救われるもの” と ”地獄に落とされるもの” の2種類の人間が存在すると考える。プロテスタント的価値観には、成立当初から不平等主義が内包されている。
プロテスタント国家であるアメリカが偉大な民主主義国家となれたのは、インディアンや黒人を「劣等人種」として、彼らに対する不平等を「固定化」できたからだ。白人同士が平等であるためには、選ばれしものとしての白人と地獄に堕ちるものとしての黒人を分離する必要があった。
アメリカにおいて黒人問題は、宗教に関係する複雑な問題であり、社会の核心的な部分であった。人種差別とプロテスタンティズムには密接な関係が存在した。それゆえに、黒人の解放が、アメリカの民主主義に大打撃をもたらしたのである。黒人がプロテスタンティズムの不平等の原則を体現しなくなったため、白人同士の平等も砕け散ってしまった。
公民権運動がもたらした民主主義の破壊
1955年にキング牧師が開始したバス・ボイコット運動は、1956年に連邦最高裁が人種隔離を違憲とするきっかけになった。しかし、この連邦最高裁は、民主主義を抑制するための道具として、権力をワシントンのエリートに限定するために作られた機関であった。
公民権運動に応える形で、連邦政府は地方に介入を続けた。連邦政府のFBIが地元の高校や大学に出張して、黒人を差別する地元勢力を屈服させていったのである。
だがしかし、この地元勢力こそが民主主義を支える基盤であったのだ。白人のアメリカ市民は、黒人を差別したいと考えていた。それは正義ではない。だからこそ、アメリカのエリート連中が連邦政府を指揮して、地元勢力を正義の名のもとに屈服させていったのである。
この現象は、民主主義のジレンマを表している。
民主主義で、道徳的な ”不正義” が実行されているとき、エリート連中が民主主義をやっつけて、”正義” を実行することが正しいのかどうか?という問題だ。
アメリカでは、民主主義のもと、大衆の合意と希望により、黒人差別が実行されていた。アメリカのエリート連中は、無知蒙昧な大衆による民主主義を否定して、上から強権的に ”正義” を押しつけた。黒人差別解消運動は、”正しいこと”とされているが、一方で、民主主義を否定し、エリートによる支配を正当化するきっかけにもなったのである。
アメリカのエリート連中は、黒人解放運動を通じて、たとえ民主主義を否定したとしても、そこに ”大義名分” が存在すれば、何ら問題がないということに気がついた。
すべての物事には、表と裏が存在する。キング牧師による黒人解放運動は、絶対的な正義とされている。だが、キング牧師による黒人解放運動こそが、民主主義の衰退を引き起こし、西欧諸国のエリート支配の始まりだったのだ。
リベラル 寡占制の成立
黒人解放運動により、地方の民主主義勢力をやっつけた中央政府のエリートたちは、自分たちに都合のいいようにルールを改変した。
本質的に、選抜されたエリートは、自分たちは優れているという考えを強く持つ。それゆえ、エリートは、隙あらば不平等を正当化し、自分たちに都合のいいルールを作るようになる。黒人解放運動の進展により、エリートに支配された最初の国となったアメリカは、世界規模で不平等の正当化を行うようになった。
アメリカは、世界中に新自由主義を輸出した。イギリス、日本、南米諸国、ヨーロッパ諸国、東アジア諸国と、ほとんどすべての国へ新自由主義を押しつけることに成功した。
富裕層に有利なルールを正当化する新自由主義をもって、アメリカは世界中の国の富裕層と利害を一致させることに成功した。そのうえ、アメリカが整備したタックスヘイブンへ世界中の富裕層の資産を集約することで、世界中の富裕層の資産を人質にすることに成功した。
アメリカ帝国の完成である。
黒人解放運動が、アメリカにおけるエリートへの権力集中につながり、エリートによる寡占制が、世界中の富裕層との同盟を通じて、アメリカ帝国を完成させた。
生き残った上位10%のエリートたち
アメリカにおいても、イギリスと同様、新自由主義は中流階級の衰退をもたらした。アメリカにおいて、中流階級に残っているのは上位0.1%の超富裕層にしがみつき、没落しないことに必死になっている人口の10%の上層中流階級だけである。
累進課税の復活に強硬に反対しているのが、上位中流階級の彼らである。超富裕層の資産の大部分は、そもそも海外のタックスヘイブンに存在しているから、国内で累進課税が強化されようと関係ないのである。
アメリカを支配するのは、社会の上位10%のエリート連中だ。彼らは、年収40万ドル~50万ドル(年収 6000万円から7500万円)を得ている弁護士、医者、学者たちである。
かれらは、アメリカの超富裕層であるトップ400人に仕えることで生計をたてている。アメリカでは、人口の0.1%の超富裕層が、人口の10%の取り巻きエリート連中に囲まれて暮らしているのである。
かれらは、残り90%の自国民が直面する問題などちっとも気にかけていない。自国の民が、麻薬(オピオイド)で汚染され、絶望死に向かって行進しているのだとしても、無関心を貫けるのである。
水増しされたアメリカのGDP
ロシアのGDPはアメリカの8.8%である。ロシア+ベラルーシのロシア陣営と西欧陣営のGDPを比較すると、ロシア陣営のGDPは西欧のたった3.3%にすぎない。
だがしかし、ロシア=ウクライナ戦争においては、ロシアがウクライナを圧倒している。アメリカは、ウクライナが必要とする兵器を満足に生産することができない状態に陥っている。
なぜこのような事態が発生したのだろうか?
それは、アメリカのGDPが水増しされているからだ。
アメリカのGDPは、効率性、さらには有用性すら不確かな「対人サービス」がその大半を占めている。医者、法外な高給取りの弁護士、略奪的な金融業者、刑務所の守衛、インテリジェンス関係者などが含まれる。
2020年、アメリカのGDP統計では、1.5万人の経済学者の仕事を付加価値として計上していた。だが、彼らはほとんどが虚偽の伝道者であり、何の生産活動もしていないにもかかわらず、その平均年俸は12万ドル(1800万円!)である。
このような寄生集団の活動を取り除いたアメリカのGDPはどのようになるか?
医療費はアメリカGDPの19%を占めるが、それでも平均寿命は低下している。アメリカの医療関係GDPは、その真の価値に対して過剰評価されている。工業、建設業、交通、炭鉱、農業などの1次産業、2次産業を除くサービス業についても、医療と同様に過剰評価されている。
これらのサービス業に、0.4の係数をかけてアメリカのGDPを計算すると、一人当たり4万ドル程度になる。アメリカの一人当たりGDPは7.6万ドル(1140万円)から、ガス抜きをすると4万ドル(600万円)にまで低下する。
(ちなみに、日本のGDPは500万円だ)
ドルの呪い
天然資源の呪いとは、特に石油や天然ガスなどの天然資源を産出する資源国が経済発展しづらいことを説明する概念だ。
例えば、サウジアラビアなどの資源が豊かな国を考えてみよう。サウジの天然資源の豊かさとその輸出は、サウジの通貨価値を高めると同時に、経済の他の分野の産業発展を阻害する。石油で大もうけできるというのに、なぜ他の効率の悪い産業を実行する必要があるのか?ということである。
アメリカにおける、天然資源は「ドル」である。アメリカだけは、世界の基軸通貨をコストゼロで生産できる。要するに、ドル札を無限に印刷できるというのに、なぜ他の効率の悪い産業であくせく働く必要があるのか?ということだ。
アメリカは、世界の基軸通貨としてのドルを生み出しているが、無から金を引き出すことができるドルの能力こそがアメリカを衰退させている。
アメリカが生み出すドルは、FRBが運営する輪転機からのみ生じるのではない。中央銀行の貨幣生産量は、わずか5%だけである。残りの95%は、銀行が行う個人向け融資や銀行同士の融資である。要するに、民間が好き勝手にドルの信用を供給しているのである。
だがしかし、2008年のリーマンショックのような危機が発生した場合、FRBが無限に通貨を発行し、システムを救済してしまう。事実上、国家による信用創造が無制限であり続けるのである。アメリカのような無限に信用創造できる国家にとっては、「財」よりも「貨幣」を生産する方がよほど簡単である。
このシステムにおける最高の職業は、信用創造を行う(錬金術士である)銀行家、税務専門の弁護士、銀行家のロビイストなどである。ものづくりに関係するエンジニアは、この放蕩の源泉から離れすぎている。
産業界は、15%の利益率を達成する義務を負っているが、その義務を課しているのは、貨幣を生産している人びとだ。このシステムは、将来を考えて学部や職業を選ぶ若者たちの選択に大きな影響を及ぼす。銀行家や弁護士の収入がこれほど高いのに、なぜわざわざ難しい科学や工学の勉強をする必要があるのか?
この環境こそが、非生産的職業への頭脳流出の根本的な原因である。人びとが法律、金融、ビジネスを好んで学ぶのは、それによってドルが次々に湧き出てくる「聖なる泉」に近づけるからだ。
高等教育を受けた人びとは、弁護士、銀行家、その他多くの見せかけの第三次産業従事者として、社会の富の略奪者として群れを形成する。これは教育の発展がもたらした究極の悪影響である。高等教育の充実は、無数の寄生虫を生み出した。本来は、科学や工学を学び社会に貢献するはずだった若者たちは、医者、弁護士、銀行家となり社会から富を合法的に収奪するようになった。
西欧先進国の労働者が貧しくなった根本原因は、移民ではない。ビジネススクール、経営学、会計学、セールス学の学生数が1980年比で10倍に増加していることに着目すべきなのである。
アメリカがエンジニアを育成できなくなったことは、アメリカ軍の弱体化にも影響する。ロースクールやビジネススクールへの「頭脳流出」が、アメリカの軍事力を脅かしている。敵に対していくら支払い命令や口座凍結をしたところで、戦争には勝てない。ロシア銀行の資産凍結、ロシアの富裕層の資産差し押さえ、ロシア産原油を運ぶ船に対する保険の拒否など、アメリカ側で戦争を主導しているのは、弁護士的なメンタリティなのである。だから、ウクライナで砲弾が不足することになる。
ワシントン村のギャングが世界を支配する
かつてアメリカを主導したWASPエリートは消滅した。ワシントンもロンドンと同じく、カラー(有色人種)化したのである。かつて、WASPエリートは、向かうべき方向や道徳的目標を体現する存在であったが、現在のエリートたちはこうしたものを体現していない。ただ、純粋な権力のダイナミズムによって行動している。
宗教ゼロにおちいったワシントン村の支配者たちは、自らを超越するような思想体系には従わなくなり、所属しているローカルネットワーク(村社会)の力学で行動するようになった。
サマンサ・パワーの華麗なる経歴
ワシントン村の住人の一例として、元国連大使サマンサ・パワーを例に挙げる。彼女は、ジャーナリスト、そして人権活動家として名をはせた。ハーバード大学の教授となり、バラク・オバマの選挙キャンペーンチームに入り、その後、政府の「多文化主義担当特別顧問」になった後、国連大使に任命された。
トランプ氏が政権をとると、彼女はハーバード大学に戻ったが、バイデン大統領が当選すると、彼女は海外援助を担うアメリカ国際開発庁長官に抜擢された。
彼女は一貫して、マスコミ、大学教授、政治家としての仕事にしか携わっていない。これらはすべて選抜されたエリートの代表的な職業である。国際問題の専門家が、エリート村社会を形成することは、世界に重大な悪影響を与えている。
アメリカ政府が対外的に活発であればあるほど、国際問題の専門家の仕事が増える。国の資産がグローバルな問題解決のために費やされるほど、彼ら「国際問題の専門家」の影響力が大きくなる。それゆえ、必要以上に国際問題の脅威を誇張し、軍事力に執着する傾向が生じている。外交トラブルが起きれば起こるほど、彼ら職業集団の利益が増加するのである。
(この点は、大日本帝国の軍人が戦争に、やたらと積極的だったことに似ている)
華麗なるケーガン一族
ワシントン村では、狭い世界の内部でカップルが形成され、やがて結婚する。その代表例としてケーガン一族を挙げる。
ロバート・ケーガンは、過激なネオコンとして有名な大学教授・評論家である。彼の父親は、軍事歴史家のドナルド・ケーガンであり、兄のフレデリック・ケーガンは、軍事史の専門家である。
彼らはすべてイェール大学の出身である。(日本でいうと、富裕層エリートが進学する慶応大学のようなイメージか?)
ロバート・ケーガンの妻は、ヨーロッパとウクライナを担当する国務次官、ヴィクトリア・ヌーランドである。国務次官であるにもかかわらず、「Fuck the EU!」との発言で有名になった人物だ。
ロバート・ケーガンの義理の姉は、「戦争研究所」の創設者であり、所長を務めるキンバリー・ケーガンである。
現在、国家機関の奥深くに秘密の指導組織を見いだそうとする「ディープステート」という概念が人気を集めている。
だがしかし、実態としては、秘密でも奥深くもない。ワシントン村の特定の狭い世界の住人たちが、アメリカの巨大国家機構を指導している。”ディープステート”ではなく、”シャローステート(浅いステート)”と呼んだ方がしっくりくる。
アメリカ合衆国は、制度的には民主主義国家であるが、実質的には貴族が支配するフランス王国やハプスブルク帝国のようになっている。
これをトッドは、寡占制と呼んでいる。
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職業別ギルドによる、より強化な村社会の形成
イデオロギーが衰退していく世界でも、職業は存在する。むしろ、イデオロギーが消滅した影響により、相対的に職業集団の力は上昇する。
例えば、ジャーナリストたちは、以前は対立するさまざまなイデオロギーを持っていたが、いやまただ一つ「ジャーナリズム」主義者になってしまった。彼ら、ジャーナリストたちは、特有の倫理観と関心を持ち、戦争を好む傾向を示す。ジャーナリストにとって、戦争はうってつけのショータイムだからだ。ジャーナリズムだけではなく、警察や軍隊についても同じことがいえる。
日本における ”原子力村” のように特定の職業を基層として、人間関係が構築される。そこに流動性がなくなると、その職業集団の利益を増加させようとする政治勢力が形成される。日本でいうと医師会などがその筆頭である。
強固なギルドをもつ集団は強くなり、強固なギルドを持てない集団は弱くなり、相対的に搾取されてしまう。
西欧諸国のナルシティズム
西欧が始めたグローバル化は勢いを失い、西欧の傲慢さに、世界はいらだちをつのらせている。
BRICs陣営の誕生
ターニングポイントとなったのは、アメリカのサブプライム危機である。アメリカのエリート連中は、返済できないのが明らかな貧しい人びとに、不動産ローンを高い利子で貸し付けて、世界的な金融危機を引き起こしたのである。
サブプライム危機は、アメリカの無責任さと、それに加担したヨーロッパの無責任さをも世界中に宣伝してしまった。この世界的な金融危機に対して、大規模な景気刺激策により世界経済を下支えしたのは、あの中国だったのである。
ロシア=ウクライナ戦争は、日本に住んでいると世界中がロシアを非難しているかのような印象を受ける。だがしかし、実際にはロシアを暗黙に支持する国の方が多いのである。
ロシアのウクライナ侵攻に対して、制裁つきで非難をしたのは、EU、北アメリカ、オーストリア、日本、韓国のアメリカの同盟国・軍事保護国だけであった。
ロシアのウクライナ侵攻に対して、特に非難しなかった国、つまり暗黙のロシア支持を表明した国は、ブラジル、インド、中国、南アフリカなどのBRICs諸国である。
そして、ロシアを孤立させるはずだったロシア=ウクライナ戦争は、むしろBRICs陣営を拡大させることになった。2023年のBRICs陣営の首脳会議では、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イラン、エジプト、エチオピアがBRICs陣営に加わった。
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ロシアに対する制裁を求める西欧は、世界人口のわずか12%を占めるに過ぎない。
BRICs陣営には、アジアの大国であり、人口世界一のインド、世界二位の中国が加盟している。ブラジルは南米における最強国であり、南アフリカはサハラ以内のアフリカにおける最強国である。
西側諸国は、自分たちこそが世界の主だという考えを持っている。メディアも自分たちだけからなる「国際社会」に固執している。ヨーロッパとアメリカは、自分たちの ”道徳の優位性” を心の底から信じている。
ロシア=ウクライナ戦争で、西欧のメディアや政府は、中国がロシアに対して制裁を行うことを期待していた。だが、戦争前の10年間、アメリカはロシアよりむしろ中国を最大の敵国とみなしており、中国共産党の指導者たちは、ロシアの次は自分たちだということを認識していた。この状況において、中国がロシアではなくNATO側につくことを、政治指導者とジャーナリストは期待していたのである。
これは、西欧こそが明らかに優れており、正しく、それゆえにその他の国々は黙って従うべきだ、という強烈なナルシティズムを示している。
「その他の世界」がロシアの勝利を望む理由
西側諸国とその他の世界には、明白な経済対立が存在する。
結局のところ、グローバル化は、「西側諸国による世界の再植民地化」でしかなかった。1880年から1914年に比べると、一見して目立たないが、当時よりもずっと効率的な搾取構造が存在している。
経済のグローバル化は、ビンボーなその他の世界において、産業と中流階級を発展させることで潜在的に民主主義の発展を支えると言われている。実際には、西側諸国は、自国の産業を「その他の世界」に移転して、低賃金労働者たちを搾取しながら「世界のブルジョワ」としての生活をするつもりだった。
西側諸国の労働者たちは、中国人や「その他の世界」の人びとの労働で豊かな生活をおくるようになった。人びとが消費するものは海外から輸入された安価な”モノ”になったのである。西側諸国の先進国においては、社会「全体」が中国やバングラデシュの低賃金労働者を搾取しているのだ。
西欧諸国の労働者は、生産者としての価値観を奪われ、社会的有用性を失い、アルコール中毒やオピオイド中毒になり、絶望の末に自殺に追い込まれている。だがしかし、それでも彼ら不幸な労働者も、グローバル化から生じる超過利潤で物質的には豊かな生活をしているのである。
搾取する西欧諸国(西側諸国)と搾取される「その他の世界」の経済的な対立は、現実のものである。
ロシア=ウクライナ戦争における、対ロシア制裁、すなわち西側諸国が用意した「踏み絵」は、かえって「西側諸国」と「その他の世界」の対立構造を激化させた。
アメリカ帝国は、「その他の世界」における支配者階級の資産をアメリカが管理するタックスヘイブンに誘導することで、間接的に「その他の世界」を支配するはずだった。
だが、アメリカ帝国はタックスヘイブンと、現地の超富裕層を通じた間接支配に失敗してしまった。ロシア人の国外資産の差し押さえが、世界中の大国や中小国の超富裕層たちに恐怖を与えたのである。アメリカ帝国のタックスヘイブンが、安全な資産の保管場所ではないと気がついた「その他の世界」の超富裕層たちは、アメリカという捕食国家から逃れることに必死になった。
つまり、アメリカが行なったロシアへの経済制裁(ロシア人の国外資産の差し押さえ)は、かえって「その他の世界」の支配者階層と民衆との距離を近づける結果となった。
まとめ:西欧諸国の敗北要因
1.宗教の喪失
宗教ゼロ状態におちいった人間は、どのような価値観も信じることができなくなり、「今だけ、カネだけ、自分だけ」というニヒリズム状態に陥る。各個人が分断され、ニヒリズムにおちいったことで、西欧諸国は集団として極めて脆弱になった。
2.エリート主義の副作用
高等教育を受けて、超高倍率の選抜試験をうけたマスコミ、政治家、大学教授などのエリートは、「自分たちは真に優れている」という選民思想を生み出した。結果、エリート連中は国民の9割を占める大衆のことを、いっさい考えなくなった。