吐かない男
「なぁ頼む。そろそろいいんじゃないか?」
「吐いて楽になってくれよ」
こいつは反応しない。
ずっとこの調子だ。
もう手のつけようがないからうちにこの役目が回ってきたらしい。
割の悪い仕事だ。せめてこいつが予想以上の働きをしてくれたらいいもんだが、そんなもん期待する方がばからしい。うちに与えられた仕事はこいつを吐かせて無事大事なもんを然るべきところに届ける。それだけ。
こんな業界だ。しっかりとした決まりがある。自分の領域以上のことはやっちゃいけねぇ。
こいつがこの後どうなるのか知らないがそれは俺の知ったことじゃない。
それにどれだけバカなことしても破っちゃいけねぇラインってもんがある。
こいつはそれを破ったんだろう。楽して生きようってのがミエミエだ。
仁義が大切なんだ。まぁ最近じゃその仁義とやらも古臭いとかなんだかで声を荒らげてるやつも多いが、そう自分の思いどおりにはいかない。仕方がない。これが現実ってやつだ。噛みつく相手を間違えちゃいけねぇ。まぁ噛みつけるだけ若いってことでもあるがね。
おいまだか。
そうだ隣には早く吐いてほしいと願うやつがいるんだった。下手に目をつけられてもめんどくさい。やはりここは手短に終わらせたい。
「おい聞こえているかい?
こんだけやっても無駄なんだ。もう優しくするのはしまいだ。
次はエモノでも使って痛めつけるしかないよ。
おれの給料もそう安くない。君に時間を割くだけ無駄なんだよ」
声にならない声を上げている。
「んーーーーー!!!!!ンーーーー!!!!」
「はぁ。じゃあ最後のチャンスだ。もうこれっきりだよ」
どうやらこんな怖い顔をしていても体に傷をつけられるのは嫌なようだ。
残念だ。忠誠心というものはないんだろうか。
おれは背中を思いっきり叩いてやった。すると彼はあっさり吐いた。
こんなものか。こんな下っ端を抱える彼の上司はかわいそうだ。
「先生ありがとうございました!」
「いや、わたしは仕事をしたまでですよ。夜道に気をつけてくださいね。」
もう深夜も2時。どうしてこんな時間に喉をつまらせて急患がくるのだか。
この記事が参加している募集
1.あれば嬉しい。なくても別に問題ない。ちょっと自由がなくなるだけ。 2.あったらあったで意外と困る。暇してるときに無駄に使いがち。 3.使えばいろんなものが手に入る。何をするにも必要。 以上、『時間』の説明でした。