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エッセイ:語学の検定試験こもごも
ある日のこと。英語の授業でいきなり先生からこういわれた。
「Anna,英語検定を受けていらっしゃい。学校では年に一人、英語検定を受けていい事になっているの。来週の土曜日だから、資料にある場所で試験を受けてね」
今から約40年前の話なのだが、当時筆者は海外のインターナショナルスクールに放り込まれ、英語を外国語とするEFL(English as Foreign Language)というクラスで英語の授業を受けていた。EFLにはもう一つクラスがあり、一つ上のクラスでは国が定める通常の授業が行われており、課題図書を読み、レポートを書く、という授業が行われていた。
筆者は一つ上のクラスに登録していたのだが、「字が汚い」という理由一つでクラスから追い出され、一つ下のクラスに入ることになった。
このクラスでは簡単な文法と、たまに出るA4サイズのノート一ページ分のレポートが宿題に出る程度で、正直な事を言うと簡単で退屈な授業だった。手書きのレポートは字をとにかく細く書いて時数を沢山稼げるように工夫していたが、それでもA4一ページだと限りがある。恐らく300文字程度のレポートしかかけていなかったと思う。副読書などは無く、高校生の英語の授業で1冊の本も読まず、レポートすら書かない授業に不安を抱えざるを得ない日が続いていた。
試験を受けるように言われたその日、筆者は他の先生から試験会場の地図を受け取った。「頑張ってね」とは言われたものの、どんな試験を受けるのか皆目見当がつかない。
そう言った所、先生は一冊の本を渡して仰った。
「この本出て来る内容に近いものが出て来るからね」
筆者は学校の前庭の敷石の上で本を広げた。題名は「ケンブリッジ英検・ファースト」というもので、パッと見た所では日常に出て来る会話などが出て来る様だった・
夢中で本の中を見ていると、目の前に誰かの靴が並んでいるのが目に入った。
見上げるといつも仲良くしてくれている同級生たちが並んでいる。
「こんなところで何やってんの」一人が言った。
同級生たちには、来週の週末英語検定を受ける様学校から言われていると告げた。
昨年も一人誰かがこの試験を受けたと聞いており、一年に一回,学校が認めた場合には受けられる試験の様だと説明した。
本を見た同級生は、「こんな簡単な事・・・」と絶句していた。
英語が母国語の同級生からすると、あまりに簡単すぎて受ける必要があるのかと思ったらしい。
一見して簡単そうに見えるが、内容は読解とリスニング、筆記と会話があり、特に筆記と読解は日本の中学から転校して以来まともな読解や筆記をやっていなかった筆者にとっては気が重くなるものだった。
試験当日は、市内にある大学に出向いての試験となった。
午前中にリスニングと筆記、読解の試験があり、午後に会話の試験があった。
試験会場には5人ほどの人がおり、筆者と同世代位の人が一人、後は20代から30代程の人達がいた。
予想していた通り筆記は難しかった。自分の考えをまとめてレポートにするだけなのだが、これまでのEFLでやっていたものとは異なり、観念的な課題に関して文章を書かねばならず、語彙が追い付かなかった記憶がある。
午前中ですべて終わるだろうと高をくくっていた筆者は、当日昼食を持って行っておらず、その日は昼食を取ることが出来なかった。大学だから学生食堂などがあるだろうと思っていたが、当時筆者が住んでいた国では土曜日の午後にはすべて店が閉まるため,何の食べ物も調達することが出来ず、結局水を飲んで空腹を紛らわせた。
空腹は人を不機嫌にさせる。
午後に始まった面接で筆者は不機嫌の最高潮に達しており、面接官から「どこに住んでいますか」の質問にもまともに答えようとせず、「市内より遠くです」とぶっきらぼうに答えた。態度も悪く、椅子に浅く腰かけて足を汲んでいる筆者を見て、年若い面接官の人はそれに合わせてくれ、ご自分も机の上に座り、「市外と言っても色々あるよ」と仰ってくれた。
自分の住んでいる場所を言ってストーカーに遭った経験のある筆者はどうしても自分の住んでいる所を言いたくなく、正直にそのことを話し、大体市外の北東の方だと答えるだけにした。面接官の人がある程度聞いて納得してくれた時点で、本当の面接が始まった。
複数の主題を出してもらい、その中から選んで自分の意見を言う、というものだった。
筆者はロンドンの交通事情についてを選び、ストライキなどが多発していたロンドンの地下鉄やバスなどは、従業員の待遇の向上や実地訓練を行った方が良いのではないか、また経営側と労働者がどうしても折り合わないのであれば、国営ではなく民営の企業にして、有能な経営陣にして現場を活気づける方が良いのではないか、といった意見を出してみた。
面接官からは、労働者の意見をそのままくみ取っていいのか、労働者側にも問題があるのではないか、仕事に熱心に取り組んでいない、無断欠勤などがあるのではないかという意見を貰ったが、筆者は労働者が熱心に仕事をできるような環境は経営側も参加して用意する方が良いと主張し、賃金だけではなく労働環境の改善も求められているのであれば、その改善には経営側が耳を傾け、現在の経営陣では対応できないであれば、交代そることも考えてはいいのではないか・・・・とそんな話をした記憶がある。
模範解答などとてもできたものではないが、とりあえず面接は終わり、ようやく部屋の外に出ることが出来た。時刻は15:00を回っていた。空腹に耐えきれず、その日はまっすぐ家に帰った。
翌週、学校から借りていた本を返すときに、先だって会った同級生と一緒になった。英語検定の本を先生に返しに行くと言ったら,そのまま付いてきた。
先生に本を返したところ、試験はどうだったかと聞かれた。
正直に難しかったと答えた。
筆記と読解はてこずり、今まで読んだり書いたりして来ていなかったぼろが出た,と話した。日本の高校に行っていた方が、読み書きについてはまともな教育が受けられたはず・・・などと余計なことまで行ってしまった。
それを聞いていた同級生が、自分も試験を受けてみようかなどと言い出した。
イギリスとフランス系の血を引くその子はイギリスに住みながら家の中ではフランス語を使っていると言う。母語は英語の子だった。
英語の試験は受けるだけ無駄になるし、フランス語を家で使っているならそれも試験をわざわざ受ける必要はないのでは・・・と返事をした。
数週間後、英語検定の結果化が出て、筆者はEFLの上のクラスに出るお許しが出た。
その頃には現代文学の授業は終わり、古典文学の授業が始まった所だった。フランスの古典を英訳した本が教材で、英語だけではなく100年以上前のフランスについても知っておかねばならず、付いて行くだけでも必死の日々が始まった。とにかく睡眠時間を削って本と取り組む日々が始まった。
数週間後、「検定試験を受けたい」と言っていた同級生は、フランス語の検定試験を受けると言っていた。フランスに行くのかと聞いたら、本決まりではないけれども、検定は受けておいて損はないと言っていた。
語学の検定試験は、ある程度の指標を示してくれる。
筆者が始めてケンブリッジ英検のファースト(現在でいう所のB2 First)を受験した時は,確か成績がB判定で、英語の本を使っての授業にギリギリで出られるレベルの結果だったと聞かされた。
インターネットなどが無かった当時、事前に何かを調べたり音声をYoutubeで聞いたりすることなど不可能だったので、頼れるものは学校から借りた本一冊だった。それでも本を読む授業に参加できるようになっただけでもありがたい事だった。これが叶わなかったら、筆者はまともな本をあまり読まないまま高等教育を終えなければいけなかったかもしれない。
フランス語検定を受けると言っていた同級生がその後どうしたのかは分からないが、風邪の噂ではフランスで進学したと聞いた。
語学検定は山の様にあり、様々な言語の検定試験が世界各国にある。
日本国内にも日本語検定や漢字検定など様々な検定試験がある。
筆者が学校から試験を受けるように言われたように、おそらく日本国内で学校に通う生徒の中には日本語検定が必須になっている学生さんもいることだろう。
高校や大学などでの教育を海外で受ける時には検定試験を受けて今の自分の語学レベルを提示する必要も出て来るだろう。
英語だけに限って言うと有名なTOEFLやTOEIC,IELTSなど、検定試験は山の様にある。
学生として試験を受けるのと、社会人として試験を受けるのには現在は様々な違いがあり、ビジネスに特化した試験まで用意されている。
目的が明確なのであれば事前対策もしっかりできるだろう。
しかし、筆者は試験の一週間前に受験を言い渡され、すべての課題に対して準備をすることは殆どできなかった。試験はその時の筆者のレベルを計るものとして学校は捉えていたようで、事前に準備は必要ないとまで言われていた。
現実の世界では、語学の試験は時として進学や就職にも影響する。
現在の筆者の場合でも、語学試験は数年に一度受けておかなければならない立場だ。
次の仕事に影響するような職業に付いているからである。
現在は一年に一度のペースで英語の試験を受けてはいるが、毎回思うのが毎日のコツコツとした積み重ねがものを言うと本当に思う。
しかし、結果が出せた時の喜びは大きいものだ。
何も知らされていないまま受ける試験と、自分の意思で受ける試験は、全く違う。モチベーションや目標がはっきりしているからだ。
試験会場では学生さんから社会人まで多くの人が受験をしている。
願わくば、試験会場にいる人たちが全員,力を出し切ったと思える結果につながると良いなと思う。空腹で不機嫌だった筆者が態度の悪い面接を受けるよなことは、他の人にはやってほしくは無いものだと切に願う。
Noteでのこれまでの連載をAmazonで本にまとめています。
ご興味のある方、一度覗いてみてください。