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短編小説:インターナショナルスクール:日本人と話さない日本人生徒


その朝はどんよりと曇っており、雪でも降りそうなくらいの寒さだった。
カーテンを開けるとようやく朝日が昇ってくるのがわかる。

昭和六十一年。一月のロンドンの朝はその暗さに気の滅入るものだった。温かい寝床から起き出し、朝食をとる。出かける支度、といっても筆箱と小さいノートとお財布、そしては母が作ってくれたお弁当を入れるだけだ。
 
「じゃあ行ってきます」
「気をつけてね」
「うん」
 
そう言って母が送り出してくれた。

その日は語学学校の初登校の日だった。寒くないよう、綿入りの黒いロングコートを着て、寒空の中最寄り駅まで歩いた。徒歩十分の所にあるその駅は、一旦入ってしまえば、人息れですこし暖かい。私は昨日買った定期券で改札をくぐると、プラットフォームまでのエスカレーターを降りて行った。

第二次世界大戦中は防空壕の役割を果たしていたと言うそのエスカレーターは相当に深く、こらえ性の無い私は左の歩いて良い側を使ってエスカレーターを駆け下りた。
 
ロンドンには多種多様な移民や何世代も住んでいる多種多様な人種がいる。
 
かつてイギリスは七つの海を制して多数の植民地を抱え、第二次世界大戦後にかつての植民地から大勢の労働者を移民として受け入れた。

第二次大戦以前からも家族を伴って移り住んできた移民はおり、100年以上前からロンドンに根を下ろしてもう何世代にもなる。そんな多種多様な人種が暮らすロンドンでは、白人だけと顔を合わせるなどありえない事だった。
 
そんな人種のるつぼの街では、肌の色や顔の形だけではどこの出身か分からない人も大勢いる。いや、人種のことなどどうでも良くなるほど通学路や地下鉄では多様な人種に出会うのが日常だった。

インターナショナルスクールには,ランゲージ・ユニットと呼ばれる語学学校が付いている。通常の英語の授業に付いて行かれる様になるため,英語に不安がある生徒はまずここのクラスで英語の勉強を始める。

言葉に問題が無くなってきたら、徐々に数学や体育のクラスなど英語をあまり使わない科目から通常のレッスンを受けるようにしていく、という流れになっていた。

私が今日からお世話になるのは進学して本科に入るための語学クラスだ。最短で三か月。三か月経ってもレベルが上がらないといつまでたっても本科に進めない。いつまでかかるのかは自分次第。自分は日本の中学の途中までしか英語教育を受けていない。果たしてそんなレベルで付いて行けるのかは皆目不明だった。

地下鉄に乗って数駅。深いプラットフォームから上がって外に出る。目印の文房具屋さんの看板の下には「語学学校」と書かれた看板が出ていた。

ドアを開け、細くて狭い螺旋階段を上がり、またドアを開けると急に明るい世界が飛び込んできた。

真っ白な壁にオレンジ色の薄い絨毯の敷かれた廊下が左右に伸び、右側はどうやらカフェテリアの様になっている様だ。
 
約束の九時半よりも少し早く来てしまったせいか、廊下には人の気配がなかった。もしかして教室に誰かいるかもしれないと思い,教室の入り口にあった小さな窓から中を覗こうとした瞬間、後ろから呼び止められた。

「Hello! Are you the new student?(あら,新入生?)」

五十がらみの黒い巻き毛の優しそうな女性が後ろに立っていた。ランゲージ・ユニットの先生だった。

はい、と答えると

「Come along to the staff room and make yourself comfortable. You are Mayumi, right?(職員室に来てゆっくりしていきなさい。真由美よね?)」

イエスというと、

「The lesson starts at 9:30. You still have a few more minutes to go. I will show you to the class when ready.(授業は九時半に始まります。授業まであと少しあるわよ。準備が整ったら教室へ案内しますね)」

という答えが返ってきた。

そのうち、どやどやとした大きな足音と、ノンストップのおしゃべりが聞こえてきた。

そしてスタッフルームの前を通り過ぎる時に、その子たちは大きな声で挨拶をしていった。

「Moring, Mrs. Pat !(パット先生おはよう!)」 「How are you today?(ご機嫌いかが?)」

そのまま、さっき私が覗こうとしていた教室に入っていった。女の子と男の子が数名ずつ。背の低い子もいれば背の高い子もいる。

時間が来て、私はその教室に通された。

12歳から15歳までが同じクラスになるそうで、中には本当に幼くまだ子供と言っていいくらいの生徒から、自分と同じ14歳くらいの子もいる。私は空いている席に促されて座った。チャイムの音と共にEmilie先生が現れ、円陣を描いた机のホワイトボード側の席に座った。
 
「So, you are Mayumi, then?(それじゃあなたが真由美ね?)」

イエスと言うと、

「Could you introduce yourself to the class, please?(自己紹介してもらえますか?)」と言われた。
 
日本の中学では会話のレッスンなどしたことも無い。
焦ってもごもごと言い淀んでいると、先生がピシっと言った。
 
「Mayumi, while you’re at this class, do not worry about pronunciation. I have experience of teaching Japanese students, and they all care about pronunciation too much. Please speak up, and I will try and understand you」
 
ここまで聞いて私は安心した。I will try and understand you。頑張って理解してあげるから。
 
先生が生徒を理解しようとしてくれる。こんなことは日本の中学の英語のクラスでは考えられなかった。
 
日本の中学に来ていたJETプログラムで来日していたアメリカ人英語教師たちの事がすぐ頭に浮かんだ。生徒の学習理解度が低いと自分の成績に影響する。それを嫌がって発音の悪い生徒がいると制服の上から思い切りつねって外から見えない所に青痣を付ける陰険な人達。発音が悪ければ耳も傾けないJETの先生達とは真逆の発想のこのEmilie先生には、目から鱗が落ちたような気がした。

つたないながらも、何とか自分の名前と日本では山の近くに住んでいたこと、兄がいること、今回イギリスに来たのが初めてで、飛行機に乗ったのも初めてだったと伝えた。

クラスの仲間は皆気さくで、すぐに仲間に入れてくれた。まだ少し幼い面影の残るクラスメイト達は中東出身者が主で、その他日本、アフリカのアンゴラ、インドネシア、南米のブラジルから来た生徒たちもいた。

「You said you’re from Japan ? I’m from Iran」

隣に座っていた子が話しかけてきた。

「イラン?」

「That’s right, Iran. Iranian people love Japan, you know」

「ワイ?」

「Because of OSHIN !!」

周囲の子達からも歓声が上がった。
 
「You know, Oshin has stopped Iran and Iraq war!]

「ジョーク!?」

「No, I'm not joking. When Oshin was broadcasted on TV, all the fight stopped at once and everyone – even the soldiers stopped fighting! We had at least twice a day without missiles shooting up above our heads !」
 
テレビドラマの「おしん」。子供の頃に再放送も含めて何回も見たドラマ。海外でも有名になっていると聞いた事はあったが、まさかこんなところで聞くことになるとは思ってもいなかった。

休み時間や昼食時間もクラスの人達と過ごしていてふとあることに気が付いた。
 
イラン出身の人たちは、休み時間でも全員英語で話し続けていた。私が席を外したときだけ母国語で話し始めるが、私やポルトガル語を話す子達が入ってくると、途端に英語に切り替える。

なんてありがたいんだろう。

これでみんなの母国語で話されていれば完全に置いてけぼりになるが、彼らは違った。自分たちの母国語であるペルシャ語が分からない人がいれば、必ず自分たち同士でも英語で話していた。

一番小さい子は12歳。その子達に合わせて授業が進んだが、どれも日常生活で使えそうな言葉ばかり。時々「自己表現」のクラスで、俳優さん達が行うボイストレーニングや発生方法、早口言葉や単語を一音一音はっきりと話すトレーニングまであり、遊びを交えながらも授業が進んでいった。

その日丸一日、英語を浴びるほど聞いた私は、夕方になって軽い発熱が出た。
いわゆる知恵熱と言うものだろう。

一週間、文法やディスカッション、レポート書きなど様々な授業があった。英会話の授業は特に設けていないようで、会話はすべてディスカッションや、二組に分かれて行う討論などで喋ったもの勝ちという具合に毎日が進んでいった。

分からない言葉があれば皆でどんな意味か確かめる。上手く言葉で言い表せない子がいても、辛抱強く言葉がでるのを待った。
 
学校のスタッフの中には日本人の方と結婚されている人もいた。スクールバスのドライバーのマークさんという人だった。
 
マークさんはまだ英語のおぼつかない私に気を配ってくださった。私が分からない言葉があると、わざわざご自宅に電話をして分からない英語の意味を伝えて下さる。ありがたいと噛み締めると同時に、ご家族の時間を取らせてしまったことに申し訳なくも思った。もっと自分の力でどうにかしたい。そんな気持ちが高まったのも事実だった。


途中から何人かの日本人学生がランゲージ・ユニットに入って来た。

時は1980年代のバブルの最中。海外進出をした日本企業は多く、家族を帯同してこの国にやってくる日本人家庭は年々増えていた。そしてこのランゲージ・ユニットにやってくる日本人の生徒は大勢いた。
 
小学生の子、中学生の子。様々な学年の子がおり、兄弟で来ている子達もいる。地元の学校に進学する前の足慣らしとして来ている子達が多くいた。

クラスが違う子もいたのだが,休み時間には他の国の子達も交えて一緒に遊んだり、先生とのコミュニケーションで問題があれば皆で助け合ったりなどして、皆仲良く良く支えあっていた。二か月ほどで地元の学校に進学していく子達とは、短い時間だったが別れが寂しくなる出会いだった。
 
そんな中、私と同様本科に進む子も僅かばかりいた。

由美ちゃんという子で、中学一年生だった。イギリスの義務教育であるGCSEにかろうじて間に合う年齢だった彼女は明るい性格で、英語に自信がなくとも周囲の他の国の子達とかかわっていく積極性のある子だった。学年が違ってはいたが、本科に移った後でも放課後に無事を確かめ合うなどして、細々と関係が続いた子だった。
 
由美ちゃんは律儀な子で、毎朝私の教室の入り口から「真由美ちゃん、おはよう!」と声をかけてくれる。私もおはよう、と返す。
 
周囲は外国語を吸収しようと熱心なクラスメイトばかりだ。いつの間にか何人かが「おはよう」を覚えた。同時に私も周囲の挨拶言葉を覚え始めた。ペルシャ語では「サラム」。
 
イラン人の人懐っこい子が、ある日の朝私に,「Mayumi, Ohayou!」と声をかけてくれた。私も嬉しくなって、「Wow, Kamir! Salam !」と返した。周囲の日本人とイラン人の子達が笑ってこちらを見ていた。
 
こんな私たちに先生方から特に目くじらを立てられることは無かった。英語だけではない、他の国の単語を覚えてしまうのは語学学校では珍しい事ではないのだろう。
語学学校での生活は五カ月。その年の九月から本科のクラスに移ることになった。

その三か月前から、数学や体育など言葉に重点を置かない科目は本科の授業に出させてもらっていたので、本格的に本科に移動する前から何人かの子達とはすでに顔見知りになっていた。お蔭で移動した際もスムーズにクラスに入ることができた。

本科の授業は厳しい。
 
というよりも同級生が休み時間に話している言葉が全く分からなかった。授業で先生方が話している内容は何とかついていけても、休み時間に周囲が話していることは始めのうちはさっぱり分からなかった。

本科の校舎はランゲージ・ユニットと別の場所にあり、市内二か所にある校舎での授業と授業の間はスクールバスで移動する。

この移動が楽しみの一つになった。バスの運転手は二人いて、イギリス人のマークさんとジャマイカ出身のジョセフさん。日本人の奥さんのいるマークさんと、音楽の道を志しすジョセフさんは,バスの送迎の度に楽しい話をしてくれた。

ロンドンが移民の街だからだろうか。学校の中も様々な人種がいた。しかしそれがネックになって「違う人種と勉強するのはいや」という子たちは、早々に転校していくのが常だった。

4年生にはほぼすべての人種がいたと言っていい程、みんなのバックグラウンドが違っていた。でも人種が違うから付き合いたくない、という人は見当たらなかった。アフリカ出身の子。中東の様々な国から来た子。ヨーロッパから来た子。インドや東南アジアから来た子。そして中国や日本などの東洋から来た子。付き合わない子がいるとしても、性格的に合わないからと言う理由だった。

日本から来た男の子は、私と関わり合いになろうとはしなかった。

一言もしゃべらないし、完全に無視されていた。クラスも選択科目が殆ど違うので接点を持つことは無かった。

小さな学校だったが、私たちの学年は総勢20名ほどがひしめく大所帯だった。

ランゲージ・ユニットの使う教室は、通常クラスで使う理系科目の教室の傍にあった。
ある朝、一時間目の化学の授業で教室に行く途中、ふと私は話しかけられた。

「ねえ、日本人?」
 
おや、日本語だと思って「うん」と言うと,「ランゲージ・ユニットはどこ?」と聞かれた。

多分ランゲージ・ユニットの初日なんだろうな、と思い、先生の居る職員室の場所を教えると、

「ふーん、ありがとう」とぶっきらぼうに言ってその場を立ち去ってしまった。

何なんだろう、あのぶっきらぼうさは。
一瞬私は戸惑ったが、朝一番の授業が始まってしまう。私は大急ぎで教室へと走った。
 
カーラーでしっかりと固めたのか、くるりと外側に丸まった前髪と、背中まで届くストレートの髪、紺色のかっちりとしたスーツだけが印象に残った。私服の学校でスーツを着ており、特徴のある変わったカールの前髪も珍しいものだった。

月日が流れ、一学期の試験後のクリスマスパーティも終わり、短い冬休みの後、もう一人の日本人の子がクラスにやって来た。
 
Kaoruという名前で,半年ほど前にランゲージ・ユニットで一瞬出合った女の子だった。日本では高校一年生まで行って、折角入学した高校を辞めて転校してきたそうだ。初めて出会った日と同じくくるりと外巻きにした特徴のある前髪と、紺色のかっちりとしたスーツに見覚えがあった。高校レベルの英語ができるという事でランゲージ・ユニットは早めに切り上げて本科に入って来た。
 
彼女が入って来た初日に,私は廊下で挨拶をした。
 
「こんにちは!以前ランゲージ・ユニットで会ったよね。覚えてる?」
 
Kaoruは不愉快そうにこちらを一瞥すると一言放った。
 
「私,日本人とは関わらないから」

半年の間で何があったのかは分からない。日本人とはかかわり合いになりたく無いのは明白で、同じクラスになっても挨拶もしなければ目も会わさない。
 
日本語を話すのが嫌なのかと思った。英語で話すのなら乗ってくるのに違いない。そう思った私は、いつも教室の隅にぽつんと座っているKaoruを引っ張り出しては、クラスメイトとのおしゃべりに巻き込こもうとした。
 
しかし、これもうまく行かない。そもそもKaoruはクラスメイトに自分から近づいて行こうとしない。日本人どころか周囲とかかわろうとしない。彼女を慕っているインド人のParolが特に気にしていた。「Why dose she keep distance from us?」と。
 
Kaoruがいつものように教室に入ってきて誰にも目もくれず一人で座ろうとする。そこで、私は、「Hi Kaoru!」と声をかけてみた。しかし返事はない。
 
他の同級生の女の子たちも同じように「Hi, Kaoru!」と挨拶をする。
 
しかし、Kaoruは無言のままだった。こちらに目を合わせようともしない。
 
「Is anything wrong with her?」Parolが心配する。
 
「You‘d better go and find out」Maureenが言う。
 
ParolはKaoruが座っている教室の隅まで行き、話し始めた。
すると、ものの数分も経たないうちにParolがこちらを向いて「Mayumi!」と手招きする。
 
何だろうと思って行って見ると、「Can you translate?」と聞かれる。
 
「I don’t think she need translation. Could you tell me what did you say to her?」
 
「I asked her why she didn’t reply to us」
 
そこで、私はKaoruに話しかけてみた。
 
「Why didn’t you say anything when we greeted you, Kaoru ?」
 
しかしKaoruは返事をしなかった。
 
「We called your name, Kaoru. Didn’t you hear that ?」
 
「マイネーム?」とKaoruが言う。
 
「Yes! We called your name ! 」
 
そこでKaoruは日本語で話し始めた。
 
「私の名前なんて言ってたの?」
 
「Yes ! We’ve been calling you “Kaoru”. It may sounds like “Kyaoru”, but that is how your name sounds in English」
 
どうやら英語読みの自分の名前が分からなかったようだ。
 
しかし、それ以降、友達と話しているたびに「何言ってるか本当に分かるの」と日本語で聞いてくるようになった。
 
これは困ることだ。せっかく英語が母語ではないクラスメイト同士で話しているのに、途中で日本語で話しては失礼にあたる。周囲が会話に参加できないからだ。

Kaoruは日本人に関わり合いになりたくないと言いながら、分からない単語があるとすぐにこちらに日本語で意味を聞いてくる様になった。その間、周囲の日本語の解らない人は置いてけぼりだ。こちらが答えても「ありがとう」の一言も無い。

日本人とは関わりあいたくないが、分からない単語は日本語で聞いても良いという態度をKaoruは崩さなかった。
 
自分が辞書代わりに使われるのに納得がいかなくなった私はKaoruへの返事は全部英語で返すことにした。

これは上手くいかなかった。

日本人同士だと英語で話すというパターンにはなかなかならない。

日本語が出来ない人が同席していても、「ちょっとすみません、日本語で話していいですか」の一言さえないまま日本語で話してしまうパターンはよくあることなのかもしれない。「日本人同士なのに何で英語で話さなきゃならないの?」という、日本国内では至極全うな理由。

けれどもこれは多国籍の人がいる環境では失礼な態度になってしまう。
どうしても日本語で話さなければならない時は、できる限り英語で「一瞬日本語で話していいですか?」と周囲に伝えるようにした。けれどもあまりにしょっちゅう単語の意味を日本語で聞かれるのは骨の折れることだった。

授業中も「まだクラスに入りたてだから」と、Kaoruと隣同士で座る様に先生から指示されることもあった。
 
生物の授業にKaoruが初めて加わった時、先生からKaoruの隣に座って手助けをするように言われた。
 
始めての授業なら、Koaruもしっかり集中して授業に耳を傾けるだろうな、と思っていた。
 
しかし授業中、先生が説明していて集中しなければいけない時に限って「ねえ、本当に先生の言っている事、解る?」と何度も聞いてくる。何か専門用語が分からいと言うならまだ理解できるのだが、先生の仰っていることが全面的に分からない、と取れかねない発言だった。
 
こちらも集中して先生の言う事に耳を傾けなければ授業には着いていけない身だ。横から口を出され過ぎれば先生の言っていることが聞こえなくなってしまう。申し訳なく思いながらも、静かにしてくれるよう頼まなければならなかった。

また、他愛のないおしゃべりで私がKaoruの知らない単語を使うと、「何でそんな単語知ってるの」「どうしてそんな単語を知ってるの」と日本語で話しかけてくる様になった。
 
私は混乱した。
 
結局、Kaoruが日本人と関わり合いになりたくない、とはどういうことなのかが分からなかった。

一緒におしゃべりはしたくなくても、分からない単語が出て来ると自分で辞書を引くなどして解決するのではなく、意味をこちらに日本で聴いてくる。

分からない単語の意味を英語で聞いてくるならまだ理解できるのだが、質問は頑として日本語を貫いてくる。授業中や休み時間などは別々の友達と喋っていたのだが、何か分からない単語が出て来ると、こっちにその意味を日本語で聞いてくる。それもかなりの頻度でだ。これでは体のいい和英辞書にされているのに変わらない。

日本人と関わり合いになりたくないのならすべて自分でどうにかする。そう言った気概は感じられなかった。このままずるずると辞書代わりにされるのは嫌だったし、周囲の日本語が分からない同級生にも失礼だ。腑に落ちない日が続いた

ある日、生物のクラスの復習で私が先生にあてられて、植物の光合成について話さなければならなかったことがあった。
 
“Photosynthesis is a process of converting the light energy into chemical energy through respiration. The plants have stomas on their back of leaves, and they inhale carbon dioxide, and exhale oxygen”
 
復習はしていたので光合成には二酸化炭素と酸素の呼吸(Respiration)が必要だ,と理解はしていたのでつたない英語で言ってみたところ,「その通り」と先生に言われた。

すると離れた所に座っていたKaoruが、質問をした。

“What’s inhale?”

クラスの全員がこちらを見て、私が訳すのを待っている。

授業中、しかも日本人が二人しかいないクラスでの質問だったので,英語で答えた。

“It means to breath in the air”

するとKaoruはもう一つ質問をしてきた。

“What about the other one ? Ex何とか?“

“ Ex WHAT ??”
 
私は思わず言った。「何とか」などと言ったら日本語が分からない人は話に着いていけなくなる。

ここまで聞いて、周囲のクラスメイトが文句を言い始めた。
 
「This is not Language Unit. You shouldn’t be asking such questions」
「Didn’t you revise the lesson at all ?」
 
するとKaoruはこう続けた。

“Parol and Reza said her English is not good, and I agree with them. I think she is speaking wrong”

同級生のうち,数名がその子には私の英語が上手くないという事を話していたようだ。

その為、私の英語がつたないから間違った事を言っている。そして‘inhale’や‘exhale’といった単語が生物の専門用語として間違った単語。つまり、私が間違った英語を使っているとクラスの前で証明したかったようだ。
 
英語は上手くなくても、授業には何が何でも付いて行く。それしか考えていなかった私は、Kaoruの言う事が腑に落ちなかった。それどころか英単語一つを取り上げて私の英語が上手くないと証明したがっているKaoruの態度はどこかずれていると感じた。ここは生物のクラスだ。ランゲージ・ユニットではない。

私は,まず私の英語が上手くないと言っているというParolという子に話を振ってみた。

「So, Parol. How do you explain photosynthesis and respiration? Considering that your English is good, you can explain that, can’t you?」

しかしParolはしばらく下を向いて“I‘m Sorry, I can’t”と言うだけだった。

もう一人のRezaという子にも話を振ってみた。

「How about you, Reza ? According to Kaoru your English is good. I’m sure you can explain photosynthesis and respiration?」

Rezaも下を向いてしまい,小さな声で“I’m sorry, I can’t”と言うだけだった。

どちらも答えられないので,私はKaoruに聞いてみた。

「And Kaoru? I know your question is on ‘inhale’ and ‘exhale’, but how do you describe photosynthesis and respiration in our own words? I’d like to know how you would describe it since my explanation might be wrong?」
 
Kaoruは下を向いたまま黙ってしまった。Kaoruの事である。ここではI‘m sorryが無かった。


その後もKaoruは孤高を守り続けた。学校には他にも由美ちゃんの他何人か日本人がいた。学年が違ったので長時間一緒にはいられないが、皆仲良くやっており、先生とのコミュニケーションで本当に必要な時は助けあっていた。Kaoruはここには一切関わらなかった。
 
しかし、生物の授業で私がKaoruをやりこめたことは学校のスタッフの間で広まってしまい、ドライバーのマークさんから距離を置かれることになった。曰く、自分がランゲージ・ユニットに居た時は周囲の助けを必要としていたくせに、自分は他の日本人の手助けをしないんだろう,と。
その数日後、Kaoruの口からあまりに納得の行かない言葉が飛び出した。

どうやらこの学校を辞めて他の学校に行くらしい。

「Are you leaving this school?」と話しかけた所、このような答えが帰って来た。
 
「イギリスにいるならやっぱり白人と一緒に居たいでしょ」
 
これを聞いて、私は背中がぞっとした。

普段その子が仲良くしているのは中東やインドから来た子達で、決して白人とは言えない。

その友達に慕われているのに「白人と一緒に居たい」と言ってのけたKaoruが、そこはかとなく偽善者の様に思えてならなかった。中東やインド出身の同級生と仲の好い振りをして心の中では白人と付き合う事を望んでいる。

学校の中には、確かに軽い人種差別があった。他の人種に慣れていない子達が悪気無くいう一言や悪気無くおこなう行動。自分もターゲットになったが、異国に住んである程度慣れてくると多少の事では動じなくなる。差別に合わないようにするコツも少しずつ身に着けられるようになっていた。

私が学校内で軽い人種差別にあった時、先生やドライバーのジョセフさんが気にしてくれ、話を聞いてくれた。普段から地下鉄などで差別的な発現は耳にしているので問題はないと説明した。

話はそこで収まらず、なぜ日本人同士仲良くしないのかとも聞かれた。周囲は先生も含めて、同じクラスの日本人同士がなぜ助け合わないのかと心配していたようだった。

その子が「日本人とは関わり合いになりたくない」と言っているのを伝え、また信じてもらえるかどうか分からなかったが、Kaoruが「白人と一緒にいたい」と人種差別的な発言をしているのも一緒に居たくない理由の一つとして上げた。
その後、Kaoruは同じクラスにいた白人の子だけと喋るようになった。
彼女を慕っていたインド人のParolは、何が起きたんだろうと戸惑いを隠さなかった。

同級生でKaoruと話したイギリス人やヨーロッパ出身の白人の子達は、Kaoruが近づいてきたことに人種差別的な含みがあることを理解していた様で、Kaoruをちょっといじめてしまったらしい。詳しくは分からないが、何人かがこう言った。

「You don’t have to care about her. She wouldn’t say that she wants to be with whites anymore」

相当酷い事を言ったのかもしれない。
 
しばらくして、肌寒い日があった。家族からもらったつば付きの黒い帽子を被って学校に行った。教室の中で被っていなければ帽子を被るのも問題が無いはずだった。
 
通学の途中の朝、すれ違うおじさん達から「Has Ascot started yet?(もうアスコットが始まったのかい?)」と呼びかけられた。一人ではなく、数名から言われた。もしかしてアスコット競馬の事を言っているんだろうか。
 
しかし春もまだ寒き時期に「アスコットがもう始まったのかい?」と言われても、ピンとこなかった。それになぜ自分がアスコットに関係しているかの様に言われるのも分からなかった。
 
その時脳裏をふとよぎったのが「Punter(賭け事師)」という言葉だった。
競馬をテーマにしたラジオ番組でこの言葉を覚えたのだが、いつもと違う事と言えばつば付きの帽子を被っている事だけ。これを被っているからもしかしてPunterに見られているのだろうか。
 
心配になった私は、放課後に先生に聞いてみた。
 
「You know, some people called out this morning, saying “ Has ascot started yet?” Do I look like someone who bet?(今朝、もうアスコットが始まったのかい?と呼びかけられたんですが、私賭け事をする人に見えますか?」
 
先生はにっこりして「Yes 見えるわよ」といった。やっぱり競馬に賭けるひとに見えるんだ。筆者は思わず聞いた。
 
「Do I look like a punter!? 競馬で賭け事をするおじさんに見えるんですか!?」
 
先生は笑って言った。
 
「It’s because of your hat. You know at Ascot horse race, people wear hats, and women wear brimmed hats. 帽子のせいよ。アスコット競馬では帽子を被るし、特に女性はつば付きの帽子を被るからね」
 
そこまで聞いて、私は安心した。つば付きの帽子を被っているからアスコットを楽しみに来る女性の見物者たちの様に見えるという事だった。
 
アスコット競馬とはイギリスの夏にアスコット競馬場で行われる華やかな競馬だ。
 
人々は着飾って競馬を見に行き、昼食時にはメインの料理に加えてシャンパンを飲み,新鮮なイチゴを食べるというのが習わしだと言われる。古い映画の「マイ・フェア・レディ」にアスコット競馬のワンシーンが出て来るが、映画の様に大きなつば付きの帽子を被るのはアスコットに競馬を見に来る女性の定番の服装らしい。
 
先生との会話を聞いていたランゲージ・ユニットの頃から仲良くしていたNiloofarとAbbaが,「What’s punter?(Punterって何?)」と聞いてきた。
 
私は思わずこう答えた。「Punters are the geezers who bet on horses(競馬とかで駆けごとぉする叔父さん達の事だよ)」
 
すると、二人とも「What’s geezers?(Geezerって何?)」と聞いてきた。
 
Geezerは「おじさん」という意味で、成人した男性を「やつ」と言う表現になる。スラングの一種で、Puntersのラジオドラマに何度も出てきた言葉の一つだった。あまり上品とは言えない言葉。それに聞いてきたNiloofarとAbba12歳。こんな乱雑な言葉を教えていいものかと戸惑った。
 
友達は、GeezerとPunterのスペリングを教えて欲しいという。
 
困った私は、書きながらこう言った。
 
「Please don‘t use them in front of your mummy and daddy. They will worry what sort of language they are teaching at the school.お父さんやお母さんの前で言わないでね。学校でどういう言葉を教えているんだ、って心配されるから」
 
その会話の顛末を聞いていたのか、Kaoruが、Niloofarに尋ねる。
 
「What’s punter ?(Punterって何?)」
 
Niloofarは少し困ったように答える」
 
「Someone who bets on horse(競馬で賭け事をする人だって)」
 
「Why dose she know this word ?(何でMayumiがそんな言葉知ってるの?)」
 
「 I don’t know. Ask her(知らないよ。聞いてみれば?)」
 
Kaoruが私に尋ねることは無かった。何を聞いても私が英語でしか返事をしない事を分かって来たからのようだ。
 
この「なんでそんな単語を知ってるの」という不毛な質問は、聞いていて嫌になってくる。
 
その後、私はKaoruから日本語で単語の意味を聞かれたら辞書を手渡すようにした。自分の力でどうにかして欲しい。そんな気持ちで一杯だった。
ある日、授業が終わって帰り支度をしていると、先生から呼ばれた。見ると、先生の目線の先にはKaoruがいた。

「I am talking to her something little complicated. Could you translate? Kaoruに少し複雑な事を話しているんだけれど、通訳をしてくれるかしら」先生はそう仰った。

私は断った。彼女が日本人と関わりあいになりたくないと言っていることと、何か難しい事に直面しているのであれば、自分で解決するべきだと。
「She’s in trouble Kaoruは困っているのよ」と先生が畳み掛けてきた。

この「困っている人」とは、キリスト教圏では少し扱いが難しい。「困っている人には手を差しのべる」という価値観がある。そこには「助けなさい」という強めのプレッシャーが掛かる。助けなければ単に「ケチ」というだけでなく、「人助けするマナーの無い酷い人間」という烙印が押される。
私はそれでも断った。

普段から良好な人間関係を築けない人に、ましてや日本人と関わりあいになりたくないと言っている人に差しのべる手は無い。

「I think this is where she should become independent. She should deal with it by herself」

と言ってその場を立ち去った。
 
その場を見ていたクラスメイトのイラン人、Aliからこんなことを聞いた。
「I think I will follow your example」
「What example?」
「Not to translate every word that I was asked」
 
イギリス滞在の長いAliは英語には全く問題も無く、シェイクスピアを習う英語を母国語とするクラスに出ている子だった。彼は授業中、同郷のクラスメイトから何度も単語の意味を聞かれている。その度に「Sorry, May I use Persian ? I need to explain words」と言って先生の許可を得ていた。偉いなあと思いつつも、同時に大変だろうと言う気にもなっていた。

「Better to let them be independent. They should wipe their own ass」
翌日、授業の後に校舎の外に出ると、久しぶりにドライバーのマークさんが入り口の傍に立っていた。あまりに久しぶりだったので思わず握手の手を差し伸べて「お元気ですか?」と聞いた。マークさんは一瞬ひるんだが、大人対応をしてくれて私の差し伸べた手を握り返してくれた。
 
「So you still haven’t got on well with the Japanese girl?」
 
おかしなことを言うなと思ってマークさんの目線を追うと、私のすぐ後ろにKaoruが立っていた。
 
「Well, she said she dosen’t want to be with Japanese, so we keep comfortable distant from each other」
「To my eyes, she was following you」
「Was she? I didn’t notice」
 
Kaoruが私の後をついて校舎から出てきたように見えたらしい。彼女はこちらに気を留める様子も見えず、校舎の近くをぶらぶらと歩いていた。
 
「Why didn’t you give her a help when she needed it ?」
「It’s hard to say. She has been rejecting Japanese students from the beginning, but she used me as a dictionary when she needed. I thought she only wanted to avoid using Japanese, so I replied her in English. Dose that make sense?」
 
マークさんに理解していただけたかは分からなかった。マークさんはただ静かに頷いてくれた。この学校で仕事をするようになって長いマークさんは、色々な学生を見てきているようだ。面倒な人間関係も見ているのだろう。
そして、来た時と同様に、Kaoruはあるときぱたりと学校に来なくなった。

「イギリスにいるならやっぱり白人と付き合いたいでしょ」という発想は、結局理解が出来ないままだった。

Kaoruがインターナショナルスクールを去ったのも、結局は本人のためにも周囲のためにも良かったのかもしれない。心の中では白人と付き合いたいと願う人がインド人や中東からの来た肌も髪も黒や茶色の人達と過ごしているのに、そこはかとない偽善を感じたからだ。


人種差別的な発想、または様々な人種がいることに慣れていないとインターナショナルスクールや移民の多い街で生活していくことは困難だろう。インターナショナルスクールの生徒など人種のるつぼの様なものだし、そこで「イギリスにいるならやっぱり白人と付き合いたいでしょ」と言い出したらきりがない。

日本人は肌の色で極端な差別を受けることは無い様なのだが、顔の形や髪質で差別の対象になることは経験したことがある。平たく言えば日本人は黄色人種だし,決して白人ではないのだから。
 
特定の人種だけと付き合いたい。
そういう願いを持つ人もいるのだろう。
 
しかしそれをやっていたら、出会いを大切にしないまま終わってしまうだろう。「イギリスにいるならやっぱり白人と付き合いたいでしょ」Kaoruを慕っていたインド人のParolの耳にその一言が入っていたのだろうか。

母からは「色々な考えの人がいるからね」と言われた。

その後、街中で一度Kaoruを見かけた。深緑のジャケットにスカートの制服に身を包み、一人で街中を歩いている。女子高のインターナショナルスクールに行った、とも風の噂で聞いた。
 
インターナショナルスクールならまたいろいろな人種に囲まれているのだろうか。それとも彼女が望んだ白人とだけ付き合っているのだろうか。
 
学校という限られた場所から一歩外へ出れば人種の坩堝の街,ロンドン。様々な色合いの肌や髪の色をした人たちがごまんといる。そこで彼女が何を考えていたのか分からない。道ですれ違う多種多様な人種の人達は彼女の目には入らなかったのだろうか。
 
全ては藪の中。私はKaoruと別の方角にある地下鉄の駅を目指し、帰路についた。
 


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