見出し画像

インディアンパシフィック忘れえぬ人

平成6年の秋インディアンパシフィック(オーストラリア大陸横断鉄道)に乗った。
パースからシドニーまで、赤土と石ばかりの広大な砂漠を走るから何となく人恋しくなるときがある。 一人旅の私はそんな時、ロビーカーに居て通って行く大柄なオージー達をぼんやり眺めたり片言の会話を楽しんだりしていた。皆一様に陽気で楽しい人々ばかりだったが、ある昼下がり、たぶん皆お昼寝中だったのだろう。ロビーカーにいたのは日本人三人とオーストラリア人のおばあさん一人だけだった。一編成の列車に乗りあわせた日本人のうち一人を除いて残り全員が顔を揃えたわけである。
 さてこのおばあさんが私達相手にペラペラ喋る。三人の日本人は皆ヒアリングが苦手で何とかブロークンでもよいから話すほうに回りたいのだが、彼女は私達の言うことはほとんど無視して専ら自分の話を聞いて欲しいのだ。どうにか聞き取れたところによると、二人の息子がシドニーに住んでいるらしい。私も当時息子三人が東京に居たけれど、のぞみで二時間半とインディアンパシフィックで三泊四日では全然違うだろう。この国の老人問題を垣間見る思いがした。
 真っ黒な裾長のドレスは夫への喪をあらわしているのではないだろうか。太った人ばかりが目についたこの国で、やせ細った魔法使いのようなおばあさんは、忘れる事の出来ない強烈な印象を私に与えた。



いいなと思ったら応援しよう!