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であう

年の瀬。

残暑が残暑すぎた気候もいつの間にか去ってゆき、すっかり真冬らしい年の瀬。

無精者と家族から罵られる私はとうとう1年中ヒーターを出しっ放しだった。私の住む部屋は夏は40度、冬は0度になる。最近の家のようにここには断熱材などきっとありはしないんじゃないかと思いながら、朝から毛布を出たくない体と、頭と、格闘しながら、「寒い、寒い」と家中のヒーターをつけて回る。長崎で寒いと言ってしまえば怒られるかもしれんが、寒い。

そういえば、どの布教使さんが言っていたのかも忘れたけれど、「寒い」という声は確かに私が発するけれども、「寒い」と言わせたのは周りのはたらきがあってこそ。「ナンマンダ」の声も私が発するけれど、「ナンマンダ」と言わせたお用きがあると、聞いた記憶を思い出しながら、「寒い、ナンマンダ、寒い、ナンマンダ」とガチガチ震える口で称えてみる。


谷川俊太郎さんが亡くなった。あまりにも有名な方だから人それぞれに出会った詩、言葉があるんだろうと思う。20歳の時、福岡に住んでいた私は近所に谷川さんが来ると聞きつけ、座談会を聞きに行ったことがあった。

谷川さんは死ぬのが楽しみだと仰った。でもどうなるかわからない怖さが有りませんかとの問いに、「どうなるか分からないから、楽しみだ」と仰った。不思議な人だった。

あれから10年経ったが、私は未だに死が怖い。命を燃やした経験が無いからだと罵られようとも、私は、死ぬのが怖い。

でも怖いと感じる私に、どうなるか分からんと恐れる私に、如来様が「お浄土の仏になってくれよ」と間違いのないおはたらきとなって、今この私に響き続けていてくださる安心の中に生きていくことが出来ている。谷川さんのような感受性は私にはないけれど、あの頃より少しだけ死が身近になった気がする。


友人がポッドキャストをしているというので、勝手に聞いてみた。谷川さんの「あなたはそこに」を取り上げていた。

あなたはそこにいた 
退屈そうに右手に煙草 左手に白ワインのグラス
部屋には三百人もの人がいたというのに
地球には五十億もの人がいるというのに
そこにあなたがいた ただひとり
その日その瞬間 私の目の前に

あなたの名前を知り あなたの仕事を知り
やがてふろふき大根が好きなことを知り
二次方程式が解けないことを知り
私はあなたに恋し あなたはそれを笑い飛ばし
いっしょにカラオケを歌いにいき
そうして私たちは友達になった

あなたは私に愚痴をこぼしてくれた
私の自慢話を聞いてくれた 日々は過ぎ
あなたは私の娘の誕生日にオルゴールを送ってくれ
私はあなたの夫のキープしたウィスキーを飲み
私の妻はいつもあなたにやきもちをやき
私たちは友達だった

ほんとうに出会った者に別れはこない
あなたはまだそこにいる
目をみはり私をみつめ 繰り返し私に語りかける
あなたとの思い出が私を生かす
早すぎたあなたの死すら私を生かす
初めてあなたを見た日からこんなに時が過ぎた今も

谷川俊太郎『あなたはそこに』

有難いことに、私もかけがえのないものと出会い、かけがえのない時間を共有し、幸せな思いをもつことがある。心が満たされる思いがする。こんな時間がずっと続けばいいのにと思う。けれど、生まれたからにはいつか必ず臨終を迎えなければならない。私にとって死は別れ。積み重ねてきたもの、出会ってきたもの、獲得したもの、全部置いて、別れて、死んでいかにゃならん。

だけど「本当に出会った者に別れはこない」と、谷川さんはうたった。どんなに時間が経っても、懐かしいその目が、その言葉が、そのものの死すらが、私に残る思い出となり、私を生かす、とうたわれた。

本願力にあひぬれば
むなしくすぐるひとぞなき
功徳の宝海みちみちて
煩悩の濁水へだてなし

『高僧和讃』

と、親鸞聖人は残してくださった。ご本願のおはたらきに出遇った者は、このいのち、お浄土の仏となる身であると知らされる。この世のいのち尽きるまで、絶えず湧き出る煩悩の心を抑えることは出来ないけれど、どんな縁にあっていても、仏様は今、私のいのちに出遇い、声となって私の心に響き続けていてくださる。このいのちの先に無量のいのちが待っているぞとお育てくださる。どんな無惨な生き方であっても、そこに仏法が響き渡っていてくださると教えてくださった。


最初に、寒いと言わせたのは、寒いという縁があったから、そしてお念仏も…という類の話を出したけれども、縁があってもお念仏を絶対にするはずのなかったこの強情な私が、はかりしれない如来さまのお育てによって、ようやくお念仏の身となったのだ、と先生方から聞いてきた。煩悩を抱えてそれを恥ずかしいとも思わなかった、凍えていることにも気づかない自分の有り様すら知らなかった私が、温かいお慈悲の尊いお育ての中に、このたび口にお念仏がでてきてくださるご縁をいただいた。そしてそれを喜べるようになった。


本当に出遇ったものに別れはこない。
本当に出遇ったものが空しく過ぎることはない。


なんまんだ

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