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「はがたの栗」・・・怪談。東北地方に伝わる不思議な言い伝え。



『はがたの栗』


今から百年ほど昔のこと。
夕刻から降り出した雪が、身の丈ほども降り積もった吹雪の夜でした。

奥州道から少し外れた小さな山村で
一人の娘が、幼い命を終えようとしていました。

娘の病は重く、高いお金を出して医者を呼んでも、

『もう長くない、やりたい事、好きな事をやらせてやりなさい』

と、さじを投げられてしまいました。

それでも父の悟助は、家中のおもちゃを百合の周りに集めて
声をかけ続けるのでした。

「ほら。百合。お前の好きな赤ベコじゃ。
こっちには、でんでん太鼓もあるぞ」

百合は、おもちゃには目もくれず、もう消え入りそうな声で、
ただ一つのものを欲しがったのです。

「とうちゃん。栗が食べたい」

「くり? 栗か。栗が食べたいのか。百合は栗が大好きだったからな。
ようし分かった。今とうちゃんが、うんめえ栗を取ってきてやっからな」

力強く答える悟助の横顔を、女房のお里が心配そうに見つめました。

「あんた。こんな雪深い季節に、栗の実なんぞ、
どこにも成っているはずはねえよぉ。
そんな安請け合いして、百合が余計苦しむんじゃねえか」

「心配すんな。裏山の祠の横に、栗の木が一本ある。
あそこはあんまし風も当たらねえから、
拾い損ねた実の一つか二つ、残っているだろう」

そう言った悟助ですが、勝算はありません。
ややもすると絶望が支配しそうになる己が心に、
せめてもの希望を信じさせるために、言ったのでした。

だが、一歩外に出た悟助は、その希望が吹き飛ばされるのを感じました。

一尺先が見えないほどの白い世界。腰まで埋もれる深い雪。

沈んだ右足をどうにか抜くと、今度は左足が抜けない。

冷たい雪の上をもがきながら、悟助は祠の栗の木を目指しました。

「待ってろよぉ、百合。もうすぐだぞ」

手も足も凍えて動かなくなってきた頃、ようやく父親は栗の木に辿り着いたのです。

栗の木は幹の中程まで雪に埋もれていましたが、
悟助は迷うことなく掘っていきます。

「とうちゃん。栗が食べたい」

挫けそうになるたび、悟助の頭に娘の力無い声が響きます。

しかし、厚い雪をどかし黒い土が見えても・・・栗の実は見つかりません。
悟助は手に血をにじませて、さらに土を掘っていきますが、
栗のイガ一つ見つからないのです。
心を支えていた希望の光が消えると、悟助は、忘れていた寒さを悟助は体に感じました。

「百合。百合~」

栗の木の根元にしゃがみ込み、凍える声で娘の名前を叫ぶと、
一筋涙が流れ出ますが、頬に届く前に凍りついてしまいます。

その時、一匹のリスが、栗の木のうろの中から顔を出したのです。

リスは、うなだれた父親の肩から、泥まみれの足先まで一瞬で駆け抜け降りていきました。
すると、リスを追いかけるようにうろの中から、栗の実が転がり出てきたのです。

「ああ。栗だ。栗の実だ。ありがたや~」

悟助はその実を握り締め、急いで今来た道を戻って行きました。

家に着いた時、百合はもはや声を出すことも出来なくなっていたのでした。

「百合。そら、栗だぞ。栗の実だ。こんなに艶々として奇麗だぞ。
今食べれるように煮てやっからな」

その呼び声に、百合はかすかに目を開き、
震える手を伸ばして、父の持ってきた栗の実を受け取りました。
百合は、精一杯嬉しそうに微笑んでから、両手で大事そうに栗の実を包むとゆっくり口元に運んでいきます。

そして、愛おしそうに栗の実を頬に当て、
たったひと口、その実を噛むと、そのまま静かに息絶えました。

百合の手からは、つやつやと輝く実が、音もなく転がり落ちていったのです。

「百合~」

悟助は、力の限り娘を抱きしめました。その体は積もった雪よりも冷たくなっていました。


吹雪が収まり、抜けるような青空が広がった三日目の朝、
百合の葬儀が行われました。
悟助は、あの世で食べられるようにと、雪の中で手に入れたたった一つの栗の実を棺に入れて埋葬したのでした。

翌年、百合の墓から栗の木が芽を出しているのを村人が見つけました。
悟助は、その木を大切に育て、数年後には沢山の実をつける大木に成長したのでした。

しかし、その木がつける栗の実には、
なぜか幼子の歯で噛んだような跡が付いていたという。

歯形の栗は、幼くして死んだ娘の、はかない命の証しなのかもしれない。


               おわり

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夢乃玉堂
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