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「武闘派なんて呼ばないで」・・・最後の機会を前にした女子高生は。
「武闘派なんて呼ばないで」 作 夢乃玉堂
逆立ちすると頭に血が回って考えがまとまる。
なんて、どこかの受験雑誌に書いてあったけど、あれは嘘だと思う。
私は本棚に寄りかからせていた足を下ろし、逆立ちを止めて座りなおした。
「何を迷っているのだ武藤ヒロ。ただ一言、『愛しています』と言うだけじゃないか」
日曜の朝の3時間。私はずっと悩んでいた。
「北高野球部屈指の仕切り屋で、男子部員にもひるまずに言いたい事を言ってきたマネージャーだろう。それなのに肝心の時には、な~んにも言えなくなっちゃうのか、この臆病者~」
私は、両手で頭をポカポカ叩きながらこの2年間を思い出していた。
2年前の入試の日、道に迷っていた私を、初対面にもかかわらずバイクの後部座席に乗せて、学校まで連れて来てくれた先輩。
授業中、中庭を挟んだ教室の窓に腰かけて
笑いながら焼きそばパンを食べる先輩。
西高との練習試合の時、二死満塁でフォアボールを出して、
マウンドで唇を噛んだ先輩。
三塁側から「ピッチャーノーコン」とかヤジが飛んできた時、
「あんた達! 苦しんでる人をヤジるなんてフェアプレイの精神に反するわよ!」
って、相手のベンチに押しかけて説教しちゃったんだよね、私。
部長先生に叱られながら引き上げる私の耳に、
「武闘派マネージャーだな・・・」
って、西高の連中が言ってるのが聞こえた。
それからだよ、
「武闘派と付き合ったら、毎日説教くらいそうだよな」
なんて、うちの野球部員まで面白がって言うようになってしまったのだ。
まあ。その連中は全員、部室の裏でシメたけどね。
でも、シメてるところを先輩が見てたって聞いて・・・
ひと月は落ち込んで食欲も無かったなぁ・・・でも全然痩せなかったけど。
いや。それはどうでも良い。
とにかく、それ以来私は、臆病になってしまったんだ。
学校でも部活でも、業務連絡以外のまともな会話なんて・・・一度もできなかった。
先輩のご両親が海外勤務になって、卒業まで一人暮らしをすると知った時も。見た目はどうしようもないけど栄養だけは保証付き、というお弁当を
2時間かけて作ったのに、結局家の前まで行って・・・渡せずに帰ってきた。
ただ見つめるだけの2年間・・・
もうすぐ先輩は・・・東京へ行ってしまう。
「そうだ。せめて手紙で気持ちを伝えよう」
そう考えて、机に向かったけど、ぜんっぜん書けない。
気持ちを伝える言葉はいくらでも浮かんでくるけど
それを文字にすると・・・きゃああ。どうしようもなくハッズかしくて、恥ずかしくて、書くそばから破いちゃった。スランプの漫画家かよ、私は。
仕方ないから、名前とメルアドを書いた
薄桃色の便せんだけを、封筒に入れた。
「よし。後は先輩の家のポストに、入れるだけだ」
私は封筒を手に家を飛び出した。
走るのは自信がある。マラソンの校内新記録を出した時、
陸上部の部長がスカウトに来たけど、もちろん断った。
だって先輩にあえなくなっちゃうじゃん。
でも走っていると冷静になれる。
逆立ちなんかしないで、最初からランニングして考えればよかった。
冷静になった私の頭は、様々な可能性を導き出してきた。
可能性①、ポストに入れる時、先輩に見つかるかもしれない・・・
その時は、手紙を入れずに走って帰るだろう。
可能性② 手紙を家族の人が先に見つけて、
「こんな破廉恥なことをする女の子は、浩司さんには不釣り合いざますわ」
なんて言われるかもしれない。
その時は、そんな手紙は誰かが書いた偽物ですねって
すっとぼけるだろう。
可能性③ 手紙が先輩にも誰にも見つけてもらえなくて
全然連絡取れなくなるかもしれない。
その時は、来るはずのない連絡をずっと待って
待ち続けて、私はおばあちゃんになってしまうだろう。
ランニングハイで躁状態になっていた武闘派の脳みそは、
失敗の可能性を並べるうちに、大胆な結論を導いた。
「手紙も良いけど、やっぱり直接伝えよう」
先輩の家の前に到着。インターホンのボタンに指をかけて・・・15分が経った。
押すべきか、押さざるべきか。ここまで来て、また振り出しに戻っている。
私は、必死に自分を鼓舞した。
大好きな先輩ともう会えなくなっちゃうのよ。分かってんの!
ドアの向こうでごそごそ音がする・・・先輩がそこにいるんだ。
私の心の中にある、ちっちゃな勇気の欠片よ。この先一度も顔を見せてくれなくても良いから、今この瞬間だけ、出て来ておくれ!
私は伝えるべき言葉を、口の中で反すうした。
「私はあなたを愛しています」
「私はあなたを愛しています」
「私はあなたを愛しています」
大きく深呼吸をした私は、目をつぶってボタンを押した。
ピンポーン。
冷たく聞こえる呼び出し音に続いて、優しそうな男性の声が聴こえた。
「はーい」
ああ。恥ずかしくて、顔を上げられない。
手紙を渡して・・・ひと言伝えたら走って帰ろう。
そして布団にくるまって寝てしまおう。
誰が何か言ってきたって今日はもう布団から出ないぞ。
私は頭を深く下げて手紙を持つ手を前に突き出し、
下半身は走り出す準備してドアが開くのを待った。
ガチャリ!
ドアの開く音がする。
ほら行け、もうどうなっても良い。言っちゃえ!
『私は、あなたを愛しています』
と、言うつもりだった・・・そのはずだったのだ。
ところが、私の口から出たのは、
「あなたは、私を愛しています!」・・・だった。
違う! そうじゃない。『あなた』と『私』が逆だ!
一気に血管が収縮し、頭に上っていた血がさあっと引いていくのが分かった。ダメだ! 逃げ出したい。でも体が動かない。
裏切り者の下半身め~。
頭を下げたまま手紙を突き出し、小刻みに震えている私に、
優しく穏やかな声が聞こえてきた。
「う~ん。ちょっと覚えてないなぁ、
わしは、あなたを愛していたのかな」
『うん? わし?』
言葉に違和感を感じて、私は頭を上げた。
目の前には品の良い中年男性が、にっこり笑って立っていた。
この人は誰? 知らない人。部屋を間違えたの?
こんな大事な時に? もうサイテーだあ。
「あら。浩司のお友達?」
男性の肩越しに女の人が声を掛けてきた。
そうか。お父さんとお母さんだ。なぜその可能性を考えなかったんだろう。
息子の引っ越しなんだから、ご両親が手伝いにくるのは当然じゃないか。
「すみません。失礼しました。
私、野球部のマネージャーをしている武藤と申します」
「武藤? ああ。武闘派のマネージャーさんね」
あ~。先輩も私の事、武闘派って言ってたんだ。
やっぱり来るんじゃなかった。
「オヤジ! やめろよ」
奥から聞きなれた声がして、ジャージ姿の先輩が現れた。
「女の子に武闘派とか言ったらダメだろう。
武藤は結構、繊細で傷つきやすいんだから」
心臓が胸から飛び出るかと思った。
『嬉しい! 先輩はちゃんと見てくれてたんだ』
私は胸のつかえが一瞬で消えたような気がした。
「こりゃ失礼。だがな浩司。
この娘さんは武闘派ではないかもしれんが、かなりのノーコンだぞ。
全然別のところに、大事な球を投げ込む癖がある。ハハハ」
その後、引っ越し屋さんが来るまでの一時間、
先輩は私の良いところを説明してくれたが、
私がおっちょこちょいだというご両親の評価は変わらなかった。
しかし十年後、ご両親の評価は変わる。
私は、いたずら盛りの娘を捕まえてはお尻ぺんぺんする
『武闘派のお母さん』になったのだ。
おわり
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