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「圏外」・・・超ショートホラーかな。歯ぎしり? 寝言? 夫が求めたのは。


「圏外」


夫とは、共通の友人である前田さんの紹介で知り合った。

「こいつ寝つきは良いんだけど、歯ぎしりが酷いんだ」

前田さんがからかい半分に紹介し、交際開始記念だと言って
耳栓をプレゼントしてくれた。

茶目っ気のある前田さんの冗談に、照れながら笑う夫の姿が印象的だった。

そして付き合いが始まった。
私も夫も両親をすでに亡くしていて、田舎の親族とも縁は薄い。
特に許可を取る相手も無いので、すぐに私は夫の家に転がり込んだ。
夫の希望だった。若い二人だけの気楽な同棲生活が始まった。

「こんなものかな」

このまま結婚しても、大きな変化はないだろう。
それは私の理想でもあった。
結婚したからと言って、親戚づきあいや交友関係が変わったり
新たに気を遣う相手が増えるのは嫌だった。
せっかく気を使わないで済む相手を見つけたのだから。

結婚しても夫に気を使う事は無かった。

ただ一つ。夫は寝る時には耳栓を着けて欲しいと言った。
やはり歯ぎしりを気にしているようだ。
前田さんの言う通り、とても酷いのかもしれない。

「私はそんなに気にしないのにな。
まあ、これも共同生活には必要なのかもしれない」

あまりにしつこく言うものだから、私は一応着けてあげることにした。

ある夜、トイレに行きたくて目を覚ました時、耳栓を外してみた。

夫は歯ぎしりをしていなかった。
歯ぎしりではなく、寝言だった。

「なんだ、寝言を聞かれるのが嫌だったのか、
それならそう言えばいいのに」

でも全く知らない国の言葉だ。聞いたことが無い。
録音して、翻訳アプリにかけてみたけど、答えが出なかった。
国名を表示させると、何度やっても「圏外」になる。
どういう事? 電波状態が悪いと翻訳できないの?
わけわかんないアプリだな。アプリはもう諦めた。

数か月後、耳栓をして寝るにも慣れた頃、
ちょっと体調が悪くなった。軽い吐き気と食欲不振だ。
もしや・・・と思ったが、チェッカーにラインが出た。

「妊娠したみたい」

と伝えると、夫は恐ろしく狼狽した。

私が少し怒った顔をすると、にっこり笑って「良かったね」と答えた。

動揺しすぎだよ。若いパパなんてそんなものかな。
きっと実感がわかないんだな。

翌日、友人の前田さんが遊びに来た。
私が料理を作っている間、仕事の事で話をするから
と言って二人で書斎に入っていった。

しばらくして夕食の用意が出来ても、
夫と前田さんは、まだ何か話し合っているようで書斎から出て来ない。

どんな事を話しているのかな・・・。

悪いとは思ったけど、書斎のドアに耳を当てて中の会話を聞いてみた。

「随分早口で話合ってるな。何を言っているか分からないや。
あれ? でも何だか聞き覚えがあるけど、何だっけこれ・・・。

聞いているうちに私は思い出した。

それは、夫の寝言そっくりだったのだ・・・アプリが翻訳できなかったあれだ。

その時、突然ドアが開いた。
夫と前田さんが飛び出してきて、私を挟むように立ちふさがった。

なぜか私は耳鳴りがして目の前が暗くなった。
真っ暗な闇の中で、自分の体が空に上っていくような気がした。

どんどん、どんどん。

ほんの少しだけ目が開いた。
足元が見える。
と言うより足元には何もない。

距離を置いて、はるか遠くに青い地球が見える。

「ああ。こんなところまで来たら、そりゃ圏外だよな」

なぜか暢気な事が浮かんだが、すぐに気が遠くなっていく。

夫の寝言が又聞こえる。
たくさん、たくさん、とてもたくさん。

私の耳に、誰かが耳栓を押し込んだ。


          おわり



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夢乃玉堂
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