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「修羅場はどこにでもある」・・・もし、よく知らない同級生が急に近寄ってきたら。

修羅場、はどこにであり、どこででも発生する。
それは日常の一コマのすぐ横にあるのだ。
と、大げさに言う事はないのだけれど、
実際に目にすると、困惑するようだ。

・・・・・・・・・・・・・

『麻田君、修羅場に遭遇する』

これは、麻田君が高校時代の話。

ある放課後、麻田君は職員室に呼び出されて遅くなり、C組の教室で、ひとり帰り支度をしていた。

「ああ。ちょうどよかった。麻田君。一緒に帰ろうぜ」

声をかけたのは、同級生の畑中徹だ。
畑中は野球部のエースで、よくある体育会系でモテる奴。
明るくて試合中でもヤジを含めてよく喋るため、
「喋りすぎるエース」と
ライバル校からあだ名を付けられている。

色々なクラブを渡り歩き、
結局帰宅部になってしまった麻田君とは、
対照的なポジションにいる健全な高校生を
絵にかいたような奴だった。

そんな逆ポジにいる野球部のエースが
たいして親しくもない麻田君に声をかけてきたのだ。

『教室に一人で残っていたのを可哀そうに思ったのか?
いや、小学生じゃあるまいしそれはないだろう』

今いち畑中の本心が分からなかったが、
問いただすのも変に思った麻田君は
そのまま鞄を持って一緒に教室を出た。

畑中は雄弁だった。

フォークの投げ方とか、
巨人の新人選手の高校時代の成績とか
体育会特有のコアな話題を隙間なく並べていった。

全く野球に興味のない麻田君は、
どうリアクションして良いのか分からず、
生返事を続けるだけだった。

それでも構わず、喋りすぎるエースは喋り続けた。
それはまるで、喋るのを止めると死んでしまう、
新しい生き物のように見えた。
麻田君はちょっとストレスを感じた。

「よく喋るなぁ。
そんなに野球の事ばかり聞かされても、
俺半分も理解できないよ~」

日頃付き合いのない相手には
どれくらいの距離感でいればいいのか分かりにくい。

怒って言ったつもりはなかったのだが、
少しきつく聞こえたのだろう。
意外にも畑中は大人しくなった。

「ごめん・・・俺、自転車だからそっち回っていいかな」

「う、うん。別にいいよ」

自転車置き場は、校舎の裏にある。
校門から帰るには遠回りになるが、
言い過ぎた罪悪感もあって付き添うことにした。

畑中が黙々と自転車のチェーン錠を外していると、
通路の端に、一人の女生徒が現れた。

畑中と付き合っていると噂のB組の笠谷ひとみだった。

『何だよ。俺は待ち合わせのカモフラージュかよ。
二人が公認の仲なのは、みんな知ってるのに・・・』

麻田君が心の中でチェッと舌打ちをしたが、
畑中には嬉しそうな感じは全くなかった。

ゆっくりとひとみが近づいてくると、
畑中は、麻田君の後ろに身を隠すように一歩下がった。

ひとみの目には、強い決意が浮かんでいた。

『なるほど、そっちか。俺はカモフラージュじゃなくて、
バリケードだったんだな』

全てを把握した麻田君は、ひとみにこう言った。

「席を外そうか」

彼女は静かに頷いた。

傍を離れる時、麻田君は畑中に言った。

「ちゃんと、逃げない方が良い。辛いのは相手も同じだ」

二人から離れながら、麻田君は思った。

『俺、試合開始のプレイボールをかけてしまったのか?
でもアンパイアなら、最後まで見届けないとな』

麻田君は、通路の端にある角から、
自転車置き場の二人を見ることにした。
もし万が一、どちらかが危険な行動を取ったら
飛び出していくつもりでもあった。

しかし、そんな修羅場は訪れなかった。
ひとみは、泣き崩れたり、すがり付いたりする様子はなく、
終始しっかりとした様子で話をしている。
畑中は、ただうなだれて話を聞き、
時々小さく頷くだけだった。
試合の時のカッコよさは微塵も感じられず、
麻田君は逆に可哀そうに思えてきた。

5分ほどで、話はついた。

ひとみが畑中の傍から離れて、麻田君の方に歩いてきた。

「ありがとうね」

凛とした涼やかな顔がすれ違いざまに言った。

麻田君は、「いや・・・」としか答えられなかった。

ひとみが校門の向こうに消えたのを見計らったように、
畑中が自転車を押しながら近づいてきた。
麻田君は黙って頷き、二人はともに歩きだした。

校門までの50メートル。
一緒に歩く二人は何も語らなかった。

校門を抜けたところで、
畑中は、「じゃあ」と言って自転車にまたがり、
先に帰った笠谷ひとみとは逆方向に走り出した。

一人残された麻田君は、
幾分釈然としない気持ちが残っていたが、
あえて詳細を知りたいとは思わなかった。

真っ赤に燃えがるような茜空に、
下校を促すサイレンが流れていた。

その後卒業まで、畑中は顔を合わせても、
一緒に帰ろうとは言ってこなかった。

10年の月日が経ち、
久しぶりに参加した同窓会で、麻田君は笠谷ひとみと再会した。

オレンジ色が鮮やかなブランドもののワンピースを着たひとみは
ひときわ輝いて見えた。

「麻田君知ってる? 卒業して5年目くらいかな、
畑中君が交通事故で亡くなったのよ」

会った途端、麻田君は重い話題を振られた。

「携帯で喋りながら横断歩道渡ってて、車に気づかなかったんだって」

麻田君の頭に、喋りすぎるエースの顔が浮かんだ。

「畑中君って、ずっと喋ってたでしょ。
私が何か聞きたくても、聞くタイミングを作らせないのよ。
喋り続けて質問をさせないようにしてるのね。
聞かれなければ、本心を話さないで済む、
相手を傷つけたり、自分が傷つくようなことはずっと隠してたのよ。
ある意味優しいともいえるし、卑怯とも言えるわね」

麻田君が相槌を打ついとまも与えず、ひとみは当時の思い出を話し続けた。

「あの時彼、後輩のマネージャーと浮気してたの。
一緒に試合に行ってるうちに、いつの間にか、そうなってたんだって。

アタシ、悔しくて、毎日ナイフを持ち歩いてた。
刺すつもりはないけど、何かに頼りたかったのね。
もしかしたら、刺してやりたかったのかもしれない。
でもね。麻田君のおかげで使わずに済んだのよ」

麻田君は、自転車置き場の出来事を必死に思い出した。
ひとみがやってきて、席を外して、二人きりにして
あとはそのまま、見ていただけだ。

「俺、何かしたっけ?」と聞く前にひとみは答えた。

「辛いのは相手も同じだ、って言ってくれたでしょ。
あの時私、自分に言われたような気がしたの。
見たら、畑中君は本当に辛そうな顔をしていたし、
ここで私が何かしても、誰も救われないなって思った。

そしたら、急に冷静になって、
彼が何を言っても、どんな言い訳をしても全然平気だった。

最後は彼に、『お幸せに』って言って別れたのよ。
ううん。強がりでも皮肉でもなく、本心からそう言えたの。
だから・・・これも使わずに済んだし」

ひとみは、ブランド物のハンドバッグの口を開けて、
小型のナイフを取り出して見せた。

「え!」

「感謝してるわよ。じゃあね」

一瞬たじろいだ麻田君に笑顔を残して、
ひとみは、手早くナイフを仕舞って去って行った。

聞きたかった事を聞けないまま、
麻田君は、あの日と同じように、又もひとり残されてしまった。

「喋りすぎるのは、本心を話したくないから・・・か?」

呟きながら麻田君は祈った。

ひとみの華やかそうな今の生活の中に、
ナイフを向けるような相手がいないことを。

               おわり





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夢乃玉堂
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